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◆拉致被害家族・横田夫妻インタビュー「あまりにも長い時間」 (サンスポ 06/12/30)



http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200612/sha2006123000.html

取材に答える横田滋さん(左)と早紀江さん夫妻。手前にはぎっしり書き込まれたスケジュール表が=12月上旬、川崎市内(撮影・佐藤雄彦)

 横田めぐみさん=拉致当時(13)=の父、滋さん(74)と母、早紀江さん(70)にとって“激動”だった1年が、暮れようとしている。今年も多忙を極めたが、訪米や訪韓などで国外的にも拉致問題への関心が広がった。

 昭和52年11月に拉致されて30年目。「あまりにも長い時間。何とか娘を取り戻したい」との思いを胸に奔走する横田さん夫妻に、今年と今後の運動について聞いた。

      ◇

 「普通の家族がこんなに働かなくてはいけないなんて、本当は異常なことだと思うんですけど…」。早紀江さんは真っ黒に予定が書き込まれた夫妻のスケジュール帳を見て、こうつぶやいた。

 全国各地での講演、拉致問題関連の各種イベント出席、家族会や政府関係者との打ち合わせ、報道機関への対応-。

 悠々自適に暮らしていていいはずの元日銀マンとその妻は、ほとんど休みなしの目まぐるしい過密スケジュールに追われている。その影響は、2人の体調にも及んでいる。

 滋さんは昨年12月に倒れた。国指定の難病「血栓性血小板減少紫斑病(TTP)」で約50日間も入院。1年が経過したが「今も通院して血液検査をしています。調子は完全には戻っておらず、無理をしてはいけないと言われています」。

 早紀江さんの体調も思わしくない。特に4月の訪米の直前。「右肩から手首のあたりまで痛くて痛くて、向こう(米国)で倒れてしまいますと訴えたくらい」だった。

 滋さんは同行できなかったが、早紀江さんの不調をおしての訪米はブッシュ大統領の心を突き動かした。大統領はその後、早紀江さんとの面会が「大統領になって最も意味ある瞬間だった」「涙を抑えるのに苦労した」などと度々口にするようになる。

 「何をそんなに感動したのか…私はいつもと同じように話しただけなんですけど」。早紀江さんは戸惑い気味だが、親の切なる思いが国外に広がった年となった。

 めぐみさんの夫が韓国の拉致被害者と判明し、滋さんが訪韓。拉致問題に関心が薄かった韓国でも大きな反響を呼んだ。夫妻の闘いに密着した米国ドキュメンタリー映画が日米で公開。欧州でも映画製作の企画が進んでいる。

 国内では拉致問題に力を入れる安倍内閣が発足。機運は高まっている。が、年内の“解決”には至らなかった。

 「体調もあるし、年も取ったので来年は少し予定を減らそうと考えています」と滋さん。早紀江さんはこう訴える。「娘を何とか取り戻したいという思いだけです。どうか皆さん自身の問題として考えてほしい」。


★横田夫妻に聞く

――めぐみさんが拉致されて30年目になるが

 早紀江さん「娘を助け出すことができず、苦しい思いです。すごく強い人が5人くらいで北朝鮮に乗り込んでいって、強引に取り返してくれないかと思うほどです」

――安倍内閣の発足については

 滋さん「担当大臣が置かれて、年末に政府主催の集会が初めて開かれました。これも政府の姿勢の表れだと思います」

 早紀江さん「核実験時の制裁もパッと行動に示してくださった。今までは『遺憾だ』と言うだけだったが、やはり制裁しかないんです」

――孫にあたるウンギョンさんと第三国での面会が提案されたが

 早紀江さん「会見で見たらずいぶん成長していて、笑い方なんか私にソックリ。飛んで会いに行きたい気持ちはありますが、それをすると北朝鮮の策略に乗る形になってしまう」

――ふだんの運動で心がけていることは

 滋さん「私たち夫婦も娘が拉致されていなければ、拉致問題に深く協力したかどうかは分からない。自分のことのように協力してくださる方々への感謝の気持ちを忘れないようにしています」

――活動以外の日常生活は

 早紀江さん「月に手紙が900通くらい来て、すべて返事を書いているので家にいても拉致関連のことばかりです」
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by sakura4987 | 2006-12-31 11:17

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