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◆【緯度経度】パリ・山口昌子 北京発のフランス特派員報告

 旧知の仏紙リベラシオンの北京特派員であるピエール・アスキ記者が、自身の著作「中国の血液」の発刊を機に一時帰国したので、話を聞いた。副題の「沈黙が殺すとき」から察せられるように、中国で蔓延(まんえん)するエイズの実態を報告したものだ。

 執筆の動機について、アスキ記者は「人間的理由と政治的理由からだった。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)がこれほど農民に大量感染した例は他にない」と言う。アスキ記者は、外国人に義務付けられている地方訪問の許可を受けず、昨年十二月まで三度にわたりルポを敢行。河南省のいくつかの村で、人口の約半分がHIV感染者であるという事実を知った。彼が執筆の動機を「人間的理由」と語るゆえんだ。

 中国でHIV感染者が報告されたのは一九八五年。感染者が「外国人旅行者」だったことから、以後、外国人が滞在許可証を申請するとエイズの検査が義務付けられた。

 ところが河南省当局は九〇年代初め、「血漿(けっしょう)ビジネス」に目をつけた。

 中国国内では八八年に外国製血液製剤の輸入が厳しく規制されたため、国内で血液製剤の原料となる血液の買い入れが盛んになった。一億人近くの人口を抱える河南省では九三年から九六年にかけて採血運動を大々的に実施。しかし、血漿と赤血球を遠心分離機で分離し、赤血球を献血者に戻す過程で、ずさんな処理を放置したため、他人の血液が混じり合い、HIV感染が激増。省当局はHIV感染者数を数千人としているものの、専門家は約三十万人、反エイズ運動家は五十万から二百万人という数字を挙げている。

 しかし、この事実は無視され、二〇〇〇年十二月一日の「世界エイズデー」に「人民日報」が中国のエイズ患者数として報じたのは二万二千五百人。人口十三億の中国では微々たる数字だ。

 同年にはインターネットでHIVについての警戒情報も流されはじめたが、「血漿ビジネス」の決定者たちはおとがめを受けるどころか、そろって出世を果たし、〇二年には当時の江沢民国家主席のお気に入りだった李長春・河南省党委元書記は広東省のトップを経て政治局常務委員に昇格した。アスキ記者が「政治的理由」と指摘するゆえんだ。

 アスキ記者は中国の体質についてこう語る。

 「転換期の中国には現代性と時代錯誤性があるが、エイズ問題は中国の政治、行政面の時代錯誤の象徴だ。中央政府は九五年には河南省の実態を把握していたにもかかわらず〇三年まで沈黙したままだった。新型肺炎(SARS)発生のときもそうだったが、事実を隠蔽(いんぺい)して国家的うそをつく体質は変わっていない。一九六〇年前後の毛沢東による大躍進運動の失敗では約三千万人が飢餓の犠牲になったとされるが、この事実が明らかになったのは九〇年代に入ってからだ」

 そのアスキ記者が一時帰国中、中国では各都市で反日デモが発生した。同記者に意見を求めると、「デモが禁止されている中国で、一万人規模のデモが政府の黙認なしに実施されるはずがない」と指摘し、次のように分析した。

 「アジアでは今、中国、米国、日本の三者ゲームが行われているが、中国は包囲された感じを持っている。米国は韓国、日本に基地を持つほか、最近ではモンゴルとも関係を強化し、その影響力はアフガニスタンにまで及んでいる。このため、中国は日本の経済支援や過去に関する謝罪にもかかわらず、日本を標的にすることで自己確認をする必要に迫られている。日本が国連安保理常任理事国入りを目指すことは、アジアの覇者を目指す中国にとって我慢できないことなのだ」

 さらに「南京大虐殺記念館」の開館式典を取材したときの感想について、こう語った。「数百人の生徒の前で犠牲者の女性がいかにレイプされたかを証言した。それを受けて、政治指導者が登場して生徒にこう言った。“中国が弱かったからこういうことが起きた。現在、共産党のおかげで中国は強い。われわれは日本の軍国主義者の台頭を許してはならない”。しかし、本来、指導者はこう話すべきだろう。“過去は忘れてはならないが、欧州のように日中間でともに新たな建設を目指そう”と。中国には真の教育方法がない」

 アスキ記者の著書は、彼の記事を読んだ中国の出版社が「本を書かないか」と持ち掛けてきたのがきっかけという。半信半疑で出版社の社長に会いに行き、書きたい内容を説明したら、怖い顔をして断られたという。

 「でも中国では何かが起きている。二〇〇八年の北京五輪で何が起きるか見届けたい」
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by sakura4987 | 2006-03-21 12:33

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