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◆支那にとっての謝罪とは 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 

平成18年(2006年)5月26日(金曜日)

通巻第1471号  

  ♪
(読者の声1)“中国人がいう 「日本の謝罪」”について。

中国人は「日本人は心の底から謝罪していない」という。日本人は「総理や天皇が何度も公式謝罪したではないか。ODAも3兆円も供与したではないか。いいかげんにしてくれ。」という。

 中国人がいまだに「日本人は心の底から謝罪していない」と言うのは、日本人がまだ中国人が心の底で考えているような形の謝罪をしていないからである。それでは中国人が考える謝罪とはどのようなものか?

その謎を解くためには、中国人が「心の底から謝罪している」と挙げる事例を見なければならない。

私は3人の事例を紹介する。 

私は日本人がこのような形の謝罪をすれば、中国人は「日本人はきちんと謝罪した」と言うことを保証する。


(1) 汪兆銘の例

 汪兆銘は清朝の国費留学生として法政大学に学び、孫文が日本で活動していた頃、中国同盟会の設立に参画、その機関紙 「民報」の編集を行うなど日本での生活が長かった。

蒋介石の下で行政院長兼外交部長として第二位の立場にあったが、「一面抵抗、一面交渉」 の方針を打ち出し、対日交渉の道を探り続けたため「売国奴」と言われ、1935年、狙撃された。

蒋介石が毛沢東と抗日民族統一戦線を樹立すると、蒋介石と袂を分けた。 

南京戦で蒋介石が重慶に逃れると、汪兆銘は1938年、南京国民政府を樹立し、国家主席となった。

日本政府は、汪兆銘の政権を、唯一の中国を代表する政権として承認した。 

だが体内に残った銃弾により症状が悪化し、1944年、名古屋の病院にて死去した。汪兆銘の遺体は、南京に搬送され、南京市郊外の梅花山に埋葬された。

夫の墓の将来を案じた夫人は5トンの鉄粉を混ぜたコンクリートにより遺体の周囲を防護したが、終戦後、中国政府は汪兆銘を漢奸であるとして、その墓を爆破して遺体を暴き、遺体を引きずり出して暴行を加えた。

現在、墓があった場所には、汪兆銘が後ろ手に縛られ、跪いている像がある。頭を垂れている先は、孫文の墓 (中山陵) の方向である。

 汪兆銘の下で働いた周仏海と陳壁君は奸漢裁判にかけられ牢獄のなかで死亡した。

 陳公博、堵民諠、梅思平、林栢生は奸漢裁判で死刑判決を受け、処刑された。


(2) 秦檜の例

檻のなかで縄に繋がれ、膝を屈服する像として有名なのは、南宋の宰相であった秦檜とその妻である王妃の像である。

金との和平交渉を主張したため売国奴とされた。兵飛廟のなかで跪いている夫妻の像に、唾をかけるのが今でも習慣になっている。

 政権争いが起きたり、王朝が興亡を繰り返すたびに残忍かつ大量の虐殺が行われてきた中国では、王朝を裏切ったり、王朝に反逆するなど、王朝の体制を揺るがす行為に対しては、日本人には想像も出来ないほど重い処罰を与える。 

その死体や霊に対しても、恨みや憎しみをぶつけるが如く、繰り返し虐待が行われている。

先の大戦後、日本に近い立場だった人々を「漢奸」と呼び、漢奸裁判で処刑した。

中国には世界的にも珍しい、国を裏切った者を罰するため、特別な漢奸刑法が存在していたのである。


(3) ブラント首相の例

 中国人が「ドイツは謝罪した」というとき、彼らの念頭にあるのは1970年12月、ワルシャワのゲットー跡記念碑の前で、跪いて頭を垂れているブラント首相の姿である。 謝罪しない日本と謝罪したドイツを比較する材料として、その写真がよく中国の雑誌や新聞に掲載される。

 この3人の例に示されるように日本人の誰かが、北京に向かって、頭を垂れ、後ろ手に鎖で縛られて、永遠に跪いている姿があって始めて、中国人は「本気で謝罪している」 と感じるのである。

 そのようなA級戦犯らの銅像を建てるのか、日本の総理大臣が毎日、国会の庭で北京に向かって跪き頭を垂れるのか(小泉総理も、その次の総理も、その次も永久的に)、それとも国民の祭日を設けて日本国民全員が北京に向かって跪き頭を垂れるのか、そのいずれかであろう。

 中国大陸の漢民族は、死者の霊に対する恨みや憎しみが世代を超えて続く民族である。 汪兆銘や秦檜の如く、罪人は遺体であれ魂であれ、永久的に罪を受け続けなければならないと考える民族である。だからこそ心から信頼できる血縁で団結するのである。

A級戦犯やBC級戦犯を絞首刑にしたり、総理や天皇が謝罪したり、ODAを供与した程度では心から満足しないのである。

 最近、日本国内に「いつまで謝罪を続ければ気が済むのか」という声が挙がっているが、漢民族は「永久に謝罪を求める」民族なのだ。 

中国の歴史教科書には「あの惨劇を永遠に忘れてはならない」という記述が至るところに見られる。

 中国歴史教師教学書には南京事件の項目に「この項目は、鮮血したたる事実をもって日本帝国が行なった中国侵略戦争の残虐性と野蛮性を暴露している。教師は生徒をして、日本帝国主義に対する深い恨みを心に植えつけるようにしなくてはならない」、また「授業に望むときは教師自身が日本帝国主義を心より恨み、教えなくてはならない」とある。
    (SN生)


(宮崎正弘のコメント)

まことにおっしゃる通りのこと、ついでに言えば、人を食う(カーニバリズム)習慣が残るので、虐殺の方法があれほど残酷、中国人が日本にきて犯した福岡一家四人惨殺事件に象徴される幾多の惨劇を目撃し、多くの日本人が「なぜ中国人はあれほど残虐なのか」と不審におもったことも、以上の歴史を踏まえれば分かります。

 中国人とあるとき、日本のSM映画の話しになったことがあります。後ろ手に縛られて歓喜にむせぶ被虐趣味。あれは中国人には理解のそと、と断言されましたね。中国では後ろ手に縛られると、つぎは処刑を待つ身ですから。
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by sakura4987 | 2006-05-26 13:59

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