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◆韓国の人たちへ 真の友情は事実評価から

平成17年1月20日(木)産経新聞

 韓国で1965年の日韓国交正常化に関する政府文書が公開され話題になっている。国交正常化の際、韓国政府は戦前の日本統治時代の戦争犠牲などに対する補償的な意味で、日本政府から五億ドルの経済協力資金を得た。韓国政府はこの資金の多くを経済建設に使い、一部だけを個人補償にあてた。

 当時の韓国は現在の北朝鮮のように経済は疲弊し、国際的には最貧国に近かった。したがって経済建設が最優先課題だった政府は、日本から得た資金を個人補償でばらまくより、国家的次元で経済建設に投資する方が国民全体にプラスになると判断した。

 この判断が正しかったことは現在の韓国を見れば明らかだ。経済規模で世界十二位を誇り、国民は飽食時代でダイエットに励んでいる。北朝鮮にも大量の食糧支援をしている。

 日本からの資金で建設された浦項製鉄は今や世界のトップ企業であり、京釜高速道路は今も韓国最大の交通の動脈だ。ソウルの地下鉄網建設もその資金からスタートしている。資金は農林、水産、電力、学校、病院、上下水道…あらゆる分野に使われた。韓国は戦後この種の資金を国造りに最も効果的に活用したモデル国家になった。日本にとってもうれしいことで、その成功には称賛と感謝を表したい。

 ところが韓国では、今回の公開文書で個人補償が十分に行われてこなかったことが明らかになったとして、日韓国交正常化やその結果を否定的に見る声が強い。とくにマスコミや識者は、日本からの“補償”を政府が横取りし被害者の権利を無視、剥奪(はくだつ)してきた、国民をだましてきた、日本もその“共犯”だ-などといった極端な論調が幅を利かしている。

 いわゆる個人補償は韓国政府が国内で責任を持つというのが国交正常化の際の国家間の合意だった。しかしこの厳然たる事実を隠し「日本は何も償っていない」と国民を偽り続けてきたのは韓国のマスコミや識者だった。

 今年は国交正常化四十周年で「日韓友情年」が設定されている。しかし国交正常化やその後の日韓協力の実情に対し、否定が先立ち、客観的な評価がなされないのでは「友情」ははぐくめない。韓国世論にあらためて冷静で客観的な過去評価を求めたい。



◆韓国有名タレント 親日派宣言 

著書で偏見と誤解指摘  平成17年1月20日(木)産経新聞

 「親日派」という言葉が「売国奴」の意味として今なお社会的タブーになっている韓国で、有名タレントが「私は親日派だ!」という日本称賛の本を出版し話題になっている。著者は歌手兼タレントで牧師の資格も持っている超有名人の趙英男さん(60)。

 日本見聞録などを集めた評論集『殴り殺される覚悟で書いた親日宣言』(ランダムハウス中央・発行)を出版し、今なお日本をけなし、非難するのが愛国者のような韓国の実情を厳しく批判、日本に対する偏見と誤解ですごした過去を振り返り「青春を返してちょうだい!日本を返してちょうだい!」と書いている。

 彼によると「私たちは日本より遅れているが、恥ずかしがることはない。隣の玄関まで行ってチャイムを鳴らし教えを願えばいいのだ。われわれが豊かに暮らすことだけが彼らに対する復〈(ふくしゅう)だ。自分一人で豊かに生きていけると自信満々だった北朝鮮を見ろ。餓死直前ではないか。自分より豊かな国には早く行って学ばなければならない。迷う時間なんてないのだ」という。

 また争点の靖国神社問題についても現地を見学し、「日本人たちは、われわれは伊藤博文や東条英機を慰霊するが君たちは安重根(伊藤博文暗殺犯)や尹奉吉(抗日テロ犯)を慰霊しているではないか。君たちが安重根、尹奉吉を慰霊するのにわれわれは干渉しない、といっているようだった」と書くなど、韓国人としては珍しく日本の立場に理解を示している。

 趙英男さんは米国の神学校を卒業した多才、多能のマルチタレント。素朴なおじさん的風貌(ふうぼう)で世代を超えて人気があり韓国社会への影響力は大きい。二〇〇二年の日韓共同開催サッカー・ワールドカップを機に日本への関心を深めたという。



