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◆マルキスト尾崎秀実の天皇観

 (世界日報)


共産革命との両立提唱/歴史的な重みを無視できず

外交評論家 井上 茂信


≪日本の敗戦革命狙ったスパイ≫

 太平洋戦争勃発の背景の一つは、資本主義国家同士の米英と日本とを戦わせるというスターリンの「噛み合わせ戦術」であったが、そのための対日工作で処刑された旧ソ連のスパイ、ゾルゲに協力した尾崎秀実(近衛文麿のブレーン)の天皇観が注目されている。

 尾崎とゾルゲに対する死刑の判決は昭和十八年九月二十九日に下され、翌年十一月七日ロシア革命の記念日に二人は東京巣鴨の拘置所で死刑を執行された。

 注目されるのは、共産主義者ながら尾崎は日本人として天皇の意義を十分に認識し、「天皇制と共産主義は両立する」との観点から革命を遂行しようとしたことだ。

 皇位継承問題との関連で天皇制論議が再び浮上している折から、天皇のもつ重みを知るうえで参考になろう。

 尾崎は第二次大戦での資本主義国家同士の相互破壊で革命の条件が熟すると信じた。

 日本については戦火で徹底的に焦土化すればするほど革命によいとした上で、共産化した中国と敗戦国日本との接近で日本を共産化し、東亜の新秩序を築くという「敗戦革命」を目指した。

 そのために日米を開戦に導くよう軍部の「南進論」の理論武装として「南方諸国の民族解放」を唱えた。問題は尾崎の天皇観だ。彼は昭和十九年四月五日、上告棄却後、大審院に出した上申書の中で天皇を賛美して要旨次のように述べている。

 「裁判長は『死をもって国家に詫びよ』といわれたが、手遅れが甚しくとも、私個人としては、真に生れ立ったばかりの純乎たる皇国臣民たり得たりと信ずる今こそ、生きる限り生きて国家の運命を祈り続けることこそ正しい行き方だと思われます」

 「私の政治的意図はかなり複雑でありまして、それは私が単純な共産主義者でなかったからです。私はつねに国家主義・民族主義である一面を持っていました。共産主義政治方式の応用と、この立場とが現実の歴史的段階において両立し得ると秘かに考えていたのです」


≪天皇に重きを置く現実的思考≫

 尾崎はこのあと、二つの歌をあげている。


 大君に仕へまつれと我を生みし

  我が垂乳根ぞ尊とかりける

        (佐久良東雄の歌)


 よもの海皆はらからと思う世に

  なぞ波風の立ちさわぐらん

           (明治天皇)


 尾崎は取り調べ中「万世一系の天皇をいただく国体として永遠に日本は栄えるだろう」と述べた。この上申書については助命されたいための偽装転向と見る向きもあるが、そうともいえないのではないか。

 彼は昭和十七年二、三月頃書かれた「獄中手記」の中で、天皇のもつ重みを指摘し、「共産革命にあたり天皇制打倒は不適当」と要旨次のように述べている。これが彼の本音と見るべきだろう。

 「日本の資本主義の現段階の特色は資本家(地主)=軍部(官僚)といった結びつきが政治推進力の本質的な中核をなしており、日本の政治支配体制の上で天皇の憲法上の地位の持つ意味は擬制的なものに過ぎなくなりつつあるように見うけられます。

 共産主義者としての戦術的考慮から見ても、天皇制打倒をスローガンとすることは適当ではないと考えます。

 その理由は日本での天皇制が歴史的に見て直接民衆の抑圧者でもなかったし、現在でも皇室自身が直接搾取者である感じを民衆に与えていないという事実でも明瞭です。

 問題は日本の真の支配階級である軍部資本家勢力が天皇の名において行動する仕組みにどう対処するかです。

 世界的共産主義社会が出来たとき、天皇制が制度として否定され解体されることは当然ですが、日本民族のうちに最も古い家として天皇家が何らかの形で残ることも否定しません」

 共産主義者としてインタナショナリストでありながら、民族的な課題として天皇の重みを認識し、直接の打倒の対象としなかったところに日本人の革命家として尾崎の現実的な思考の特色があった。


≪目的のために驚くべき柔軟性≫

 尾崎が死刑に処せられた三カ月後の昭和二十年二月十四日、近衛文麿は天皇に提出した上奏文のなかで

 「少壮軍人の多数はわが国体と共産主義は両立するものと信じているものの如く、共産分子は国体と共産主義の両立論をもって軍人を引きずろうとしつつあるものに御座候。

 軍部内一味の革新論を取り巻く一部官僚及び民間有志(これを右翼というも可、左翼というも可、いわゆる右翼は国体の衣を着けし共産主義者なり)は、意識的に共産革命にまで引きずらんとする意向を持ち、無知単純なる軍人はこれに躍らされたりと見て大過なしと候」と述べた。

 そのうえで「一億玉砕は共産主義者の陰謀である」として早期終戦の御勇断を陛下に上奏した。

 明らかに尾崎を意識したものだ。尾崎は実践的マルキストとして愛国心や民族主義を日本の「敗戦革命」の実現に利用するとともに、日本人として天皇の持つ重みを認識して、天皇賛美論を展開し、革命と天皇制を両立させるという驚くべき柔軟性を示した。

 天皇のもつ歴史的な重みは共産主義者も無視できなかったのだ。
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by sakura4987 | 2006-04-30 11:03

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