★★★ 日本再生ネットワーク 厳選ニュース ★★★

sakura4987.exblog.jp
ブログトップ

◆藤原正彦さん「国家の品格」を読んで

 (JANJAN06/03/24)

http://www.janjan.jp/government/0603/0603221244/1.php

 藤原正彦さんの「国家の品格」(新潮新書)が、80万部を突破したということです。藤原正彦さんは1943年生まれ。お茶の水女子大学教授。

 「日本の文明は情緒と形の文明」であるとする藤原さん。本人も数学者で、米国への留学経験があり、帰国後もしばらくは、論理的思考至上主義だったということです。しかし、次第に違和感を持つようになり、英国で伝統を重んじる人に会い、情緒=教育によって培われるもの、形=武士道精神からくる行動基準の比重が心で高まっていったということです。

 これらは、終戦で手ひどく傷つけられ、そして、バブル崩壊で投げ捨てられてしまった。バブル崩壊後の不況に狼狽した人々は、それまでの美風をかなぐり捨て、闇雲に改革へと突っ走ったというわけです。

 日本は「国家の品格」をかくて失ってしまいましたがグローバル化=世界の均質化に敢然と挑むべきだ、といいます。

 第1章では、「近代的合理精神の限界」として、共産主義も実力主義も論理の産物だが、破綻しているとバッサリ。「論理を徹底すれば問題が解決する」というのは誤りとしています。

 第2章「論理だけでは世界が破綻する」では、論理には限界があるとし、例えば、日本の小学校で9割以上で英語教育が行われていることを批判します。まずは、国語を固めなければ国際人になれないのではないか。

 表現する手段よりも中身が大事だと言うことは頷けます。そして、結局、国民受けするのは「国際化だから英語」というワンステップの論理だけ。論理はそもそも、長く進めて深みに達するものですが、逆に長いと間違う可能性があるので、結局、論理とは、あまり役立たないものではないか、といいます。

 また、論理には出発点が必要です。どこを出発点にするかで全く結論が違う。しかし、情緒力のない人は、そこを間違うので下手にそういう人が頭がよいと最悪だということです。

 第3章では「自由、平等、民主主義を疑う」とし、そもそも、国民が戦争を望むこともあるのではないか。戦前の日本もある程度は民主国家だった。ヒトラーも民主主義から生まれた。また、その上、自由と平等は正面から衝突するものではないか、など疑問を呈しています。

 アメリカが「自由を広げる」と称して、人殺しを続け、また国内では凄まじい格差社会となっている現実を見ると、説得力があると思います。

 第4章では、「情緒」と「形」を見直していこう、としています。むろん、筆者も、論理とか合理性そのものを否定しているわけではありません。それだけでは、やっていけない。論理の出発点を正しく選ぶために必要なのが日本人の持つ美しい「情緒や形」ではないか、というのです。

 家族愛、そして、郷土愛、その延長線上に祖国愛、そして人類愛。ナショナリズムは、戦争につながりやすい、不潔な考え方だが、文化や伝統を愛する祖国愛は必要ではないか(むろん、国家の指導者は国益のためにナショナリズムを必要悪としてもっている必要はある。ただし、一般国民はこれを敬遠しまた監視するという心を持つべきということ)、と筆者は言います。

 戦後日本が、祖国愛とナショナリズムを峻別せずに捨ててしまったのは問題ではなかったか、といいます。

 第5章は「武士道精神の復活を」。弱いものいじめをしてはいけない。惻隠の情(弱者への思いやり)を持たねばならないのではないか、といいます。新渡戸稲造を高く評価しています。

 第6章では、「なぜ『情緒と形』が大事なのか」。理由は1番目は、普遍的価値であること。今は、グローバリズム=アメリカ化が席巻していますが、各国、各民族、各地方に生まれた文化は能率、効率などより遥かに大事です。21世紀はローカリズムの時代であり、その中核をなすのが普遍的価値ではないか、といいます。

 2番目に、文化と学問を作り上げていくのに大事であること。3番目に国際人を育てるのに必要であること。4番目に人間としてのスケールを大きくすること。5番目に(欧米流の誤った)人間中心主義を抑制すること。6番目に美しい情緒は「戦争をなくす手段」になるということ。論理や合理だけでは戦争を止める手段にはなりません。

 アメリカだって「自由と民主主義」を大義名分に戦争を繰り返す構えです。卑怯を憎む心があれば弱小国に侵攻することもないし、惻隠の情があれば、原爆を落としたりすることもありません。美しい情緒を世界に広めるのが日本の役目ではないか、といいます。

