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◆否定されたM・ミードの学説




日本ではフェミニストの論拠

マーガレット・ミード氏(熊本大学文学部ホームページより)

 ジョン・マネーのほかに、日本のフェミニストが「男らしさ」「女らしさ」などの性差(ジェンダー)を「環境的要因によるもの」とする有力な根拠に、マーガレット・ミードの学説がある。

 今年の六月八日、都の定例議会で質問に立った新井美沙子議員(都議会生活者ネットワーク)も、ジェンダーという考え方が「文化的、社会的につくられた性差として、一九四〇年代に文化人類学者のマーガレット・ミードによって構築され」たと述べ、ジェンダーフリーへの見解を石原慎太郎知事に質問。

 石原知事に「英語を使わず日本語で」と反論されたが、国立女性教育会館の女性学・ジェンダー研究会が編集した『女性学教育/学習ハンドブック――ジェンダー・フリーな社会をめざして』(『ハンドブック』)も、第一章「性別役割分業の見直し」でミードの学説を紹介している。

 ミードがニューギニアで研究したアラペシュ族、ムンドグモル族、チャンブリ族という三つの社会集団を取り上げ、「これらの3つの社会集団の男女関係や男女の役割が、欧米の文化の中で育った彼女の『あたりまえ』の男女観と比べきわめて特異なものにみえた」と指摘する。

 特に「チャンブリ族では、男は繊細で臆病で衣装に関心が深く絵や彫刻などを好むのに対して、女たちは、頑強で管理的役割を果たし、漁をして獲物を稼ぐなど『男性的』な役割を果たしているというのだ」と書いている。

 だが、ミードの研究はドナルド・E・ブラウンの『ヒューマン・ユニバーサルズ』で引用されているデボラ・ゲワーツの研究によって詳細にわたり反論されている。

 ミードがこの調査研究を行ったのは七十年くらい前のこと。ミード調査の約四十年後、チャンブリ族を対象に研究したゲワーツは、「女性が男性のように振る舞う」と結論した調査の問題点を指摘している。

 それによると、(1)「女性が男性のように振る舞う」というのは、同族の男性には向けられておらず、チャンブリ族の間では男性が支配的である(2)ミードの調査時、チャンブリ族は、他の集団との抗争に負け流浪の身という特殊な状況であり、流浪中、他の社会集団の女性と結婚したチャンブリ族の男性は、その力を喪失してしまうケースがあった――というのである。

 また、ミード自身も、「性差の存在を否定するような実例を見つけたなどとはどこにも書いた覚えはない」と表明している。

 ニューギニアの社会集団が、ミードにとって「欧米の文化の中で育った彼女の『あたりまえ』の男女観と比べきわめて特異なものにみえた」(『ハンドブック』)わけで、文化が違えば表面に表れる男女の行動パターンも違って見えるだろう。

 しかし、その後の調査やミード本人の発言で明かなように「(ジェンダーが)社会的文化的に作られた性差」だという根拠にはならない。

 この点に関して篠原駿一郎長崎大学教授は「生活には、災害時に誰がどうするか、家庭の中ではどうかなど様々な局面がある。どこに視点を置くかで違ってくる」と指摘する。

 また、ジェンダーが文化的社会的に形成された性差という考え方は、これまで報じてきたように、ジョン・マネーによって構築されたのである。

 「一九四〇年代に文化人類学者のマーガレット・ミードによって構築され」(新井都議)というのは間違いだ。新井議員の杜撰な質問に関し、同議員のホームページに都民らから抗議のメールが殺到。同議員の掲示板は、納得のいく説明のないまま、閉鎖されてしまった。

 米国で学説的に完全に否定されているミードの学説。だが、日本では、『ハンドブック』や新井議員の質問に見られるように、フェミニストは、ジェンダー論の根拠としてフルに活用。ジェンダーという英語で国民を混乱させ、性差が環境にだけ起因するという唯物論を押し付けている。




※最後の部分が特に大事だ。結局彼らは唯物論なのだ。だからこそ宗教からの確信ある反論が必要なのだ。この戦いは結局、宗教VS唯物論の戦いなのだ。いかにもしたり顔でお説教をする宗教者は何をやっていると言いたい。 
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by sakura4987 | 2006-06-22 04:58

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