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◆『新聞用語集』の言い換え例


 〈悪辣〉アクラツ。『新聞用語集』の言い換えは「悪質、あくどい」。辣は他に辣腕、辛辣などの語を造る。“針で刺されたようにぴりっと痛い、からい意”(角川大字源)だから、悪辣は悪質よりもっと鋭い悪質さだ。悪質に一律に変えられない。国語がやせてしまう。

 〈遺骸〉イガイ。『新聞用語集』では「遺体、亡きがら」に言い換える。「遺骸」も使えないようでは成仏もおぼつかなかろう。「遺体」では即物的に過ぎ、魂のぬけがらというイメージが飛んでしまう。死骸・形骸・残骸・骸骨…みなまだ生きて使われている語ばかり。

 〈畏敬〉イケイ。『新聞用語集』では「敬服、心服、尊敬」に言い換え。「畏敬」は日本人の根源的な宗教感情を表すのに不可欠の語。こうした語の抹消は精神文化破壊に直結する。神への「畏敬の念」を「敬服の念」「心服の念」「尊敬の念」になぜ言い換え得るのか。


 〈一瞥〉イチベツ。『新聞用語集』では「一見、一目、ちらっと見る」に言い換え。「一瞥する」は“ちらっと見る”意で、「一見する」は“ひと通り見る”だから意味が違う。一目も「一目する」は常用表現でなく、普通は「一目置く」のように使う。置き換えは無理。

 〈一蹴〉イッシュウ。『新聞用語集』では「はねつける、拒否する、ひとなぎにする、けとばす、破る」に言い換え。サッカーが野球と並ぶ人気スポーツの時代に「蹴る」とも書けぬのは、基準が悪い。「蹴」は足へんに就でシュウの字音も推測可。廃語にしたくない一語。

 〈邂逅〉カイコウ。『新聞用語集』の言い換えは「巡り合い」。邂逅は思いがけない形でぱったり出会うときに用いる語。巡り合いは文字通り巡り巡って出会うのだから、簡単には置き換えられぬ。こうした無理を通そうとする愚かさ。漢字殺しの当用漢字思想は罪深い。

 〈覚醒〉カクセイ。『新聞用語集』では「目覚め、自覚」に言い換え。覚醒剤は別項で覚せい剤に書き換え。交ぜ書きの覚せい剤もばかばかしいが、その語の構成要素の覚醒の使用を禁じて痕跡を消し、どうして覚せい剤が言葉として成り立つのか。愚の骨頂とはこのこと。

 〈間隙〉カンゲキ。『新聞用語集』の言い換えは「すき間、溝、不和」。間隙は“物と物の間”の意で、「間隙が生じる」と使って、比喩的に「溝、不和」の意が出てくる。初めから「溝、不和」の意があるわけではない。「間隙を突く」の間隙は、溝でも不和でもない。

 〈諫言〉カンゲン。『新聞用語集』では「忠言、忠告、意見、いさめる」に言い換えよとする。諫言は目下が目上にする行為。「殿に諫言する」を「殿に忠告する」とはできない。安易な言い換えがはびこると、「弟に酒を控えろと諫言する」などという誤用も登場する。

 〈旗幟〉キシ。旗ははた、幟はのぼりで、合戦場で自分が何者かを明示した。旗幟鮮明はまだ生きて使われる語。『新聞用語集』では「旗印、立場、態度」に言い換えることになっているが、言葉の背後に歴史が見える旗幟のような語は積極的に保存すべきではないのか。

 〈艱難〉カンナン。「艱難なんじを玉にす」という古人の知恵はもう通用しない世の中になってしまったのだろうか。『新聞用語集』の言い換えは「苦難、困苦」。言葉を捨てれば、古人の知恵もまた共に葬られてしまう。かくて、安易でお気楽な人間ばかりが増殖する?

 〈矜持〉キョウジ。少し前まではこれをキンジと読むのは誤りや否やが議論の材となっていたが、今やキョウジもキンジも国語から忘却されてしまったように観察される。『新聞用語集』の言い換えは「誇り、自負」。語を失えば矜持の心もまた喪失。日本の今日の姿だ。

 〈杞憂〉キユウ。杞国の人が天が落ちてくるのではないかと寝食を忘れて心配したという故事に基づく語。『新聞用語集』の言い換えは「取り越し苦労、無用の心配」。大活字時代に2字で言えることを5~6字かけても言い尽くせぬ愚。故事熟語は保存するのが文化だ。

 〈僥倖〉ギョウコウ。“思いがけない幸せ”の意。『新聞用語集』の言い換えは「まぐれ当たり、幸運」。「まぐれ当たり」は似ずして非なる言い換えではないのか。「幸運」にしても、僥倖の“思いがけない”のニュアンスが消えてしまう。僥倖は僥倖と書くべきなのだ。

 〈強靱〉キョウジン。『新聞用語集』の言い換えは「粘り強い」。「強靱な精神力」なら「粘り強い精神力」と言い換えられるが、「強靱な筋力」は「粘り強い筋力」などと言えない。語が異なれば意味・用法にズレが出る。国語を不自由にする言い換えは誤れる思想なり。

 〈驕慢〉キョウマン。『新聞用語集』の言い換えは「高慢」。驕慢と高慢は意味が近いといっても全くの同意語ではない。驕は“おごりたかぶる”であり、単なる“たかぶる”とは違う。言い換えは語の持つそうした微妙な差異を殺す語彙(ごい)貧困化を招く元なのだ。

 〈港間〉コウカン。「港間…といわれている」の文型でなお用いられている。『新聞用語集』の言い換えは「世間、世上」。港を含む熟語では港談・港説(共に“まちのうわさ”の意)などの語もまだ死んではいない。港間は和語の「ちまた」とともに残したい語である。

※新聞は毎日読むもので、その文章に教養ある言葉が並ぶと、国民もいつの間にか使うようになるもの。マスコミのレベルが下がり続ける理由はこんなところにもあるのかもしれない。手紙を書く時には今や電子辞書が必需品だが、漢字を忘れ、教養ある言葉を知らない自分が情けなくなる。○○辞典は本当に助かる。 
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by sakura4987 | 2006-05-09 22:51

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


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