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◆依佐美送信所:80年の歴史に幕 太平洋戦争開戦を打電

 (毎日 06・4・16)

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060416k0000e040001000c.html

 太平洋戦争開戦の暗号電文「ニイタカヤマノボレ一二〇八」を送信したとされる愛知県刈谷市の「依佐美(よさみ)送信所」の解体作業が進んでいる。

 送信所のシンボルだった高さ250メートルの8本の鉄塔は既に97年に撤去済み。建物の解体は5月下旬には終了する見込みで、世界屈指の規模を誇った歴史的建造物は約80年の生涯を閉じてすべて姿を消す。

 依佐美送信所は、日本初の欧州向け無線通信施設として1929(昭和4)年に開局した。当時、世界最大級とされた長波送信機と8本の鉄塔に張り巡らしたアンテナで、ヨーロッパ各地と通信を行った。当時の欧米向け通信はすべて外国の施設に頼っており、自前の送信所の建設は国家的事業だったという。

 しかし、後に軍事目的での利用が優先されて海軍の専用施設となった。日米開戦の暗号もここから真珠湾攻撃の海軍部隊に打電されたという。戦後は米軍に接収され、94年にやっと日本に返還されたが、鉄塔は老朽化していたため97年に撤去された。

 残っていた鉄筋2階建ての本館と、内部に柱がない独特の構造の送信所も、所有する東京の電気通信会社の「耐震性に問題がある」との判断で解体が決まった。

 市は周辺一帯で「花と緑」をテーマの公園を建設中で、同社から譲り受けた通信機1式を園内の記念館に展示することにしている。鉄塔の撤去後、住民の強い要望で復元された実物の10分の1(高さ25メートル)の小鉄塔とともに公園のシンボル的施設とする。

 地元で育った元教師の加藤修さん(73)は「日米開戦の暗号通信だけがクローズアップされがちだが、第一次大戦後に盛んになった貿易で国際通信が増えたための平和目的の開局だったことを理解してほしい」と話している。
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by sakura4987 | 2006-04-16 15:46

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