★★★ 日本再生ネットワーク 厳選ニュース ★★★

sakura4987.exblog.jp
ブログトップ

◆靖国カードは中国の打ち出の小槌


平成16年10月14日(木)産経新聞

同志社大学フェロー大阪大学名誉教授 加地伸行  背後には日中の死生観の相違も

≪評価したい町村外相発言≫

 十月三日、町村信孝外相がテレビ朝日の報道番組において、いわゆるA級戦犯の分祀(ぶんし)に反対、首相の靖国参拝の支持を示したと新聞は伝えている。外相という立場で、このような発言をしたのは、おそらく町村氏が初めてのことであろう。りっぱである。

 と思っていたところへ、本欄担当氏から、外相が日本人と中国人との間には死生観の相違があるとも述べているので、その問題も含めて私の意見を求められた。

 私はこう答えた。その点については、この「正論」欄において、もう何度も書きました。それでも世間はまだ分からないのでうんざりです、と。

 とは言うものの、大事なことはやはり何度でも言わなければならないので、いささか自己嫌悪を覚えつつも、意見をくりかえす。

 中華人民共和国は、共産主義政権であり、その思想的根拠を唯物論に置いている。ということは、唯物論上、霊魂の存在を否定しているはずである。

 すると、靖国神社において、祭祀(さいし)して英霊を招く、すなわち招魂(降神)は、共産主義者にとっては無意味な行為にすぎない。だから中国国内において招魂を否定し弾圧するのは勝手であるが、共産主義を国是としない他国における招魂を否定し弾圧することは思想的にできない。

≪死してなおムチ打つ中国≫

 また、いわゆるA級戦犯の場合、死刑その他の刑が執行されたわけである。すると罪があったとしても(私はないと思っているが)、受刑によってその罪が許されるというのが近現代法ではないか。罪九族に及び、三世に及ぶなどというのは古代、中世法である。死刑を受けたいわゆるA級戦犯に対して、今、だれがどういう資格で、どういう根拠で、どういう罪を法的に問うことができるのか。

 なお、招魂は日本、朝鮮半島、中国など東北アジアに共通する死生観である。儒教がそうであるし、神道も同様である。ところが、本来、招魂などなかったインド仏教が中国に伝来後、それを取り入れて中国仏教ができ、日本仏教はそれに習う。しかも日本では江戸時代に寺請(てらうけ)制度(いわゆる檀家(だんか)制度)により、あらゆる日本人は仏事に必ず招魂儀礼を行ってきた。中国・李氏朝鮮では仏教徒は自主的信仰者だけで少数である。招魂はあらゆる家における儒教式祭祀のなかで行われた。

 ここに相違が生じる。中国の儒教式招魂では、降り立つ霊魂は生ける者と同様に扱われる。ところが、日本の仏教式(内実は儒教式)招魂の場合、降り立つ霊魂に対して、仏教的対応がなされる。すなわち仏教の平等の精神が加えられ、怨親(おんしん)平等-怨(うら)みある者も親しき者も平等に慰霊される、と。

 中国ならびに韓国では、儒教による招魂の感覚から、いかなる死者も生者と同様に扱うので、怨みある死者には報復もする。日本では、儒教的に招魂をするものの、死者は仏者(たとえば阿弥陀如来)の下に平等に扱われるのみならず、現世の諸悪は許されてゆく。

≪何ら解決策にならぬ分祀≫

 一方、分祀論がある。ナンセンスである。世上の多くの「分祀」とは「分割して他へ移譲して祭祀」という意味である。これは霊魂を物体のように考えており、集合物から分けると元のところからなくなると思っている。違う。元があって、その上での観念的お裾分(すそわ)けであるから、いくら分祀しても元は減りも変わりもしないのである。たとえば宇佐(うさ)八幡宮に始まり分祀して全国に散らばる八幡社を見よ。

 最も珍妙なのは、無宗教の礼拝施設設置案である。東北アジア儒教文化圏では、死者への祭祀の中心は招魂である。招魂は原宗教意識であり、それは、われわれの心性の底に太古の昔から深々としかも太く貫流してきたものであり、今後も変わることはない。それは日本人の〈共通の宗教〉である。この招魂慰霊第一の日本人に対して、無宗教と称する形式的な礼拝は、日本人の心にまったく響かない猿芝居である。

 と書いてきて、またうんざりした気分となっている。靖国問題を持ち出す中国の真の意図は、ゆすって日本から金銭をせしめるだけのことだからである。いずれ近く中国バブル経済は崩壊するが、すがれるのは日本しかない。そのとき、中国首脳は逆にみずから希望して靖国参拝を行って日本人の心をくすぐり、何兆円もせしめることだろう。

 中国にとって、靖国カードはどちらに転んでも打ち出の小槌(こづち)なのである。それが分からないのか。




※靖国問題は死生観の違いからの説得も大事かもしれないが、政治家はやはり真正面から「大東亜戦争の意義」について発言してもらいたいものだ。確かに歴史的には、昭和史はまだまだ確定していないのかもしれないが、言われっ放しというのも情けない。政治的にはかわす事も大事だろうが、時には顔すれすれの剛速球を投げてみてはいかがか。
[PR]
by sakura4987 | 2006-06-23 13:48

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


by sakura4987