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◆インテリジェンスについて語ろう (1)~(4)



(産経 06・4・23)

元内閣情報調査室長 大森義夫さん

【プロフィル】大森義夫

 おおもり・よしお 昭和14年東京都出身。66歳。東京大学法学部卒。38年警察庁に入り、鳥取県警本部長、警視庁公安部長、警察大学校長などを経て、平成5年内閣情報調査室長に就任。9年まで宮沢、細川、羽田、村山、橋本の5代の内閣で室長を務めた。17年には外務省の「対外情報機能強化に関する懇談会」の座長として、インテリジェンス機関「対外情報庁」の創設などを盛り込んだ答申をまとめた。現、NEC顧問。


≪電信官自殺 国家として敗北≫

 《国際社会で日本が“情報音痴”といわれて久しい。多くの国は独自に集めた情報をもとに外交や安全保障政策を決定したり、他国から国益が侵されるのを未然に防いだりしている。そうした活動をインテリジェンスと呼ぶ。だが戦後六十年あまり、日本にはそんなシステムも意識もないに等しかった…》

 --昨年末、上海の日本総領事館に勤務する電信官が女性スキャンダルをネタに、外交機密に関する情報提供を中国側から強要され、自殺する事件が発覚しました。改めて日本の“情報音痴”ぶりが浮き彫りになった気がします。

 大森 あの事件は一外交官、一領事館員の自殺ということではなくて、日本の国家としての敗北だったと思います。女性を使って他国の外交官に接近する工作は「ハニー・トラップ」といい、珍しい方法ではありません。問題なのは日本が、そうした基本的なことにあまりにももろく、工作に屈してしまったこと。そして、電信官を救出してやれなかったことです。

 本来なら、(中国側の工作を)逆手にとって利用することもできたはず。惜しいことをしました。

 --中国側は、外務省が世界各国の在外公館と秘密情報のやりとりをする公電の暗号システムを教えるよう迫っていたとされていますね。それほど、重大な事件なのに、当時、首相や官房長官には報告されていませんでした。

 大森 公電制度は国家としての生命線です。それが侵されようとしていたのだから、内閣や、国家全体に響くような重大な問題です。外務省は、そうした問題意識を持ち得なかった。それがまさしく国家の敗北なのです。

 --その後も、中国で外務省の協力者として情報収集活動をし、当局に逮捕・拘禁された日本人男性(中国残留孤児二世)が、「(逮捕後)外務省は守ってくれなかった」という趣旨の証言をした問題が発覚しました。

 大森 上海の事件と同根だと思います。国家のためにさんざん働いてきたのに、ピンチになったら面倒を見ない、切ってしまう。あれだけの語学力があり、愛国心を持った人をなぜもっと大事に扱えなかったのか。結局は、情報作業に未熟というか、(外務省の担当者に)インテリジェンスをやるという覚悟も技術もなかったわけです。



◆インテリジェンスについて語ろう (2)

(産経 06・4・24)

元内閣情報調査室長 大森義夫さん


≪情報活動の全体像見えない≫

 --日本にも、内閣情報調査室(内調)をはじめ、公安調査庁、警察庁、防衛庁、外務省など、情報機関や情報収集を行っている部局があります。「情報」に関して、日本は、国際社会から、どう見られているのでしょう。

 大森 問題点は大きく二つあると思います。一つは日本から情報が漏れてしまうこと。かつては「政治家に話すと漏れる」といわれたものですが、今は行政組織(官僚)からも漏れてしまう。防衛機密の問題などでは、アメリカから警告されています。

 もう一つは、国家としての情報活動、情報組織の全体像が見えないことです。アメリカのCIA(中央情報局)などは、日本のいろんな省庁に“情報担当者”がいるため「だれと話していいのか」と困惑していましたね。

 --各省庁間の縄張り意識、縦割り行政の弊害もよく指摘されるところです。

 大森 私が内調にいたとき、他の組織から重要な情報をもらったことは一度もありません。内調の室長は警察庁から出ているので世間では“警察の出先”のように思っていますが、警察でさえ、いい情報は絶対、内調には伝えない。

 そして、それぞれの組織がバラバラに集めた、断片的な情報、分析されていない情報を幹部が個別に首相に報告する。首相のパワーが強い小泉内閣になって、この傾向は顕著になっています。もともと情報収集能力が低い日本で、各機関が情報を奪い合っている構図は情けないとしか言えません。

 --各機関が情報を共有しないのは、「(他に話すと)情報が漏れるためだ」とも聞きますが。

 大森 各省庁共通の情報保全基準(クリアランス)を作ればいいのです。例えば、Aランクの機密情報は、外務省の北米局長や警察庁の警備局長といった人だけに伝える、といった政府全体の基準です。これがあれば、一定のレベルの人たちで、情報を共有できることになります。

 --法整備の問題もありますか。

 大森 現在の日本で保秘義務を課しているのは国家公務員法による一般職の公務員だけです。閣僚や国会議員、軍事技術の開発などに携わる民間人などには法的な義務はありません。国民全体やマスコミを広く対象にする必要はありませんが、少なくとも、国家的な機密に触れる人を対象とした秘密保護の法整備は必要だと思っています。

 --民間企業の中には、先端技術漏洩(ろうえい)を防ぐために、社員のパスポートを預かっている会社もあるそうですね。

 大森 企業だって本当はそんなことをしたくない。でも、現在の日本ではそれぐらいしか自衛策がないのです。先端技術は日本の貴重な知的財産です。さらには、テロ支援国家にわたって軍事技術に転用される危険性もあるのに、防ぐ手立てがほとんどない。その実態こそが、日本の問題点なのです。



