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◆[終戦の日]「『昭和戦争』の責任を問う」 (読売社説 06/8/15)


http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060814ig90.htm

 「この年のこの日にもまた靖国のみやしろのことにうれひはふかし」

 昭和天皇が1987年、「終戦の日」を迎えて詠まれたお歌である。

 今年も「この日」が巡ってきた。東京・九段の日本武道館で全国戦没者追悼式がとり行われる。

 式典には、天皇、皇后両陛下とともに国家三権の長である衆参両院議長、首相、最高裁長官が参列する。日本国としての最も厳粛な行事である。

 追悼の対象として、いわゆるA級戦犯も排除されているわけではない。

 他方では、なお、靖国神社へのいわゆるA級戦犯合祀(ごうし)問題が国論を二分するような状況が続いている。なぜなのか。

 要因の一つは、「A級戦犯」が、軍事裁判(東京裁判)を行う戦勝国によって類型化されたものであって、戦争責任の所在が日本自身の手で検証されなかったことにあるのではないか。

 敗戦直後には、日本政府部内にも、戦争責任を糾明しようという動きは、いくつかあった。東久邇内閣の戦犯裁判構想や幣原内閣の戦争調査会などだ。連合国軍総司令部(GHQ)の意向などによって、頓挫した。

 読売新聞は、昨年の夏以来、東京裁判の「戦犯」概念とは距離を置く形で、政治・軍事指導者たちの責任の解明作業を続けてきた。戦争への道を推し進めた責任、戦争を阻止できなかった責任、戦争を早期に収拾できなかった責任である。

 検証の対象期間は、日中戦争に先行して1931年に始まる満州事変から、対米英蘭(らん)戦争の終結までである。

 この間の一連の戦争については、いまだに呼称さえ定まっていない。大東亜戦争、太平洋戦争、アジア・太平洋戦争、15年戦争……。いずれも地理的、あるいは歴史経緯的に、なんらかの難点が伴うためだ。

 読売新聞は、これを地理的概念や歴史観とは関係のない「戦争の期間」で括(くく)り「昭和戦争」と呼ぶこととした。

 検証作業の内容は、これまで随時、紙面で報告してきた。今日の紙面は、8月13日付紙面と併せ、そうした作業の集大成である。

 検証の結果、いわゆるA級戦犯の多くが「昭和戦争」の責任者と重なった。

 だが、重ならない例も多々あった。

 たとえば、「A級戦犯」として絞首刑になった木村兵太郎大将は、戦前・戦中の重要な局面で、特段の責任を問われるほどの役割を演じた形跡はなかった。

 また、同じく「A級戦犯」で、終身刑の判決を受けた賀屋興宣蔵相には、日米開戦時の閣僚だったという以外の戦争責任は見当たらない。しかも、開戦には反対していた。

 逆に、戦争を終結に導いた“功績”がしばしば語られてきた鈴木貫太郎首相にも、「終戦」の時期を先送りして原爆投下とソ連の参戦を招いたという意味での戦争責任があった。

 重大な戦争責任がありながら、死去したがゆえに、「A級戦犯」となることを免れた最高指導者たちもいる。

 代表的な例が、自決した近衛文麿首相である。決定的諸局面での優柔不断、判断ミスの連続で、ずるずると軍部の主張に押し流された責任は、極めて重い。

 松岡洋右外相も、日独伊三国同盟の推進・締結という国際情勢についての誤断により日米開戦への道を開いた。「A級戦犯」として起訴されたものの、判決前に病死し、判決は下されなかった。

 その他にも、いわゆるA級戦犯以上に実質的な戦争責任があったのに、訴追もされなかった軍事官僚たちがいた。陸軍参謀本部、海軍軍令部の参謀である。

 これら参謀の多くは、軍事紛争拡大・開戦・戦争継続に向けて上層部を突き上げ続け、時には越権行為まで犯しながら300万人以上の兵士、国民の死に対して何ら責任を負うこともなく、戦後、安穏に畳の上で死んでいる。

 もちろん、「昭和戦争」の犠牲者は、日本国民だけではないが……。

 戦争に至った経緯、その後の展開は、当時の国際情勢や、それぞれに世界戦略を描く列強の思惑、駆け引きなどとも複雑に絡み合っていた。

 たとえば日中戦争で、米国は日米開戦以前から、蒋介石・国民党政府に対し、「援蒋ルート」を通じて軍事物資を提供し、背後から支援していた。

 1939年に始まるソ連のフィンランド侵略に対し、英仏はいったん対ソ遠征軍の派遣を決めている。しかし、フィンランドがソ連に屈服したため、英仏とソ連は衝突に至らなかった。

 ソ連の対日参戦は、日ソ中立条約違反だが、背景には、参戦を要請した米英とのヤルタ密約があった。

 だからといって、そうした国際情勢への対応を過ち、無謀な戦争を始めて日本国民と近隣国に惨禍をもたらした政治・軍事指導者たちの責任を曖昧(あいまい)にしていいわけはない。

 その責任を日本自身の手で解明・総括しておかなくては、戦勝国側の戦争責任や戦争犯罪を批判するのも難しい。歴史認識問題の解決への展望は、そこからしか開けない。
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by sakura4987 | 2006-08-16 09:33

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