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◆【正論】作家 石原慎太郎 しおれた菊、錆びた刀



産経 1997/11/19

 ■慄然たる国の変質

 亡き司馬遼太郎氏はその死の直前、梅棹忠夫氏との対談でこの日本はもう国家としての峠を過ぎたのではないかと慨嘆し、梅棹氏も同感の意を表明していた。また他のある対談の中では、日本にこれからある姿はただ静かな停滞でしかないのではないのか、とも。

 私はこれらの予見に俄かに同意は出来ぬし、したくもないが、しかしそういわれて半ばの共感を伴った慄然たるものを禁じ得ない。今日の日本の社会のもろもろの現象を眺めれば、この国がただの変化ではなしに、明らかに変質しつつあるという実感を否めまい。

 福田和也氏はある論文の中で、日本人はなんでかくも幼稚になりはてたかと慨嘆し、幼稚とは頭が悪いとかものを知らぬということではなしに、何が肝心なことかがわからない、肝心なことについて考えようとしない人間のことだといっていたが、正鵠を射た論と思われる。

 オリンピックで惨敗して帰った選手が、せめて予選には通ると思ったがといわれて悪びれるところもなく、「私は勝敗は気にしていません。スポーツを楽しんで来たから満足です」と答え、問うた記者も世間もそれきり沈黙してしまう。

 マラソンでなんとか三番に入った選手は、何のために頑張って走ったのかと問われ、私は自分のために走ったと答える。一位のロバ選手は、「祖国のために走った」と答えていたが。

 国家の代表として赴く者の自覚をことさらとやかくいいたくもないが、勝敗を気にせずただスポーツを楽しむために出かけて行き、惨敗して顧みないような選手風情になんで国民の払った税金から膨大な国費を捻出し国家の代表にしたてて送り出す必要があるのか私には解せない。

 ■あまりの不甲斐無さ

 若い選手はそれなりに幼稚なものだろうから、そうした発言について体協なり水連なりの幹部たちが譴責とまでいかなくとも反省させ、協会としての基本姿勢を再確認ぐらいすべきと思うがそんな気配は一向にない。

 注目のW杯出場を賭けての予選で、「攻撃は最大の防御」という鉄則を忘れ、一点取ったらたちまち選手を交替させ姑息な守勢に回って逆転惨敗した監督がその稚拙な差配を問われて首になると、ノーコメントとはいいながら、囲んだ記者たちにこれからどうやって食っていこうかなどとぼやいてみせる醜態、というより不甲斐の無さは、将たる者の資格を欠いていてなんともおぞましい。

 この監督ははたして注目の東京での日韓戦で国歌斉唱の際、国歌を歌っていたのか。あの試合を熟視していた知人のマニアによれば、全員胸に手を当てて国歌を歌っていた韓国選手たちに比べ日本べンチで国歌を歌っていた選手は三浦カズ君だけだったそうな。その限りで結果は知れていた、と彼はいっていたが。

 前回の予選のドーハでの際どい逆転引き分けもいつの間にか「ドーハの悲劇」などといわれているが、あんなものはただただ日本独特の脇の甘さ、詰めのチョロさの証しであって、それを悲劇などと呼んで自分を慰めてかかる姿勢は、はたから見れば所詮喜劇的なものでしかありはしない。

 売春は人類古来の商売だが、これだけ富裕な国家社会で、贅沢品が欲しいというだけで中流家庭の幼い子女が週末東京の盛り場で売春してはばからない国は世界でこの日本だけに違いない。

 それが露見しても親も教師もそれを本気で叱責する術を持たない。術というよりそれを咎めるべき価値の機軸が彼等の内でも風化してしまっているのだから空恐ろしい事態というよりない。

 当座の安穏のためにヤクザや総会屋と通じる経済人も、汚職の腐敗を互いに庇い合う官僚の独善も、かつてルース・べネディクトが日本文化のメタファとして挙げた「菊と刀」に表象される、恥をこそ忌み嫌う民族の気質が世代を大きく跨いでとうに失われてしまったという証しでしかない。

 ■必要なストイシズム

 自らの国家が外から侵蝕された時、自らそれを守らぬことこそが最先端の美徳などという妄執を迂闊に信じさせられたままに来た不思議な国に住む人間たちが、いかなる無責任も背徳も個人の自由の故にその責任で許容されるべきだ、などという虚妄を抱くのはごく当たり前のことかも知れない。

 自分を律する価値のジャイロスコープを失った国家民族の行く末は、司馬氏のいったようにただ峠を過ぎるだけにとどまらず、世界史に例を見ない、国民全員それぞれのただただ物で裏打ちするだけの保身のもたらす、相手が隣のシナかそれとも長いつき合いの狡猾な友人のアメリカのいずれか知らぬが、ともかくも強い力への卑屈な隷属と、それがもたらす内部からの自己腐食と崩壊に違いない。

 私自身はうんざりするほど以前から、これからの日本に必要なのはある種の強いストイシズムしかないといってきたが、(断っておくがそれは安易なファッショなどではない)そろそろもっと多くの人間たちがそれぞれ自らに何を意図して封じ禁じるかを本気で考えなおす民族の季節に来ているような気がしてならない。
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by sakura4987 | 2006-06-25 14:08

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