★★★ 日本再生ネットワーク 厳選ニュース ★★★

sakura4987.exblog.jp
ブログトップ

◆NHK「朝日の報道は歪曲」 再び抗議・訂正要求


「回答誘導する取材」 番組改変特集記事  平成17年1月19日(水)産経新聞

NHK、朝日新聞に抗議…「政治介入」取材過程報道で(読売)

 NHKが平成十三年一月に放送した慰安婦問題を扱った特集番組「ETV2001 戦争をどう裁くか」について朝日新聞が「政治介入があった」と報じた問題で、同紙が十八日付朝刊で掲載した特集記事に対し、NHKは同日、「誤った一方的な内容」として同新聞社に抗議、訂正を求めた。

 NHKは十二日にも同紙に対して謝罪などを求め文書で抗議しているが、今回は「関係者の回答を誘導、歪曲(わいきよく)された」と取材手法を強く批判しており、マスメディア同士が真っ向から対立する異例の展開となっている。

 NHKによると、十八日午後に同幹部から事情を聴いたところ、同幹部は今年一月九日、自宅で朝日新聞の記者二人に「安倍(晋三自民党幹事長代理)・中川(昭一経済産業相)の両氏に会ったという事実や面談のやりとりはすべて取材を終えている」としたうえで、両氏に会ったかどうかについて質問された。同幹部は「記憶をたどりながら、安倍氏とは会ったが、中川氏については、記憶は定かでないと回答した」にもかかわらず、記事では「平成十三年一月二十九日に相次いで両氏に会ったことを認めた」と書かれた。

 安倍・中川両氏に朝日新聞記者が取材したのは翌十日が初めてであり、記者の取材は意図的に同幹部の答えを誘導した-としている。

 さらに、同紙記者は制作過程で政治的圧力があったのではないかと執拗(しつよう)に質問、同幹部が「圧力はなかった」と答えたのに、記事では「圧力を感じた」と、全く逆の記述になっていたという。

 NHKでは「十四日の抗議に対する回答もないうちに同じような誤った内容の記事が一方的に掲載された。その内容は取材を受けた幹部の回答に明らかに反し、取材方法に大きな疑問を抱いている」としている。

 「政治介入によって番組内容を変えた」と報じた十二日付朝日新聞朝刊についてNHKは十四日、同紙の箱島信一社長と吉田慎一編集局長あてに文書で抗議し、訂正を求めていた。

 この日の朝日新聞の特集記事について、一方の当事者である安倍氏は十八日夜、「わたしがNHK幹部を呼び付けて政治介入したと報じた部分については取材の内容も明らかにされていない。仮に、これが取材のすべてで、この程度の取材で今回の記事が書かれたのだとすれば極めて問題だ」と批判した。

 朝日新聞社広報部のコメント 「十八日付朝刊に掲載したNHK問題の記事は、これまでの取材内容を正しく伝えたものであり取材方法も適正だったと考えている」

                    ◇

 ■朝日特集記事

 朝日新聞は十八日付朝刊で、NHKの番組改変に関する取材経緯の詳報やNHK、中川昭一経済産業相、安倍晋三自民党幹事長代理の抗議に対する反論の特集記事をほぼ一ページを割いて掲載した。

 詳報では同紙が取材したNHK幹部が、中川・安倍両氏と面談した際、「政治的圧力と感じた」などと証言したことを報道の根拠とした。また、中川氏と記者とのやりとりを再現、中川氏が「ここを直しますから、やりたいと。それで『だめだ』と」と述べたことなどを強調した。

 さらに、横井正彦・東京本社社会部長名の署名記事で中川氏の発言は「(放送の)事前としか思えないやりとりを生々しく伝えており、不可解といわざるをえない」と反論、「番組が取り上げた民衆法廷が『(思想的に)偏っている』という批判は、(政治的圧力の有無を問うた)今回の報道とは次元の違う問題」とする同紙の報道姿勢を主張した。





※本日の産経抄は、「自由は社会に対する節度、公への配慮があってこそ成り立つ。政治家の言い分との食い違いは、ぜひ検証を続けていただきたい。同時に、この国を一方的に断罪しそれを報じる「自由」が妥当だったかも、どうか考えていただきたい。」という文章を載せているが、まさにその通りである。 

自由には、「正義へ向かう自由」と、「悪に向かう自由」があるし、「国がよくなる方向への自由」と「国が悪くなる方向への自由」がある。そして、「悪に向かい、国が悪くなる方向への自由」は自由とは言わず、「堕落」と呼ぶべきなのだ。 

では、この正義とは何か、悪とは何か、国がよくなるとは何か。皆様にはお分かりだろうか。 

ここに、昨日書いた「信仰」というものが出てくるのだ。正義とか、悪とか、国益などというものは、本来人間が軽々しく決めるべきものではなく、「信仰」という事や「宗教」を前提としなければ答えは出てこないのだ。「国がよくなる方向」とは、神仏が願う国造りの事なのだ。「正義」とは神仏の正邪を分ける力なのだ。

この信仰を抜きにしては、自由というものは語ってはいけないのだ。どのような信仰でもいいと思うが、少なくとも、神仏の願いはここだろうという意識を持って考え、議論しなければならないのだ。そして、これが民主主義の大前提なのだ。 

果たして、朝日が言うところの「報道の自由」に、この「信仰」を前提とする考え方があるのか。神仏の願いはどこにあるのかということを少しなりとも考えたことがあるのか。私にはどこから見てもあるようには見えない。そして、この女性法廷をやっている連中に、少しなりともそのような意識があるとも思えない。 


今回、VAWW-NETジャパンは「女性国際戦犯法廷」についての基本的な事実を歪曲する数々の誤解について、事実の正確な理解のために声明「安倍晋三氏の事実歪曲発言について」を口頭弁論終了後に発表したが、その会場である、YMCAアジア青少年センター9階国際ホール会場入り口には、こんなものが据えてあったとか。

はっきり言って、このような人間に、自由を語る資格がないことは、皆様にも少しはご理解いただけたのではないだろうか。
[PR]
by sakura4987 | 2006-05-13 10:49

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


by sakura4987