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◆国家反逆罪の重さ実感できぬ日本人 平成 16年 (2004) 7月16日[金] 産経新聞


【正論】ノンフィクション作家・上坂冬子 
簡単に行かぬジェンキンス氏問題

≪東京ローズ事件と類似も≫

 曽我ひとみさんの夫、ジェンキンスさんはアメリカからの訴追を免れるのか、免れないのか。

 病状に対する人道的な配慮によって、ジェンキンスさんの身柄は日本政府に一任されるという見方も取りざたされているが、私はそうは簡単にいくまいと思う。国家反逆罪がいかに厳しいものかを示す前例があるからだ。

 戦後まもないころ、アメリカで東京ローズ事件というのがあった。東京ローズとは、日本人の両親のもとにアメリカで生まれた日系二世である。

 彼女はたまたま伯母の病気見舞いに来日したときに日米開戦となって両親のもとに戻れなくなり、戦時体制下の日本で生活することになった。アメリカ軍から脱走し、自ら望んで亡命したジェンキンスさんのケースとは事情が全く違う。

 だが、心ならずも生国から離れて日本での生活を余儀なくされた東京ローズは、やがて英語を自由に話せる立場を生かして日本放送協会(NHK)で放送の仕事についた。

 そして、そのことによって人生が狂ったのである。

 放送原稿は日本の参謀本部が作成し、

 「兵隊さん、いまごろ、あなたの彼女は上司とデートを楽しんでいるかもしれませんよ」

 などと言って、太平洋の島々で戦っているアメリカ兵たちに厭戦(えんせん)気分を起こさせる目的を持つものだったのだ。

 当時は、日米間で互いにこの種の心理戦を展開していた。アメリカ軍から脱走したジェンキンスさんは北朝鮮で反米映画に出演したと報じられており、だとすれば東京ローズと似通っている。

≪禁固刑のほか国籍も剥奪≫

 戦争終結と同時に、東京ローズがアメリカに対する反逆者と位置づけられたことは言うまでもない。

 戦後、日本に上陸したアメリカのジャーナリストにとって、東京ローズは格好の標的で、彼女はスクープとして大々的に取り上げられ、たちまち巣鴨プリズンに勾留された。

 もっとも、取り調べを受けた彼女は、いったん不起訴になっている。

 悪いのは日本の参謀本部であって、日系二世の彼女は生きるために、「読め」と言われた原稿を読み上げただけだ、と情状酌量されたのであろう。

 彼女が日本でポルトガル人と結婚して、いわば新妻であったことも“人道的”に配慮されたのかもしれぬ。

 だが、不起訴になった彼女は帰心矢のごとく、夫が引き止めるのを振り切って、単身でカリフォルニアに帰ったことで事態は一変した。

 帰国早々、裁判にかけられ、国家反逆罪の名の下に罰金一万ドル、禁固十年、アメリカ国籍剥奪(はくだつ)の判決を受けたのである。

 それだけではない。渡米して妻の弁護のため出廷したポルトガル人の夫までが、日本に戻るときに、パスポートに「国外追放」と記入されたのであった。

 半世紀前の例とはいえ、ジェンキンスさんが、アメリカの訴追に身を震わせているのは察しがつく。

 東京ローズは、模範囚として十年の刑期を六年余りに短縮されて出獄し、罰金は父親が全額支払っている。

 にもかかわらずアメリカ国籍は剥奪されたままで、選挙権もなくパスポートも持てない立場に置かれた。

≪生活権を脅かす重大問題≫

 東京ローズが国家反逆罪の汚名を背負ったままの状態でいることは、本人のみならず、日系人社会にとっても不名誉なことである。

 そこで日系市民協会は、日系議員を動員しつつ、世論に訴えて恩赦の嘆願運動をおこしたのであった。

 その甲斐あって一九七七年一月十八日、つまり明日はフォード大統領からカーター大統領に代わるという前日に、東京ローズはフォード大統領の恩赦によって、アメリカ国籍を回復している。

 判決から実に二十八年目であった。

 政権交代前の一瞬の間隙を突いた処置に、アメリカ政府の工夫が読み取れる。

 たしかに、ジェンキンスさんの恐怖感は私たち日本人にとって理解しがたい面がある。しかし、正常な国家意識と愛国心の下で、国家反逆罪の烙印(らくいん)を押されることは、生活権を脅かされるほど重大な問題なのだ。

 曽我さん一家が日本で生活できるよう願わずにいられないが、それとは別に、私には国家反逆罪の重みを実感できない日本および日本人の甘さが気にかかってならない。(かみさか ふゆこ)
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by sakura4987 | 2006-06-19 16:36

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