 最終章は本のタイトルでもある「国家の品格」。日本が失った「国家の品格」を取り戻すにはどうすればよいか、考えます。

 まず、算数の能力が低下していることを筆者は憂えます。国家の底力に直結する問題だからです。日本はとくに資源がないのでなおさらです。美の存在、跪く心、精神性を尊ぶ風土があると、天才が出現しやすく、品格が保たれ、世界の尊敬が得られるといいます。

 国際貢献については、屈辱的態度でこそこそ自衛隊をイラクに送るくらいなら、端から国際貢献など忘れてしまえばよい。正々堂々と品格ある国家を目指すこと。それが、最大の国際貢献ではないか、といいます。

 品格ある国家になるには、1、独立不羈、2、高い道徳、3、美しい田園、4、天才の輩出。

 金銭至上主義とは一線を画し、国家の品格を守りつづけるべき。たかが経済ではないか、といいます。そして、「日本人は貧しい。しかし高貴だ。世界でどうしても生き残って欲しい民族をあげるとしたら、それは日本人だ」という、元駐仏大使のポール・クローデルの言葉を引きます。

 日本人一人一人が、美しい情緒と形を身につけ、品格ある国家を保つことは日本人として生まれた真の意味であり、人類への責務だ、と筆者は強調しています。

 今は、米国のグローバリズムが席巻しているように見えますが、矛盾が噴出しています。筆者は、経済を犠牲にしても品格を、といいますが、私は品格を失ったからこそ、経済もここ10年駄目になったと思っています。「他者への共感」を失ったために、格差も拡大し、お金はアメリカへ流出、日本経済全体としても伸びない状況にあると思います。

 また、筆者は、最近良く見られる道徳や愛国心を強調する保守派とも一線を画しているように見えます。これらの保守派は、排外ナショナリズムを煽り立て、構造改革の矛盾から目をそらそう、そして、自民党タカ派の50年来の宿願である、憲法「改正」、教育基本法「改正」を強行しようというものです。

 そして、結局、大手企業とアメリカを利する(一般市民の人権は抑圧されるが、大手企業、アメリカの我侭は是正されない)結果になるでしょう。が、この本の筆者は、むしろ戦争を防ぐために品格を取り戻す必要があるという立場です。私は大いに共感します。

 むろん、私個人は民主主義、人権は大事だし、今までの日本にも改革すべき部分はある(男女差別、環境破壊、利権による腐敗など)とは思います。しかし、今の「改革」は、これらを解決する振りをして、結局、単に日本をアメリカ化し、一部のお金持ちとアメリカだけが得をする政治になってしまっています。

 1990年代はじめは自民党幹事長だった小沢一郎さんが「普通の国」を叫び、その後、自民党を離れた彼が率いる新進党が自民党を右から改革路線へ引きずり込んだ。新進解党以降は、民主党右派が「改革」を叫び、その躍進が小泉自民党誕生への誘因となった。その後は自民と民主(特に前原グループ)で改革競争をしているわけです。

 これに対抗していかねばならない。旧来左派のリベラリズムやジェンダーフリー主義だけでは結局容易に総理や猪口男女共同参画大臣、前原民主党代表ら新自由主義者に都合の良いところだけ取り込まれ、利用されてしまう。亀井さん、平沼さんら旧来自民を叩く振りをしたり、公共投資をカットしたり、クリーンな雰囲気を醸し出したり、表面上とはいえ男女共同参画を推進しているのに溜飲を下げてことの本質を見失うからです。

 大谷昭宏さん、テリ―伊藤さん、田嶋陽子さんらが良い例です。その影響を受けたリベラル無党派も改憲・戦争容認派に鞍替えしていく傾向が見受けられます(大谷昭宏さんのような護憲派までが小泉さんを持ち上げることで、改憲・戦争参加も「改革」イメージを醸し出してしまうため)。

 積極的に、日本的なものの良い部分を押し出して経済、暮らしを立て直していく。世界平和のために文化を発信していく。構造改革に不満を持つ保守派に対しても、偏狭なナショナリズムではなく、藤原さんの言う、「祖国愛」、そして、相互に惻隠の情を持った文化を大事にしていくことこそを呼びかけていく。こういうところが必要ではないかとあらためて思いました。
[PR]
by sakura4987 | 2006-03-26 10:13

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


by sakura4987