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◆【持論時論】連合国史観からの脱却を/大阪国際大学名誉教授 岡本幸治氏に聞く


 (世界日報 06/9/9)

蔓延する偏った歴史教育

一方的な東京裁判/近代法治主義の大原則に違反

日米開戦の経緯は複雑/正確な歴史認識を

 日米が開戦に至る経緯は複雑極まりないのに、敗戦後の極東軍事裁判(東京裁判)では日本の戦争指導者が一方的にA級戦犯として裁かれた。

 政治思想に詳しい岡本幸治・大阪国際大学名誉教授は、連合国による東京裁判を認める歴史教育が蔓延(まんえん)している現状からの脱却を主張している。


 ――先の大戦をめぐる議論で、なぜ日本は自主的に戦争責任者を裁くことができなかったのかということがよく言われる。

 あまり知られていないが、東京裁判が始まる前、その動きはあった。

 昭和二十一年に幣原内閣の岩田宙造(ちゅうぞう)司法大臣と次田(つぎた)大三郎書記官長(今の官房長官)が中心で「戦犯自主裁判案」を作り、天皇陛下の勅令によって行おうと計画した。

 しかし、それを見た昭和天皇は「昨日までの臣下を裁くことはできない」と言われたそうだ。確かに敗戦直後の民心が不安定な時で、国民の道義も地に落ちていたので、異常な報復裁判になる恐れがあった。

 それに、占領下の日本ではGHQ(連合国軍総司令部)の許可なしに裁判を開くことは不可能で、マッカーサーも日本の自主的な裁判は認めなかった。

 昭和二十六年のサンフランシスコ講和条約で日本が独立を回復してからも同様の裁判はなかった。その理由を聞かれた宮沢喜一元首相は、「ついこの間までの上司を部下が裁くことはできない」と答えている。

 結果として、先の戦争に対する責任問題がすっきりしないことになったが、国民が一丸となって戦後復興に邁進(まいしん)することにはプラスだったのではないか。

 当時の国民感情を無視し、今の考えだけで非難するのは偏っている。

 GHQが進めた東京裁判は、連合国が戦った戦争は正義の戦争であるということを、日本人をはじめ世界に宣伝するという意味が強かった。

 英国は「裁判はしない方がいい」という立場だった。当時の国際法では「A級戦犯」に挙げられたような指導者を断罪することはできなかったからだ。

 ところが、米国には頑固な法治主義があった。契約と法で社会問題をすべて解決しようという発想だ。米国は多民族から成る移民国家なので、文化的背景の異なる人々を合衆国として統治するには、法律ですべてを決める必要があった。

 そこから法治主義が強まる。英語の「ジャスティス」には「裁判」と「正義」の二つの意味があり、つまり裁判によって正義を表現しようとした。

 そこで、ドイツと日本の戦争指導者を裁くために新たな罪状を設けた。

 ドイツに対しては主に「人道に対する罪」、日本に対しては「平和に対する罪」がそれだ。しかし、これは「法は遡及(そきゅう)せず」という近代法治主義の大原則に違反している。

 ある行為をした人を捕まえたがどんな罪にも当たらない場合、その行為を罪とする法律を新たに作ってその人を裁くことはできない。これが罪刑法定主義の大原則だ。米国はそれを破ることになるのを知りながら、強引に東京裁判を開いた。

 東京裁判の判事十一人の中で唯一、国際法の専門家だったインドのパル博士は、膨大な判決文を書き、A級戦犯として起訴された被告たちは全員無罪だとした。

 しかし、国際法に明るくない判事の多数決で、裁判長は有罪の判決を下した。東條英機以下七人が処刑されたが、彼らには戦犯として処刑されたというより、天皇を守るために犠牲になったという気持ちの方が強い。

 昭和天皇は戦争責任を取って退位の意向を示したが、マッカーサーが認めなかった。その理由は占領統治に天皇を利用するためだ。

 日本の政治権力は歴史的に天皇の権威によって支えられていたことを知るマッカーサーは、天皇を背景にして占領政策を進め、日本を改造しようとした。それが、知日派を動員して国務省が作成した日本占領政策の方針だ。


 ――メディアの戦争責任については。

 読売新聞の渡辺恒雄氏が靖国参拝について、ほかでは意見の違う朝日新聞と意気投合している。読売新聞が戦争責任問題を連載しているが、そこで全く出て来ないのは、戦争に突入し、協力体制を築く上で、マスメディアがどんな役割を果たしたかだ。

 世論の趨勢(すうせい)と無関係に政治が行われたわけではなく、世論の誘導にマスメディアが果たした役割は大きい。

 満州事変でも、当時の朝日新聞は「暴支膺懲(ようちょう=支那を懲らしめよ)」と国民をあおり立てた。政治指導者の戦争責任を問うなら、メディアの責任も問わなければならない。

 そもそも日米が開戦するまでに至ったのは日本側だけの問題ではない。日米開戦時の両国の国力の差は十倍以上あった。そんな強大な敵に侵略戦争など仕掛けられるわけがないことは、政府も軍部もよく承知していた。

