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◆対米戦果に「痛快、壮快」…松岡元外相の書簡発見 (読売 07/1/7)



http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20070107i202.htm

 戦前の外相で、日独伊三国同盟を推進した松岡洋右(ようすけ)が対米開戦の2日後、言論界の長老だった徳富蘇峰に送った書簡が、徳富蘇峰記念館(神奈川県二宮町)の資料から65年ぶりに見つかった。

 書簡は、真珠湾攻撃など緒戦の戦果を「痛快、壮快」と絶賛し、「闘ひ抜ひて勝て」などと強気一辺倒の内容。

 松岡は対米開戦時、三国同盟が戦争につながったことを悔いて「死んでも死にきれない」と泣いたとされており、専門家は「開戦時の気持ちの変化が分かる貴重な手紙」としている。

 書簡は1941年12月10日付。便せん14枚に鉛筆書きで、8日の日米開戦の感想をつづっている。

 昨年5月、徳富蘇峰記念館の高野(こうの)静子学芸員(67)らが書庫の資料を整理中に発見。同館に保管されている松岡の別の書簡と、筆跡や便せんが同じことなどから本物と判定した。

 書簡では冒頭、「開戦第一日丈(だけ)の収穫にても、ど偉い事で、恐らく世界戦史特に海戦史上空前の事」と、真珠湾攻撃の戦果を手放しで持ち上げ、「『ル』(ルーズベルト)大統領色を失ふと、伝ふ。左(さ)もありなん」としている。

 さらに「実に痛快、壮快!」「恐らく英、米の上下を震撼(しんかん)してるでせう!」と、感嘆符を連発。「唯(ただ)戦へ、唯闘へ、闘ひ抜ひて勝て!」などと、興奮ぶりが伝わってくる。

 書簡には、欄外に赤鉛筆で「極秘御読後御焼棄請ふ」と読後の焼却を求めているが、高野さんによると、蘇峰はそうした手紙も保管していたという。

 真珠湾攻撃などの緒戦の戦果については、当時の日本の指導者層や文化人らの多くが喜びをあらわにした。

 だが松岡については、第2次近衛文麿(ふみまろ)内閣の外相だった40年9月、米国に対抗しようと三国同盟を結び、これが対米戦争への道を開く最大の誤算となって、責任を痛感していたと考えられていた。

 元外交官の斎藤良衛が開戦当日、松岡宅を訪ねた際の話は有名で、戦後の斎藤の著書「欺かれた歴史」(読売新聞社刊)によると、病床の松岡は目に涙をため、「三国同盟の締結は、一生の不覚だった。死んでも死にきれない」とすすり泣いたという。

 今回の書簡に、現代史家の秦郁彦さんは「緒戦の戦果で強気に戻ったのだろうが、2日間でこんなにも気持ちが変わっていたとは」と驚く。

 書簡で日米交渉が決裂して開戦に至ったことを「天佑(てんゆう)」(天の助け)と述べ、当時の東条英機首相を「褒めてやって下さい」と書いている点などについては、「戦争をいかに終わらせるかを考えるのが外交家なのに、元外相が庶民並みに浮かれていたことが図らずも明らかになったのは、寂しい限りだ」と話す。

 書簡は同記念館で展示中。2月発売の季刊誌「環」(藤原書店)でも紹介される。
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by sakura4987 | 2007-01-10 11:38

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