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◆【ビューポイント】二宮尊徳翁の精神に学べ (世界日報 06/8/25)


勤勉の象徴・金次郎像/忘れるな「勤勉・刻苦・勉励」

評論家 太田 正利

二宮金次郎の今昔を考える

 「柴刈り縄ない草鞋を作り 親の手を助け弟を世話し 兄弟仲良く孝行を尽くす 手本は二宮金次郎」の唱歌とともに、小学校の校庭には薪を背負い、書物を読みながら歩く金次郎の銅像が置かれていた。これと忘れ難いのは「蛍の光 窓の雪……」だった。

 いずれも家貧しく灯油を買うことが出来なかったので、夏は「蛍の光」で、冬は雪明かりで読書に励む、つまり苦労して勉学にいそしむことの喩である。

 いずれも中国の古典に出てくる。昔は受験塾なるものはなく、受験生はそれぞれ自習したものだ。「蛍雪時代」という受験雑誌もあった。

 そして卒業式には皆が「蛍の光・窓の雪」(スコットランドのメロディーのもの)を歌い、卒業生が「仰げば尊し我が師の恩」の歌で先生方への感謝の念を表した。

 これが典型的な卒業式で、勤勉、倹約、報恩という徳目の具現化だった。

 「二宮尊徳翁」(「金次郎」に遺贈された諱)は、一七八七年小田原の栢山で農家に生まれた(一八五六年没)が若くして両親を失い、伯父の家に預けられた。

 その家で農業に励み、また、二十歳にして生家の再興に成功、さらに依頼された小田原藩家老の服部家の財政再建に成功した。

 その後も多くの土地経営に成果を上げ、その方法は「報徳仕法」として他の模範となった。まさに勤勉プラス工夫プラス思想の背景の賜と言える。

 その思想が「報徳思想」である。

 これは経済と道徳の結合・融和であって「情けは人のためならず」にも通ずる。社会への貢献はいずれ自分に還元されていくとの経済学説でもある。

 報徳の教えは神道・儒教・仏教の精神的価値と農業の実践から生じた生活の知恵とも言うべきものである。

 筆者は、翁の社会思想は西欧的経済思想プラス伝統的な神・仏・儒の見事な統合ともいうべきものだと考えている。

 だから、実践としての報徳の教え、また、至誠、勤勉、分度、推譲という報恩思想の真髄であり、ここに実践としての報徳の教えがあるのだ。


≪一体、銅像はどうなったのか≫

 ところで「金次郎銅像」はどうなったのか。今では半数近くの学校には無いようだ。確かに戦争中には軍事用に銅の供出があり像も撤去された。

 その他、石像は除くほか、「この銅像(当時は日本精神の精華)が」と思われるものさえ供出の対象となった。国の生存を賭けた戦いで、始まってしまえば「生か死」である。

 ただ、これらのうち重要なものは戦後速やかに再鋳された。何故金次郎の像が再鋳されないのか。

 要するに、尊徳翁主唱の実践哲学・教育哲学への興味が失われ、むしろこれらの「報徳」思想は封建的なものと誤って観念されているからではないのか。

 そもそも、金次郎像は幸田露伴著『二宮尊徳翁』(一八九一年)の挿し絵で使われ、一九一〇年の東京彫工会に岡崎雪声氏作として出品されたものの由で、一九一〇年以降「修身」の教材として使われてきたが、「軍国主義」や「国粋主義」とは何の関係もない。

 それにも拘わらずこの銅像が校庭から消滅したのは、その意義が上のとおり誤解されたのか。

 日本人の価値判断若しくは思考方向が狂ってきたのか、又は今の日本人は過去の歴史と断絶し、過去の遺産も忘れた人々の集団だということなのか。


≪「伝統文化・精神」の再生を≫

 金次郎像の半消滅、これに伴う「柴刈り縄ない……」の歌が完全消滅(中公文庫日本の詩歌の幕末から戦後にかけての別巻『日本唱歌集』にもない)し、「蛍雪の功」という古典がらみの表現もテレビの「クイズ」番組に出てくる程度。これが日本教育の現状である。

 筆者は計二十年以上、各国に腰を据え、文化・教育方面をもつぶさに観察したが、文明国では(歴史の浅いアメリカは例外か―)、それぞれの古典文学・古典思想、また、特にヨーロッパではギリシャ・ラテンというそれぞれの建国よりはるか昔の古典の勉強もするというのが、一応のインテリの資格ですらあった。

 最近の政治家、外交官、学者などが、お国の若者の古典知らずを嘆き、このような考え方を若い人々に喧伝している。

 日本人が自国が(実態を知らず、そのように言われているからとして)戦前には悪いことばかりしたとか言って深く学ばず、尊徳翁の業績を教えられないため、これを正当に評価せず、無視してるやに見えるのは無念としか言いようがない。

 教育の大切さが説かれて久しい。

 教育勅語には、日本人が祖先から受け継いできた豊かな感性と美徳、徳目が簡潔に列挙されている。曰く、父母に孝行、兄弟に友愛、夫婦の和、朋友の信、謙遜、修学習業、知能啓発、徳器成就、義勇等々。

 同時に西洋的な価値感、例えば博愛、公益政務、遵法等々……も盛り込まれている。

 占領米軍は「勅語」の一面を強いて取り上げて国家主義の表現なりとして敵視した。先ず「教育基本法」を制定させ、次いで「勅語」の否定を迫りこれに成功した。

 伝統的欧州価値感に裏打ちされ、これに強い自負心を持つドイツは、歴史も短く、ゲーテもカントもシラーも持たぬ「新興国」アメリカの価値感を心の底では馬鹿にしており、アメリカ主導の教育制度の改革を拒否した。

 今日我々は多くの矛盾を顕在化させている教育制度の改革を迫られている。一旦悪いものと観念され、棄て去られた価値感で正しかったものの再生をはかるべきことを念願する。

 因みに、尊徳翁を祀る二宮神社が筆者居住の平塚市の隣二宮町に建てられている。
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by sakura4987 | 2006-08-25 15:16

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