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◆日帝時代、朝鮮総督府は羨望の職場(?)



       ~日帝走狗の「巡査」就職競争率10倍

 (聯合-韓国語 2009/5/14)

 http://www.yonhapnews.co.kr/culture/2009/05/14/0906000000AKR20090514142000005.HTML


 日帝強占期に「圧制の象徴」だった朝鮮総督府が少なくとも一部の朝鮮人には羨望の対象だったことが指摘された。

 チャン・シン延世大講師は15日、成均館大で開かれる「統治と政治の間、朝鮮総督府官僚の内面と現実」を主題にした学術大会に先立って14日あらかじめ配布した「朝鮮総督府の警察人士と朝鮮人警察」という論文を通じて日帝植民統治の走狗として非難の対象になった末端'巡査'が実際にはかなり人気のある職業だったと主張した。

 チャン講師が朝鮮総督府の資料を分析した結果では3・1運動の火種が残っていた1922年、巡査職の競争率は約2.1対1の水準に過ぎなかったが、文化政治が本格化した1920年代中盤以後からその競争率が10対1を上回った。

 例えば1926年には856人募集に9千193人が応募、約10.7対1の競争率を見せたし1932年には854人募集に1万6千193人が応募して19対1に競争率が垂直上昇した。19.6対1でピークになった1935年以後、巡査職への好みは1936年14.1対1、1937年10.9対1と下り坂を歩んだが、1920年代中盤から太平洋戦争以前まで競争率が10~20対1に昇るほどに巡査職が高い人気を謳歌した。

 チャン講師は「巡査は朝鮮人社会での良くないイメージにもかかわらず、法律に保障された権限のせいで毎年高い応募率を見せた」と指摘しながら「官吏の最末端なだけに、志願者の学歴水準は普通学校卒業者が80%程度を占めた」と分析する。

 総督府傘下の朝鮮人では上がることができた最高位職中の一つだった道知事に対する羨望もすごかったと見られる。国史編纂委員会のハン・グンフィ研究者は「朝鮮総督府の朝鮮人道知事任用政策と様相」を通じて1920年代の朝鮮実業界の代表的大物だった韓相竜(ハン・サンリョン、1880-?)が道知事に挑戦するという風評が出回るほど日帝強占期の道知事の人気はかなりのものだったと主張した。

 彼は「朝鮮人道知事の権力と行政官僚としての裁量権についてはたいしたことないと評価する見方」もあったが「朝鮮社会では大物たちが道知事に挑戦することがいくらでもあり得る事だと認識されるほど」で道知事職は人気があったと付け加えた。彼は「朝鮮人出身の道知事の大部分が日本語がうまくて日本事情に明るかった」とし、道知事になることができる要件として▲人脈▲豊かな資金▲官吏としての専門的能力などをあげた。
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by sakura4987 | 2009-05-16 09:48

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