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◆番組「改変」問題 朝日には立証責任がある

平成17年1月21日(金)産経新聞

 慰安婦問題を扱ったNHKの番組が政治介入によって改変されたと朝日新聞が報じた問題で、同紙の取材を受けたNHKの元放送総局長が「発言をねじまげられた」と記者会見で朝日を批判した。これに朝日が再反論し、メディア同士の論争になっているが、立証責任は最初にこの問題を報じた朝日新聞にあるといえる。

 発端となった朝日の十二日付記事は「中川昭一・現経産相、安倍晋三・現自民党幹事長代理が放送前日にNHK幹部を呼んで『偏った内容だ』などと指摘していたことが分かった。NHKはその後、番組内容を変えて放送していた」などと報じた。

 これに対し、NHKは、中川氏と会ったのは放送三日後で、安倍氏とは放送前日に会ったが呼ばれたのではない、と朝日報道を否定した。面会日の食い違いはともかく、問題はNHK幹部が安倍氏らに呼ばれて説明に行ったかどうかだ。「政治的圧力」の有無を判断するうえで、一つの重要な材料になり得る。

 これについて、朝日は十八日付朝刊の取材経過を含めた検証記事で、取材相手のNHK幹部の実名を伏せ、「この幹部は一貫して『自民党に呼ばれた』との認識を示し、これを『圧力と感じた』と証言した」と書いた。しかし、これだけの材料では、安倍氏らがNHK幹部を呼んで圧力をかけたとする証明にはなっていない。

 しかも、NHK元総局長は朝日のいう幹部は自分だとし、「『圧力を感じた』とは言っていない」と朝日の検証記事も否定した。朝日は記事の信憑(しんぴょう)性を裏付けるためのもっと説得力のある材料を示す必要があろう。

 朝日新聞社会部長は検証記事で、NHKが取り上げた民衆法廷(女性国際戦犯法廷)やNHK番組そのものへの批判について、「今回の報道とはまったく別次元の問題だ」としている。

 この法廷は昭和天皇はじめ死者を弁護人なしで一方的に裁いた一種の人民裁判である。それをNHK教育番組で放送した是非は、この問題の本質にかかわることである。決して別次元の問題ではない。

 今回の問題は、メディア全体の信頼性を失墜しかねない問題をはらんでいる。朝日の適切な対応が問われる。

◆【産経抄】

 互いに自分の主張をぶつけ合い、収拾がつかないことを「水掛け論」と呼ぶ。ひでりのときに、自分の田んぼに水を引く争いに由来するそうで、つまりは我田引水の応酬をいう。

 ほかでもない、慰安婦問題を扱った番組をめぐるNHKと朝日新聞の論争のことだ。同じ新聞記者としての率直な感想を言わせてもらうと、本質を離れて問題を水掛け論に矮小(わいしょう)化しようとしているのは、後者のような気がする。

 駆け出しのころ、先輩から「疑うこと」を教えられた。人を信用するなということではなく、その証言は本当か、誤解はないのか、周辺を探り、違う角度から眺め、できる限り客観的、間接的な傍証も集めて検討し、事実と確信できるまで書くなということだった。記事が、人の社会的地位や尊厳を脅かす恐れがある場合はなおさらだ、と。

 記事の柱になっている証言が「話したことと違う」とされたのだから、朝日新聞と記者は、名誉をかけて「政治介入」が事実であったことを別の形で証明すべきだと思う。同業としても記事に自信があるのなら、断固してもらいたい。言った、言わないでは子供の喧嘩(けんか)である。

 NHKも、問題を一つお忘れのようだ。一昨日の会見では、放送前の番組のどこが問題だったか、手直しされた番組は公共放送にふさわしい品性や公平性を備えていたかは、あまり触れられなかった。加えて「憶測でものをいうジャーナリストは許せない」という内部告発者への非難には、お尻がむずがゆくなった。

 おっしゃることはもっとも。同じ報道人として、他山の石としなくてはならない。ただ、人ごとのような態度はどうだろう。受信料を払っている国民に「身内の不始末で申し訳ない」くらいの一言は欲しかった。


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※挙証責任を負う恐ろしさは、アメリカの医療過誤裁判を思い出しただけでもよく理解できる。米国では医療過誤の有無をめぐり紛争が起きた時には、医者が「無かった事を」証明しなければならないと考え、挙証責任を被告(医者)に負わせた。 

そうすると、この医療過誤をめぐっての裁判が雨後の筍のごとく叢生したそうだ。それによって医者は大恐慌になり、破産する者が続出したという。その結果、高度の医療、新式の医療を医者が拒否するようになり、医療常識からして容易に直るはずの人が死亡するという事件が多発したという。 

今回の事件の経過を見ると、NHKや安倍、中川両氏は何気なしに街を歩いているところに、糞尿をまかれたような感じだろう。この行為をした朝日新聞関係者を訴えると、どちらに挙証責任が出るのかは、非常に難しい問題だろうが、かたや会社組織が個人を誹謗する記事を書いたと見ると、朝日新聞にその責任はあるように思う。 

ましてや、今やマスコミは第1権力となっていることから考えても、挙証責任はマスコミ側、すなわち朝日新聞にある。現段階では、言った言わないという低次元の批判合戦にしようとしているが、朝日新聞が自分を責任あるマスコミと自負しているなら、徹底的に記事の内容を証明する必要があるだろう。 

もしそれをやらない場合は、責任を自ら放棄したという事で、国民側としては、スポンサーへの抗議、不買運動などを徹底してやらなければならず、一大国民運動へと拡大していかなければならない。「絶対権力は絶対に腐敗する」とアクトン卿は言っているが、腐敗した朝日新聞などをその座から引き摺り下ろさなければ、日本の再生は非常に厳しいということは皆様もご存知の通りだ。 

さて話は変わるが、この国民運動についてつらつら考えてみると、やはり厳しいものがある。現在、教育基本法や憲法改正が俎上に上りつつあるが、その内容は、保守側が待望するような内容からはほど遠いという事をよく確認しておいていただきたい。教育基本法については先般書いたが、憲法についても、今より左に寄った憲法が出来る可能性が非常に高い。 

今年中に各党などから試案が出てくるようだが、その中身に要注意しておかなければならない。どうも「仏作って魂入れず」という事になりかねない状況だ。現在、地方議会などでは教育基本法改正の決議が多数採択されて嬉しい限りだが、より左寄りの教育基本法や憲法を作ることに、いつの間にか加担していたという事にならないように、注意して取り組んでいかなければならないと思う。 

私としては、日本の将来を心配する、良識ある多数の日本人が存在していることを実感しているので、この方たちと力を合わせて日本に大変革を起こしたいと思っている。一部の少数者による運動ではなく「日本人の良心の結集による大変革」となるよう、今後奮闘していきたいと思っている。そうしなければ、我が国は本当に海の藻屑となってしまう危険性が高い。 

どうか、表面の動きにとらわれることなく、よく目を凝らして我が国の現状を把握していただき、この有史以来、最大の難局に力を合わせてぶつかって行きたいと念願している。 

牛の群れの中には、吹雪のときわれ先に逃げまどって、風下の柵の手前で折り重なって死んでいる種類もあれば、風上に向かって立ち並び、頭を下げてスクラムを組み寒さと風に背を向けず、ともに冬将軍に立ち向かっていこうとする種類があるそうだ。私たちも、過去の傷をなめあい、愚痴や不平不満を言うだけの運動ではなく、ともにスクラムを組み、厳しい冬将軍に立ち向かう運動を展開していかなければならない。 
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by sakura4987 | 2006-05-13 10:50

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