◆【風を読む】論説委員長 千野境子
二年前、ネパールの首都カトマンズを訪れた時、共産党毛沢東主義派が恐ろしくて地元に帰れない国会議員、職務放棄した地方の警察官や軍人らの話を聞いた。市内では学生が石を投げ、兵士満載のトラックが走り回っていた。
それでも過去一カ月近く続いてきた内乱的事態と比べれば、のどかなものだったなといま思う。
強権政治が倒れ、民主化が本当に勝利するならよいことだ。だが構図はそれほど単純ではない。
確かにギャネンドラ国王は不人気で国民の信頼は低い。民主化要求デモの裾野(すその)も広がっている。とはいえ受け皿となるべき政党も腐敗の噂(うわさ)が絶えず、国民の信頼は低い。そして何より、背後にいる毛派の動向が不気味である。
一九四九年創設の共産党が分裂による離合集散を繰り返す中、毛派が結成されたのは一九九五年。人民闘争と呼ぶ武装闘争を開始して今年でちょうど十年になる。
毛派の支配は点から面へ拡大、いまや首都に迫る勢いという。彼らは政府との停戦交渉を最大限利用してきた。停戦は和平でなく次の戦闘への小休止。停戦のたびに陣地は確実に広がった。
現国王が致命的なのは、世界を震撼(しんかん)させたビレンドラ前国王ら王族殺害事件のあの悲劇に、少なからぬ国民が現国王の影を見たことだろう。それもまた王制打倒を目指す、毛派の巧みな世論誘導だったとの見方もあるのだが。
グローバル化時代に化石のような毛派が跋扈(ばっこ)する不思議。そういえばもう一つの毛派、南米ペルーの武装ゲリラ、センデロ・ルミノソも同じ険しい山岳地帯で生まれたのは偶然の一致だろうか。
ヒマラヤの王国に黄昏(たそがれ)が近づいている。そんな予感がしてならない。その時、中印の緩衝地帯という役割も変貌(へんぼう)するだろう。