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◆インテリジェンスについて語ろう (5)

(産経 06・4・27)

元内閣情報調査室長 大森義夫さん


≪残念なオウム事件の対応≫

 ≪六千人以上の死者を出した阪神大震災の発生は平成七年一月十七日の早朝。「(発生は)テレビで知った」という当時の村山富市首相の発言で、政府の危機管理体制に批判が集中した≫

 --首相になかなか情報が入らなかった。

 大森 そうですね。「いったいどうなっているんだ」と批判を受けました。あのとき、(自然災害を担当する)国土庁には、当直がいませんでした。いや国土庁だけじゃありません。警察庁や防衛庁などには当直がいましたが、政府全体を見渡しても、ほとんどの役所には当直体制がなかったのです。

 --その反省から、内閣情報調査室の中に、五交代で当直体制を取る「内閣情報集約センター」ができた。ただ内調の中に設置することには反対されたそうですね。

 大森 (自然災害の対策は)内調本来の仕事ではありません。インテリジェンスが内調の仕事なのですから。それに内調に回ってきたのは、「昔から宿直がいた」という変な理屈からです。しかも、まったく権限がなく、単なる“起こし役”でした。

 --ただ、阪神大震災では学んだことも多かった。

 大森 民間の力を借りる重要性を知りました。官民一体というのはなかなかできないものですが、あのときはぱっとできましたね。みんなショックで大まじめだった。


 ≪オウム真理教による地下鉄サリン事件などが起きたのもこの年だ≫

 --この前年に、松本サリン事件が起きていますね。

 大森 このとき、警察幹部はサリンなんて知らなかった。農薬だと思っていましたからね。知っていたのは自衛隊だけです。ただ、そういう研究に対する批判を恐れて、なかなか表に出てこなかったのです。だから(地下鉄サリン事件のときも)、政府に「化学兵器」という認識がなかった。たまげたのは外国の方です。アメリカは「これは大量殺戮(さつりく)だ」と大騒ぎでした。

 --オウムの事件は、国を揺るがす大事件だったと思いますが、内調は“カヤの外”に置かれていた。

 大森 警察庁長官らが首相官邸に乗り込んで、直接、首相に報告していましたね。結局、「犯罪捜査だから警察がやる」という、“いつものやり方”でやったということでしょう。

 --ロシアや北朝鮮とのコネクションなど、オウムについてはいまでも不可解なことが多いとしていますね。

 大森 これについては国を挙げて解明すべきだったと思います。国の基本が破壊されるという危機感があったのに、「情報」の共同作業ができなかった。国家の緊急事態だから、一緒にやろうという体制の切り替えができなかったのです。


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◆インテリジェンスについて語ろう (6)

(産経 06・4・28)

元内閣情報調査室長 大森義夫さん


≪ペルー人質事件は日本の完敗≫

 ≪一九九六年十二月、ペルーの日本大使公邸人質事件が発生した。百二十七日後、ペルー軍の強行突入によって事件は解決したが、独自の情報を持たない日本はまたもやカヤの外に置かれた≫

 --この事件は「日本の完敗だった」としていますね。

 大森 そうです。当時の橋本(龍太郎)総理もそれは認めるでしょうね。

 --まず、犯人グループの「トゥパク・アマル革命運動」の情報がなかった。

 大森 全然分からない。日本のどの組織も知りませんでした。アメリカに問い合わせて、ようやく分かったのです。当時、アメリカはフジモリ政権との関係があまりよくなかったのですが、ペルー軍関係者の中に、いろんなネットワークを持っていた。さすがだと思いました。

 --解決策についても情報がない日本には、ODA(政府開発援助)しかなかった。

 大森 ODAを使うのは悪いことではありません。実際、外務省がODAを使って進めていた解決策が成果を上げつつあったのです。ペルーや周辺国へのODAをテコにフジモリ大統領を説得してもらい、強行突入をせずに犯人グループをキューバに出すという方法でした。橋本総理は人質の生命を最優先にする方針でしたから。

 私は強行突入の場合、最低でも人質の二割は犠牲になるだろうと考えていました(実際にはペルー側の三人が死亡、日本人人質から犠牲者は出なかった)。

 --それなのに、フジモリ大統領は強行突入の方針を貫いた。日本への事前の連絡はあったのですか。

 大森 ありません。私は強行突入の直前に退官していたのですが、総理も官房長官も愕然(がくぜん)としたと思います。結局、日本は、「テロは絶対制圧する」というフジモリ大統領のハラを読みきれなかった。トンネルを掘った強行突入のやり方もまったくの想定外でした。

 --アメリカは知っていたのでしょうか。

 大森 (ペルーから)正規の連絡はなかったと思いますが、いろんなことを知っていたでしょうね。

 --橋本内閣のときには、台湾の総統選挙をめぐって、米中が一触即発になった台湾海峡危機もありました。

 大森 総理の危機感は大変強かった。「海峡が封鎖になったら、石油はどうやって運ぶのか」など、そういう研究は相当やりました。台湾については、私が持っていたパイプからの情報が、有効だったようです。

 --台湾をめぐる緊張は現在も続いています。

 大森 「台湾は中国の一部」という原則にとらわれて、インテリジェンスが現実を見ないのはいけない。台湾の、特に軍事力の研究を怠っていると、実際の危機に対応できなくなると思います。
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by sakura4987 | 2006-05-06 11:20

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