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◆「少子化社会 私の提言」

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NHK教育の視点・論点

2006年5月1日

東京大学助教授…赤川学

■2005年、日本の総人口は減少を始めました。女性が一生に生む子供の数の平均を示す出生率が過去最低を記録した1990年、1、57ショックという言葉が流行しました。それ以降少子化は日本の命運を左右する社会問題とされ、エンゼルプラン、新エンゼルプラン、少子化社会対策基本法などさまざまな少子化対策が実施されてきました。しかしその後も出生率は下がり続け、現在1、26といわれています。

■こうした状況のもと官民挙げての少子化対策が待ったなしとされています。これらの政策を担う、政府、マスコミ、学者に共有されているのは次のような見解です。すなわち、少子化が進むのは女性が子育てと仕事を両立できる環境が整っていないからであり、男女がともに子育てと仕事を担う男女共同参画社会が実現すれば少子化に歯止めをかけられるというわけです。

■しかし、男女共同参画が実現していないから少子化が進んだというのは本当でしょうか。単純に考えて、いまから5、60年ほど前の日本では女性の権利や社会進出は現在よりも制限されていました。しかし、子供は遥かにたくさん生まれています。見方を変えれば女性の権利と自由の拡大こそが少子化を促進してきたとさえいえるかもしれません。

■近年の少子化対策をめぐる論説ではOECD経済協力開発機構に加盟する先進国を比較する国際統計がよく使われています。たとえば、女性の労働力率が高い国ほど出生率も高いとか、政府が子育て支援にかける支出が高い国ほど出生率も高いということを示すグラフをご覧になった方も多いことでしょう。

■しかしそこでは、しばしば政策担当者の結論に都合の良い国ばかりが選ばれています。たとえば、出生率と女性労働力率の場合、両者が共に高い国、共に低い国を選び、出生率が高いのに女性労働力率が低い国、出生率が低いのに女性労働力率が高い国を外してグラフを作れば、あたかも両者に強い相関があるかのように見えてしまうのです。統計のトリックです。

■また少子化は多様な要因が絡み合って生じる複雑な現象です。国や地域によっても事情が異なります。そうした複雑さを無視して男女共同参画さえ実現すれば少子化を解消できるという単純な論法ににわかに組するわけにはいきません。

■むろんだからといって少子化を防ぐために女性の権利や自由を制限してよいということにはなりません。男女共同参画が仮に少子化を進めることになったとしてもそれは自由と男女平等の観点から必要だと単純にいえばよいのです。なのに、男女共同参画が少子化対策として有効だといってしまえば嘘になる、と私は思います。

■あまりありそうにもないことですが、百歩譲って男女共同参画が実現した結果、出生率がいささか回復するとしましょう。そのとき出生率はどれくらいになるのでしょうか。3や4になるならともかく、1、5から1、8程度に回復するぐらいでは人口減少を食い止め少子化がもたらす弊害をカバーするにはあまりに不十分です。人口減少は今後最低数十年、長ければ何百年に渡って持続するということを踏まえなければなりません。

■しかし、そもそも人口減少は本当にそれほど重大な問題なのでしょうか。確かに少子化による人口減少が進むと経済の活力が失われ、現行の年金制度は破綻の危機にさらされます。しかし人口減少は悪いことばかりではありません。

■まず環境に対する負担が軽減され空間的なゆとりが生まれます。次に、若い労働人口が減るかわり、女性や高齢者、外国人の雇用が活発になる可能性が高いといえます。さらに全体としての経済成長が頭打ちになったとしても、一人当たりの豊かさが増大する可能性は少なくありません。人口減少を問題視する論説は、人口減少のメリットをまったく無視しているのです。

■そもそも人口減少が問題となるのは現在の年金制度や経済システムが人口増加を前提としているからです。そうしたシステムを維持するために子供を増やせというのが本末転倒なのです。労働力人口が減るのならば国民全体で働き、一人当たりの労働生産性を上げ、高齢社会がもたらす年金、医療、介護の負担を軽減するしかありません。つまり出生率回復にすがるのではなく、人口減少を前提とした制度を構想するほうがよほど大切なことなのです。

■では人口減少社会を生きる私たちはどのような理念を選択すべきなのでしょうか。ここで「負担の公平」と「選択の自由」という二つの理念を提案したいと思います。具体的には年金制度における世代間不公平の是正と、子育て支援における選択の自由の尊重です。

■まず「負担の公平」とは、人口減少がもたらす痛みを社会全体で公平に分担することです。特に現行の年金制度は高齢世代ほど得をする仕組みになっており、世代間の不公平が放置されています。現在の高齢世代に対する年金給付を思いきってカットし、現役世代と将来世代の負担を軽減することができれば、人口減少の問題点はほとんど解決します。最も高齢社会では、数の上で多数を占める高齢世代に不利な制度改革は民主的に否決されかねません。しかし、自ら払ってもいない年金を受け取ろうとすることは、公平の理念に反します。

■次に「選択の自由」とは、してもいいししなくてもいい、してもしなくても何の損も得もしない、という意味です。子どもを産もうと産むまいと、結婚しようとしまいと、そのことで不利にも有利にもならない制度を作ることです。

■現在の少子化対策は、公的保育サービスの充実やワークライフバランスの見直しなど、子育てしながら働く男女を重点的に支援しています。しかし、子育て支援は本来、すべての子供が健康で文化的な生活を営む権利を有するという観点によってのみ基礎づけられねばなりません。なぜなら親の収入やライフスタイルによって、子供が受け取るはずの支援に差があってはならないからです。

■このような観点からは、年齢、出生順位、親のライフスタイルを問わない子供手当の大幅な拡充こそが最も合理的な制度改革といえるでしょう。そのための財源は高齢者の年金カットや、消費税の増税でまかなうしかありません。

■このように人口減少を前提としながら、「選択の自由」と「負担の公平」という理念に配慮した制度を作り上げることができれば人口減少は恐るるに足りません。万が一、人口減少が私たちの社会から豊かさを奪うことになったとしても、そのとき私たちは、自由に、公平に、そして美しく滅びてゆくことを選択すれば良いのです。人口減少社会における滅びの美学を確立すること、これこそが21世紀の日本に課せられた真の課題といえます。
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by sakura4987 | 2006-05-05 15:53

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