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◆敗戦から立ち直った国々 (世界日報 06/5/19)


評論家 太田 正利

仏、オーストリアに学ぶ 日本「再建」のための教育


≪教育重視を獅子吼する仏蘭西≫

 「二十年後に我々の現代史を書き、政党間の闘争にも拘わらずフランス人の心底に何が存在していたかを探究する者は、フランスが最重要視したのは教育問題だったと誇りを以て断言し得るだろう。

 村々の学校から高等教育の研究所に至る迄すべて創設され、又は改善された。生徒から教授まで皆それぞれの役目を果たす。

 公的支援に支持されてきた大学教授クラスは、初等・中等教育を大河の流れの如く成功させる場合、その源泉たる高等教育にも留意すべきである……」

 これは、パスツール研究所の開設式(一八八八年)における同教授の講演(五十数年前に習った)を、筆者が懐かしい気分で仏文から意訳したものである。

 当時ドイツ地域の一王国だったプロイセンが戦った一八七〇年の普仏戦争はフランスの敗北に終わり、この結果ドイツ帝国が出現した。

 七一年のことで、一八六八年の明治維新に遅れること三年だった。

 実は近代日本の方が統一ドイツ帝国より「古い」のだ。ただ、フランスは多額な償金をたちまち支払い、なお国力の隆盛を誇るとともに、パスツールの如き科学者を通じ、その恵まれた国運をいよいよ隆盛なものとする基礎を固めた。

 もう一つの例……「風車小屋便り」の作家アルフォンス・ドーデの「最後の授業」という小品がある。

 上記敗戦の結果アルザス地方はドイツ領になり、ドイツ軍の進駐に伴い、学校でも言語が仏語から独語に変わった。その学校では最後のフランス語の授業が行われていた。生徒のみならず、地域の住民も参観していた。

 教師が「これが最後の授業です」と声を振り絞り、黒板に「フランス万歳……ヴィーヴ・ラ・フランス!」と書いた。

 敗戦日本の最後の旧制高校生としてこれを音読・暗唱した筆者は深い感激に襲われたものだった。この地は中世から独・仏係争の地であったが、少なくとも当時は仏領だった。

 以上の二つの例は長年外交に携わっていた筆者の心の琴線に触れることだった。

 また、「美しき青きドナウ」という熟知のヨハン・シュトラウスのワルツがある。ウィーンでも勉強した経験がある筆者としては感慨がひとしをだが、オーストリアが一八六六年にビスマルクのプロイセンに敗れ、国民の気持ちが沈滞していた際に作曲されたもので、その明るく未来指向の音楽が彼らに与えた勇気は例えようもなかった。

 敗戦の仏・墺という過去の栄光を誇る国民に民族的感情をわき起こすよすがになったのである。


≪どこの国が故郷なのかの自覚≫

 「愛国心」というと、それは強制さるべきものではないと言う。勿論これは自然に沸き上がる心の問題である。

 幼い幼児には「母親」の意識が第一である。多少成長すれば父親に対する親和・愛情もわく。

 戦後には日本に「国家」よりも「市民ないし人間の団体」の方が基本だという認識があるように感ぜられる。

 では「市民」とは何か。これは欧州に育ったものである。

 英国スチュワート王朝の支配に終止符を打つ「名誉革命」(一六八八年)以降議会政治が発展し、十八世紀になって「タトラー」や「スペクテータ」などの「新聞」が発行されている。

 アメリカ独立宣言(一七七六年)、フランス革命(七九年)の際の人権宣言等、皆教会・貴族層に対する「市民」の自己主張の表れだった。

 この市民階層(「ブルジョワジー」)の権利という思想は「産業革命」の進展に伴い、ますます明確なものとなって行った。ただ、ここにはマルクスのいう「プロレタリアート」は含まない。

 ひるがえって日本を見ると、歴史的にこの「市民」なる階層は存在しなかった。

 江戸時代の「士農工商」階層中、「市民」に相当するものを見いだすのは困難であり、明治以降の日本の中産階級とも異なる。「市民派」という言葉の定義付けも難しい。


≪日本再建へ-教育に取り組め≫

 教育問題で現在緊急の課題は「教育基本法」の改正問題である。

 四月十七日付拙稿にある「教育勅語」の失効に伴って立法されたような法律だが、マッカーサー憲法の思想を真に受けており、この点の再吟味・再定義を通じてあるべき根本思想に立ち戻らぬ限り真の改正は出来まい。

 単なる法技術上の問題ではない。「愛国心」について与党内でもめていると聞く。「おらが村」、「おらが故郷」、「おらが国」を愛し、懐かしみ、その繁栄を願うのは当然ではないか。

 日本国の真の意味での興隆は、一に係って「まともな教育」に存するのだ。日本人の教育水準の高さは世界に冠たるものがあった。

 ザンビアのカウンダ大統領から、「日本は戦争ですべてを失ってゼロから出発して今日の大を成した。わが国も今はゼロだが、将来貴国に比肩する国にしたいが、どうか『秘訣』を教えて頂けないか」との話があった。

 駐在日本大使だった筆者は、「率直に申し上げると、カウンダさん、日本は戦争で物質的にはすべてを失ったように見えるが、『高度』な(技術及び精神)教育を受けた人材は健在しており、これが高度成長の原動力となった。

 対米戦争を推進できる潜在力は明治維新以降養われたが、維新の成功(当時ですら識字率は世界の最高だった)の裏には「徳川平和三百年」の資本・学問的遺産(因みに当時の関孝和等の『和算』は西洋の微分・積分に匹敵する水準のもの)の蓄積があって初めて可能だったし、徳川の平和を産み出したのはエリザベス一世時代の一六〇〇年の関ヶ原が出発点だった。

 カウンダさん、これが歴史――すべて『教育』ですぞ。」

 カウンダ大統領のガッカリした顔が浮かぶが、事実筆者が大見栄を切ったように、正しい教育こそが国の将来を決し、そしてその内容を詰めるのが我々の次世代に対する責務なのだ。

(おおた・まさとし)

(2006年5月19日)
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by sakura4987 | 2006-06-23 11:25

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