 緒戦の勝利は可能だが、鉄や石油などの戦略物資を米国に依存していたので、輸入が途絶えれば戦えないことは明らかだ。

 米国が禁輸政策を取ると日本は東南アジアに資源を求めたが、戦争が長期化すると国力差によって勝てないと思っていた。真珠湾攻撃の作戦を立案した山本五十六もそういう判断だ。

 昭和天皇の意向を受け、東條内閣は日米開戦回避に努めるが、最後にハル・ノートを突き付けられ、開戦やむなしとなった。

 日本が日露戦争以降に東アジアで築いた権益すべてを放棄することを求める内容で、日米非戦のため奮闘した東郷茂徳外相も「これでは陸軍を抑えられない。ここまで来ればすべての努力は無に帰した」とさじを投げた。

 東京裁判判決書でパル判事は、「もし、ハル・ノートのようなものを突き付けられたら、ルクセンブルクのような小国も米国と戦っただろう」と述べている。

 戦後明らかになるが、当時、米政府にもソ連のコミンテルンの手が伸びていた。ハル・ノートを作成した財務省のハリー・ホワイト次官補はソ連のスパイだった。

 また、ソ連は英国と国民党の蒋介石政権にも工作して、日本との戦争を継続するよう仕向けていた。チャーチルと蒋介石は米国の対日参戦を熱望していろいろそのための工作もしている。

 そうした複雑な背後関係から日米が開戦したのであって、単純な白黒史観で近代史を割り切るのは危険だ。


 ――柳条湖事件はスターリンの指令でソ連のスパイが起こし、盧溝橋事件を日中戦争に拡大させたのも、国民党に潜入していた共産党のスパイの仕業だったことが、旧ソ連の秘密資料で明らかになっている。

 昭和三十九年に、佐々木更三社会党議員(当時)ら中国訪問団が毛沢東主席と会見した際に、「過去、日本の軍国主義が中国を侵略して皆さんに大変ご迷惑をおかけしたことを申し訳なく思う」と謝罪する佐々木議員に対して、毛沢東主席は次のように述べている。

 「もし、皇軍(日本軍を当時の中国通訳はそう訳した)が中国の大半を占領していなかったら、中国人民は団結して闘うことができなかったし、中国共産党は権力を奪取することができなかっただろう。

 日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらし、おかげで中国人民は権力を奪取した。皇軍なしには、われわれが権力を奪取することは不可能だった。この点で、私とあなたの間には意見の相違がある」。

 当時の社会党機関誌に彼の言葉は記録されている。

 現実の善悪はそう簡単に割り切れない。特に国際政治は国益の争いなので、さまざまな利害が絡まっている。


 ――日本とドイツは同盟関係にあったが、中国における国益を守るため、ドイツは国民党に軍事顧問を送り込み、最新の兵器を提供していた。

 上海事変ではトーチカ戦略で日本軍は大きな被害を出したが、それを指導したのはドイツの軍事顧問だった。加えてコミンテルンの手が伸び、国民党は容共政策を取る。

 共産党はスパイを国民党に送り込み、日本との戦争を長引かせた。

 盧溝橋事件に対し、日本政府は戦線不拡大の方針で、停戦協定を結んでいるのに、国民党軍が衝突事件を頻発させた。日本は邦人保護のため仕方なく対応したという側面が強い。

 東京裁判で裁かれたように、「共同謀議をして計画的に侵略していった」のではないことは明らかだ。


 ――戦後六十年を超え、東京裁判史観から脱却しないといけない。

 いわゆる東京裁判史観は米国が植え付け、日本のマルクス主義勢力が大きく育てた。だから「連合国史観」と呼んでいい。

 それに基づいて戦後の歴史教育が行われてきたので、その克服が大きな課題だ。誤った歴史認識で国民のアイデンティティーが失われると、魂や自信の喪失となる。

 首相の靖国参拝への与野党やメディアの対応を見ると、それが現実化している。

 小泉純一郎首相は最初の日米首脳会談で「米軍は解放軍だった」「米国のおかげで日本は軍国主義から解放された」と発言した。

 それは、戦後刑務所から釈放された共産党幹部の言葉と同じで、日本の現在の精神状況や歴史認識を象徴的に示している。小泉首相は歴史が好きらしいが、どうやら信長止まりで、近現代史の理解は浅いようだ。


 おかもと・こうじ 昭和11年京都市生まれ。京都大学法学部卒業。三井物産勤務を経て京都産業大学講師、大阪府立大学助教授、インド国立ジャワハルラル・ネルー大学客員教授、愛媛大学教授、大阪国際大学教授、近畿福祉大学教授を歴任し、現在は大阪国際大学名誉教授。著書は『北一輝・転換期の思想構造』『凸型西洋文化の死角』『インド亜大陸の変貌1990~2000』『なぜ日本人は謝り続けるのか』など。
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by sakura4987 | 2006-09-15 17:54

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