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◆【首相を選ぶのは誰か】櫻井よしこ・ジャーナリスト 名誉と誇り、全うできるか (産経06/5/21)



 日本国の首相たる者は、中国のゲンメイに従って靖国神社に参拝しないことだと中国政府が言い、応えて経済同友会が、日本政府が中国に対して「無用な不信感を抱かせない」ことが「必要不可欠」と提言した。

 首相の靖国参拝は「無用」なことだと言っているわけだ。これでは、愛する家族と日本を守るために戦い亡くなった人々の魂は慟哭(どうこく)するだろう。

 日本人の魂を斯(か)くも深く傷つける北城恪太郎氏らは、かといって中国政府の“指示”にも十分に従っていないのではないか。

 「歴史を鑑(かがみ)とせよ」と中国は繰り返す。

 そこで、靖国神社にいわゆる“A級戦犯”が合祀(ごうし)され、大きく報道された昭和五十四(一九七九)年をつぶさに見てみる。

 時の首相大平正芳氏は、周知のように、同年春と秋の例大祭、八〇年春の例大祭に靖国を参拝した。

 国内のメディアは合祀と首相の靖国参拝について執拗(しつよう)に報じた。そして、七九年十二月、首相は夫人を伴って訪中した。

 中国政府はどう対応したか。熱烈大歓迎をしたのだ。

 十二月七日の「共同新聞発表」には、大平・華国鋒両首脳の会談が「極めて友好的な雰囲気の下に行われた。

 両国首脳は、これらの会談が日中両国間の平和友好関係をさらに増進する上で大きな貢献をしたことに対し満足の意を表した」とある。

 「満足」「友好」「高い評価」「深い感謝」などの文言が散りばめられた新聞発表は、大平訪中への中国の熱烈歓迎振りを手にとるように伝えている。

 再度、強調したいのは、この訪中と日中首脳会談は“A級戦犯”の靖国合祀が公になり、日本のメディア上や国会で大平首相が詰問され、それでも大平首相が七九年四月及び十月に参拝したあとの、同年十二月の訪中時のことだという点だ。

 北城氏らは、当時と現在を比較し、靖国神社問題がまさに政治カードにすぎないことを歴史を通して学ぶべきなのだ。

 中国政府の、日本コントロールの手法は対日強硬策から柔軟路線まで幅広い。

 忘れてならないのは、歴史問題を軸に強硬路線か、柔軟路線か、いずれに傾こうとも中国政府の究極の目標は日本の実質的な支配だという点だ。

 第一列島線と第二列島線は中国が覇権の確立を狙う範囲を示すものとして、すでに広く知られているが、いずれも日本列島をスッポリ包み込んでいる。

 そのことからも、中国の国家戦略目標が日本をもおさえた覇権の確立であるのは明らかだ。

 目標達成のために、今、中国が採る戦術が日本分断戦術である。財界、政界、メディア界に利益につながる機会や情報を提供し、取り込んでいく。

 外交は武力を使わない戦いであり、その種の工作は国際社会のいかなる国家にとっても常識である。

 同時に外国の働きかけを受けて、自国よりも外国政府に貢献する人々が、不名誉な人間とされるのも、当然である。

 そこで今、日本人が自身に問うべきは、自分は日本人としての名誉と誇りを全うできるかという問いだ。

 人類は今程、民主主義に軸足を置いたことはない。

 民主主義の根幹は情報の共有にある。

 かつて、国家や一部の組織が独占してきた機密情報が、いま、三十年、五十年の節目で大量に公開され、歴史が書きかえられる程の重大機密さえ、当事者たち全員が死亡してしまうであろう百年後には白日の下に晒(さら)されるのが原則だ。

 私たちは人類史上、はじめて、全ての国家機密情報がいずれは公開されるという地平に立っている。

 民主主義とは無縁だった旧ソ連も崩壊によって、大量の秘密文書が流出した。歴史の必然として、中国にも同じことが起こると考えた方がよい。

 親中派の人々は、そこまで考えて行動せざるを得ない時代に入ったことを知るべきだ。

 一度しかない自分の一生の名誉は究極的に守れるのか。日本人としての誇りは死後も保てるのか。この問いは、個々人を超えて、日本国全体への問いかけでもある。

 日本が、誇るべき日本であり続けるためには答えは完全なる「イエス」でなければならない。そのためにも、いま、中国に重宝がられる首相を選んではならないのだ。
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by sakura4987 | 2006-05-21 19:09

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