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◆ボース死の謎、再び論争-インド (世界日報 06/8/15)


 第二次大戦中、旧日本軍の支援を受け英軍と戦ったインド独立運動の英雄スバス・チャンドラ・ボースの死の真相究明を求める声がインド国会で再び広がり始めた。

 ボースは終戦直後に台湾で飛行機事故死したというのが定説だが、政府の調査委員会がこれを否定する報告をまとめたからだ。

 ボースは一九四五年八月十八日、台北から中国・大連に向かう際、離陸時の搭乗機事故で死亡したとされ、ボースのものとされる遺骨は蓮光寺(東京都)に安置されている。

 政府は国民にくすぶる事故死説への疑念を背景に、五六年と七○年に調査委員会を設置。調査委はいずれも事故死説を追認したが、疑念は消えない。

 九八年設置の新たな政府調査委は、台湾や日本など五カ国の関係者百三十一人を聴取するなどし、昨年十一月、「ボースは事故死していない。蓮光寺の遺骨もボースのものではない」とする報告をまとめた。

 だが、政府は今年五月、根拠を示さないまま「委員会の結論には同意しない」との立場を表明した。

 真相究明を求める急先鋒(せんぽう)は、国民会議派主導の連立政権に閣外協力する左派・全インド前衛党。

 ボースのおいで同党のボース下院議員は八月上旬、国会で数日間にわたり「故ネール首相以来、歴代の国民会議派政府は事実を隠し続けている」と批判。

 政府は「過去の調査はボース事故死を結論付けており、問題を蒸し返すのはやめてほしい」(パティル内相)とかたくなだ。

 批判は前衛党に加え、最大野党インド人民党や閣外協力する左派共産党からも出ており、ボース問題で本格的な議論再開を求める要請書が近く、シン首相に提出される見通し。

 ボース議員によれば、政府はボースに関する二つの文書を機密指定とし、調査委の開示要求を「複数の友好国との関係に影響を与える」との理由で拒み続けた。

 同議員は「事故死を否定する多くの状況証拠がある。われわれは真実を求める」と語っている。


■スバス・チャンドラ・ボースとは

 インド独立を掲げた民族運動指導者。一八九七年生まれ。マハトマ・ガンジーの英国支配への非協力・不服従運動に共鳴し、インド国民会議派入り。故ネール首相と並ぶ会議派の指導者。

 一九三八-三九年、同派議長に選出されたが、急進路線がガンジーに受け入れられず辞任。四一年にインドを脱出しドイツに逃れ、枢軸国と協力しての対英武力闘争を提唱。

 四三年に潜水艦で日本に到着し、東条英機政権の後押しで自由インド政府を樹立。インド国民軍司令官としてインパール作戦に参加した。
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by sakura4987 | 2006-08-16 09:23

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