◆インテリジェンスについて語ろう (3)

(産経 06・4・25)

元内閣情報調査室長 大森義夫さん


≪他国に聞いたノドンの発射≫

警察大学校長時代

 《警察大学校長から内閣情報調査室長へ転じたのは平成五年三月。就任の前々日に自民党の金丸信前副総裁(当時)が脱税容疑で逮捕され、国外では、北朝鮮がNPT(核拡散防止条約)からの脱退を表明し、最初の核危機が表面化した時期だった》

 --できれば、警察官僚として“役人人生”を終わりたかったそうですね。

 大森 警察の中でも情報関係が長かったので、新しいポストに違和感はありませんでしたが、少しさびしかった。だが、警察を離れる解放感もありました。警察は権限を行使する職場ですが、内調は才覚で勝負です。

 --内調室長に就任した時期は内外で大きな出来事が重なり、騒然としていた時期。それなのに内調は、いつもと変わらぬ雰囲気だった。がっかりしましたか。

 大森 新聞記者も同じでしょうが、新しいものに対する発見や感動がなければ、「情報」は扱えません。内調というよりも、日本の「情報(機関)」というものが、感動の薄い、日常生活の繰り返しのような時間を過ごしていたんですね。

 --その年の六月、北朝鮮がミサイル「ノドン」を日本海へ発射した、と報じられ、大騒ぎになりました。

 大森 友好国からの情報でした。日本はまったく知らなかった。当時、その情報を独自に確認、検証する方法も技術も日本にはありませんでした。ただノドンというのは本当に不思議な話で、いまだに日本人として発射を確認した人は一人もいないのです。

 --その友好国からの情報を首相官邸の幹部の一人が朝駆けの記者に話してしまったのは想定外でした?

 大森 私自身も政府としても情報の処理に未熟でした。情報入手には熱心だったが、それをどう使うかのノウハウが確立されていませんでした。国家全体として空白だったわけです。本来なら総理、閣僚に諮った上で、官房長官が記者会見をし、友好国から情報提供があった事実を明らかにした上で、国民に「冷静に対応してほしい」と訴えるべきだったと思います。

 --その後、のど元過ぎれば…で、五年後(平成十年)に「テポドン」が飛んで来るまで政府は何もしなかった。

 大森 そうですね。テポドンが飛んできて、また大騒ぎになりました。世論が沸騰し、私たちが熱望していた“日の丸衛星”(国産の情報衛星)が急遽(きゅうきょ)実現することになったのです。

 ただ、「なぜ日の丸衛星でいくのか」。それを決めた過程は必ずしも明確ではありません。ある意味衝動的であり、論理的ではなかった。もっと早くから議論を重ねていれば、工夫の余地もあったでしょう。いつもながら、危機管理の苦い体験が積み重ねられないことが問題です。



◆インテリジェンスについて語ろう (4)

(産経 06・4・26)

元内閣情報調査室長 大森義夫さん


≪米朝危機に緊張走る≫

 ≪平成六年二月、訪米した細川護煕首相(当時)は、クリントン大統領(同)と会談。アメリカが北朝鮮の核施設爆撃の可能性を検討していることを知らされる。日本政府に衝撃が走った≫

 --米朝開戦となれば、日本も大変なことになる。アメリカの決意を聞いた細川首相は緊張したでしょうね。

 大森 メディアでは経済問題が大きく取り上げられていたのですが、(首脳会談の)一番の話題は北朝鮮問題でした。細川首相が帰国した翌日、私と内閣安全保障室長が、石原信雄官房副長官(同)に呼ばれ、プロジェクトチームを立ち上げるように指示を受けました。私は、北朝鮮情勢について。安保室長は日本ができる対策を中心に検討することになったのです。

 --当時、実際にアメリカが武力行使に踏み切る、という認識があったのですか。

 大森 空爆の一歩手前とまでは思いませんでした。クリントン政権が攻撃を検討したのは間違いありませんが、百のうちどこまでか…。まずは、アメリカが海上封鎖をし、(北朝鮮へ向かう船舶を)臨検するという事態を想定し、日本として何ができるかを考えました。

 --このときの米朝危機は六月のカーター元大統領の電撃的な訪朝で終結しました。

 大森 あれは北朝鮮外交の勝利でしたね。必死の工作でカーターを口説いたのです。日本は訪朝の動きを具体的に知りませんでした。

 そして、米朝和解となったために、国家の緊急事態に対する検討も、いっぺんに“お蔵入り”になってしまった。いい勉強をしたとは思いますが、日本として、いろんなことを議論するチャンスを失ったのは残念でした。歴史の転換点だったと思います。

 --その蓄積は今に生かせないのですか。

 大森 うーん。ゼロではないと思いますが、人も代わってしまいましたしね。当時、国内の連立政権内部のゴタゴタも痛かった。

 --カーター訪朝の直後に、北朝鮮の金日成主席が急死しますね。

 大森 本当に驚きました。あのときは、村山富市内閣が発足した直後で、政治的な不安定さもあり、緊張感は相当なものでした。それが、アメリカの衛星写真によって、北朝鮮内で大規模な軍の移動がないことが分かり、落ち着きを取り戻しました。緊急の有事がない明確な保証が得られたわけですから。この件で改めて情報衛星の必要性を痛感しました。

 --このとき、衛星の導入を訴えて大森さんが怒りを爆発させたそうですね。

 大森 そんなことはありません(苦笑)。ただ、近海にミサイルを撃ち込まれても、第三国に指摘されるまで分からず、自力で検証できないのはおかしいと言ったのです。
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by sakura4987 | 2006-05-05 15:54

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