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◆【透明な歳月の光】曽野綾子(205)幼時から英語に触れる (産経 06/5/29)


ひどい発音の解決に有効

 小学校から子供に英語を教える是非についての議論は、二つの極端な考えに分かれ過ぎているような気がする。

 幼稚園に入った時、私の受け持ちはイギリス人の修道女だった。私は家庭でもどこでも、英語など聞いたことがなかった。だからシスターの言うことなど全くわからないままに、口移しで英語のお祈りやら、歌やらを教わった。

 幼時に英語に触れることは、確実に発音の点で有利である。子供は口真似(まね)をするのに羞恥(しゅうち)を覚えない。だから私の発音を聞いて英語がうまいのではないかと誤解する人もいるのだが、私は小説ばかり書いていて、英語の勉強をしなかったから「お座に出せる」英語力は全くつかなかった。

 「母国語が英語ではない人の話すどこかおかしい英語」から一歩も出なかったのである。しかしその程度でも、旅先などで偶然出会った人たちと、まるで小説の中に出てくるような人生を語る会話を交わすには、それほど不自由しなかった。

 幼時から英語を学ぶと二つの利点があった。

 一つは英語に対して恐怖を持たずに済んだということだ。私はわからない単語があれば相手に聞き、そのおかげで親しくなったこともある。

 もう一つの利点は、私が外国人の先生たちから「よい国際人になろうと思ったら、まずその国の人として立派になれ」という姿勢をたたき込まれたことだ。

 子供は九歳から十三歳くらいの間に接した言語が母国語になる、という。いずれにせよ、人は一つの国家にきっちりと帰属しないと、「人間」にもならないし、他国を理解することもできない。

 喋(しゃべ)る技術がいくらあっても、話す内容がなければ、そのお粗末さは相手にすぐ見抜かれてしまう。

 今日本で、小学生が英語を学ぶ必要などない、と言われるのは、子供たちも大人たちも、きちんと本を読み、日本語の達者、引いてはまともな日本人になっていないから、その方が先だ、ということだろう。

 映像音声文化でも漫画でもその国の文化は決して定着しない。それは豊富な活字文化を経ることによってしか、その人の身につかない。

 教養もなしに英語だけ喋るようになったら、娼婦(しょうふ)の寝物語か、リキシャマンが客を載せる時の値段交渉に役立つだけだ、と昔の人は痛烈に表現したのである。

 しかし幼時から英語の発音に馴(な)れることは、今の日本の知識人のひどい発音のマイナス点を解決するには、有効なことだろう。

 週に一時間くらいの授業でほんとうの英語力がつくわけもないから、音楽の時間と連動して、もっぱら英語の歌をいい発音で歌わせ、英語の暗誦をさせたらいい。

 帰国子女が最近はどんどん増えているのだから、英語の発音に自信のない先生たちを何とか助ける方法はあるだろうと思う。
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by sakura4987 | 2006-05-29 08:04

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