◆韓国人被爆者が勝訴 「三菱広島」元徴用工訴訟 国に賠償命じる(西日本1・19)
http://www.nishinippon.co.jp/media/news/news-today/20050119/news002.html




※今日は韓国関連の記事を3本載せたが、近くて遠い国だとつくづく思うし、不幸な人たちが多いなあと悲しくなってくる。60年前のことを今でも引きずっている事だけでも幸福とはいえないだろう。

D・カーネギーは子供の頃、遊んでいる最中に小指を切断するということがあったそうだが、大人になり情熱を燃やして仕事に取り組むようになると、その事はいつの間にか忘れていたそうだ。世の中には、小指がないからと言い訳を言い続けて、同情を得るために生きる人もいる。  

私の人生において非常に大きかった言葉は、「同じ立場に立たされたとしても、人によって、それぞれ違った判断をし、違った行動をする」という言葉だった。韓国人の中にも、過去を忘れ、「志を持って」人生の再建をなした方は多いと思うが、今でも過去を引きずり、怨み心を持ったまま生きている人たちもいるし、日本人の中にもいるし、捏造してまでそれを煽る連中もいる。  

人生においては、不幸の時もあるだろう。失敗の時もあるだろう。挫折の時もあるだろう。しかし、どのような境遇からでも、幸福への出発というのはありえると思う。これが仏教のなかで言われる、「恨み心で恨みは解けない」という言葉だと思う。この一行の文句、これがわからない人が数多くいるのだ。  

人は、苦しみ、悲しみ、病気、挫折、そういうものの中に自分があるとき、どうしても、自分以外の何かのせいにしてみたいという気持ちになる。そして、その気持ちが、単に自分の本来あるべき姿から逃げた姿勢であるだけではなく、もっと積極的に他の人を恨むという感情となっている人もいる。  

説明がつかないもの、自分の力ではどうにもならないものが、自分の人生を、自分たちの人生を変えてしまった。しかも、悪い方向に変えてしまった。そのときに、どうしても許せない思いというものが湧いてきて、思わず知らず、そうした行為をした人や国を恨んでしまう気持ちになってしまうものだ。  

ごく自然な情といえばそれまでだが、しかし、そのような思いをもってしては、決して幸福になることはできないし、成功することも出来ない。自分の心の傷をストレートに吐き出しているならば、それで胸の内はすっきりとするように思うかもしれないし、正義の観点から言って自分の思いは正義である、と思うかもしれないが、残念ながら、いかなる理由がそこにあるとしても、人を恨むことによっては絶対に幸福になれないという事になっているのだ。それは、その思いが、その本質を突き詰めたならば、相手を不幸にしたいという気持ちだからだ。  

いかなる理由にせよ、他の者を害したいという思いは、幸福に反する思いだし、成功に反する想いなのだ。変えることのできない過去、それ自体にこだわって、この過去を変えさせようとする事は、非常に難しいことだ。起きてしまった過去の事に対しては、「運命を抱きしめ」て覚悟を決め、今後それをどのように役立てていくか―こうした教訓の面でそれを生かしていくことが大事なのだ。  

「過去の不幸というものを抱きしめている人は、結局、幸福になろうと考えていない」と言わざるをえないのだ。自分の現状が、苦しいことばかり、足らないことばかり、満足しないことばかりだと思っても、その思いをいったん停止して、「いや、現在は苦しいけれども、この中で自分の為せることは何だろうか。現在ただ今の、この満たされない環境においても、自分の為せる事はいったい何だろうか。何もないことはないだろう。何かを為せるはずだ。少なくとも、世の中のためになること、他の人びとを幸福に出来る何かをすることが出来るはずだ」と思わなければならない。

今日は少々生意気な人生論を展開したかもしれない。自分に突然の災難が降りかかった時に、冷静に対処できるかどうかは自分でも自信がないが、ただしかし、これを知っているのと知らないとではやはり、その後の人生は変わってくると思う。人の振り見て我が振りを直せるよう、努力したいものだと念願している。
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by sakura4987 | 2006-06-23 14:00

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