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◆【昭和正論座】文芸評論家・村松剛 昭和50年7月16日掲載



 (産経 2009/5/16)


 ■ローマ字化論の傷あと

 ≪■日本だけ工業化した理由≫

 アジア諸国のなかで日本だけが、なぜ先進工業国にいちはやくなれたのか-。

 これは諸外国を歩いていて、しばしばうける質問である。この三月にオランダ、ベルギー、フランスの各国で向こうのひとを相手に日本人のものの考え方について講演をする機会があったが、そのさいにもいくどか同じ質問が出た。

 いわゆる先進工業国のうちで白人世界に属さない国は日本だけであり、ヨーロッパ系の言語をしゃべらず、ユダヤ=キリスト教文化圏にはいっていない国も日本だけである。なぜ日本だけが例外であり得たのか。

 非常にむずかしい問題だけれど、そういう場合にはこたえとして三つの条件をぼくはあげることにしている。第一は島国に住む同質的な民族ということもあって、日本では民族国家の形成が比較的はやい時期にすみやかに行われたこと。第二は日本には国内に資源がとぼしいかわりに、勤倹力行の哲学が江戸期を通じて確立されていたこと。そして三番目が、江戸時代からの教育の普及である。

 それらの条件のすべてについて詳述している余裕は、いまはない。さしあたりここで触れておきたいのは教育である。幕末の日本は、すでに世界一級の教育国家だった。

 藩校の数は、江戸の昌平黌や京都の学習院をべつとして当時二百五十五校を算した。一部は江戸初期からあったが、大部分は十八世紀末の天明以降の設立である。寺子屋私塾にいたっては、信州の約千三百、岡山県の約千百を筆頭に、全国で少なくとも二万をこえたと推定される。藩校を大学、寺子屋私塾を小学校とすれば、二百五十余の大学と二万以上の小学校、ということになる。驚くべき教育網であろう。

 ≪■国語が近代化さまたげ?≫

 日本人で字の読めない人間は稀(まれ)であると、幕府の招きで長崎に来たオランダの海軍将校カッテンディーケは日記にしるし、殆(ほとん)どの人間が読み書きできたことは同時代の日本人の随筆にも書かれている。読み書き人口は、ひかえめにみつもっても七、八割には達していたと思われる。七、八割でも、同時代の世界の最高水準である。

 これだけの準備があったから、明治以降の日本は教育制度を容易に充実できたのであり、欧米との技術較差を急速に短縮することも、この伝統の上に立ってこそ可能だった。≪敗戦後日本に来たアメリカ兵に、自分の名前さえ書けない文盲(もんもう)が多いことに驚いた記憶がある≫

 しかしアメリカの軍人の多くは、日本を野蛮、未開の国と思いこんでいたようである。七月十日付の本紙が報じた米軍による日本語ローマ字化計画なるものは、明らかにそういう認識の上に立っている。漢字まじり仮名書きの文章は習得に大きな負担があって、これが日本の「近代化」「民主化」をさまたげて来たと、SWNCC(国務、陸海、三省合同調整委員会)の昭和二十一年の秘密報告書はいう。

 文字を苦心して習得しても、小学校の卒業生は新聞を読むのに困難を感じているし、国語習得に時間をついやして、日本の小学校卒業生は一般科学や世界情勢への知識が欧米の子供よりとぼしいと、同じ報告書は述べている。まったく、冗談ではないのである。ではアメリカやイギリスの小学校卒業生が、ニューヨーク・タイムズやロンドン・タイムズの論説を困難を感じないで読めるとでもいうのか。むろん、読めはしない。

 ≪■漢字廃止に同調した新聞≫

 日本の小学校卒業生の一般知識が欧米の子供たちに比して貧弱であるという指摘にも、根拠はない。だいたい日本語がそんなに習得に困難なら、なぜ日本は敗戦後の時点でも文盲率世界最低もしくは第二位-一位はイスラエル-という地位を保ちつづけられたのか。教育の高水準が、くりかえすが日本の異例の「近代化」を推進した大きな原動力の一つである。

 アメリカ軍の判定では、「独特で(中略)不完全で極端に不格好な」日本の文字は「近代化」の邪魔だから廃止した方がよく、ローマ字では単語に不自由が生じるのなら西欧の他国語からことばを借りたらよい、ともいう。この程度の浅薄な文化観で一国の言語が変えられそうになったのだから、おそろしいとも何ともいいようがない。

 戦後二十年くらいたってからのはなしだが、日本のリーダース・ダイジェスト社にアメリカからひとが来て、日本語版の“雑誌”の表紙をつくづくと見たあげくに、「題字の濁点は、不格好だからとった方がいい」と宣言した。すなわち「リータース・タイシェスト」である。馬鹿々々しさは、占領軍と同程度だろう。

 しかし何の知識もない占領軍のコッパ役人の思いつきは、まだ許せる。許しがたいのは、これに迎合した一部の日本人である。読売新聞は昭和二十年十一月十二日の社説で、漢字を廃止してローマ字を国字とせよ、と書いた。

 ≪■文部省の政策に重大な影≫

 「漢字を廃止するとき、われわれの脳中に存在する封建意識の掃討が促進され、あのてきぱきしたアメリカ式能率にはじめて追随しうるのである」

 「民主主義」の名のもとに、バカがいろいろ躍り出ると高見順は日記の中にこの一文を引いてしるしている。幸いにアメリカ軍の責任者はこれほど愚かではなく、日本の文化伝統は-その中核である言語は-破壊されないですんだ。

 とはいえ、後遺症はやはり残ったのである。アメリカの教育使節団は「命令」はさすがに遠慮したものの、漢字の全廃とローマ字の採用を勧告し、その影響は敗戦後三十年にわたる国語政策にかげを落とした。英語の単語はたくさん覚える方が「進歩的」だけれど、さかさまに漢字はおぼえない方が「進歩的」、というような教育が行なわれた。国語の時間数は欧米的水準よりもはるかにへらされ、少しむずかしい漢字は当字ですましてよいと、文部省が指令を出した。

 いまの若者の国語力の不足や、彼らがいい加減な当字を書くことを、大人にはわらう権利はない。ほかならぬ政府が、それを奨励して来たのである。厳密な思考は、当然言語にたいする厳密さを要求する。言語感覚の荒廃は、思考の、つまりは文化の荒廃であろう。

 米軍の思いつきめいたローマ字化論は、単に三十年まえの一挿話ではない。敗戦の傷痕は、言語、文化面にも深く、まだ傷は癒されたとはいえないのである。(むらまつ たけし)

                   ◇

【視点】戦後、米占領軍の中に日本語をローマ字にしようとする計画があった。漢字仮名まじり文は習得が難しく、これが日本の近代化を妨げてきたと占領軍の一部が思いこんでいたためだ。村松氏は「許しがたいのは、これに迎合した一部の日本人である」として、ローマ字化を推奨した読売新聞社説を例に挙げた。

 幸い、ローマ字化は免れたが、その後の国語政策に大きな後遺症を残した。旧文部省が行った漢字制限や国語時間数の削減である。村松氏は若者の国語力不足や当て字を書くことを「大人にはわらう権利はない」とし、国語教育の充実を訴えた。ローマ字化論の後遺症は、戦後60年以上たった今も残っている。
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by sakura4987 | 2009-05-16 09:46

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