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◆【連載】沖縄戦「集団自決」から62年 真実の攻防 3



 (世界日報 07/5/17)

「日本の名誉」懸けた裁判/原告負ければ、勢いづく左翼

 今年一月十九日。大阪の昼の気温は六度。暖冬といわれたこの冬だが、頬(ほお)に当たる風は冷たかった。大阪地裁前では傍聴券を求めて並んだ人が百三、四十人に膨らんでいた。

 その日の午後、彼らが傍聴を求めた202号法廷では、沖縄戦の集団自決をめぐっての言論による激しく容赦のない応酬が展開された。

 もし「言葉」に殺傷能力があれば、双方の弁護士はいずれも“玉砕”を免れなかったであろう――そのような想像をするほど激しい論戦が交わされた。

 先の沖縄戦で起きた集団自決が「軍命令」によるもの、という記述が最初に登場するのは沖縄タイムス編『鉄の暴風』(昭和二十五年、朝日新聞社)である。

 その後、上地一史著『沖縄戦史』(時事通信社)、家永三郎著『太平洋戦争』(岩波書店)、中野好夫・新崎盛暉共著『沖縄問題二十年』(同)、大江健三郎著『沖縄ノート』(同)などによって広く流布され、教科書に記載される「定説」となったのである。

 ノーベル文学賞を受賞した大江氏の『沖縄ノート』は昭和四十五年以来、既に五十版を重ねているが、彼は軍命令を出した隊長について「あまりにも巨きい罪の巨塊」などと断罪し、公開処刑がふさわしいとまで言い切っている。

 これに対して当時の座間味島の守備隊長だった梅澤裕氏(90)と、渡嘉敷島守備隊長だった赤松嘉次(よしつぐ)氏(昭和五十五年死去)の弟、秀一氏(74)が「命令はなく、住民自ら自決した」として一昨年八月、大阪地裁に提訴したのである。

 書籍に綴(つづ)られた文字は彼らの生命を奪うことまではしなかったが、戦後、家庭や職場に波紋を呼び起こし、言い知れぬ苦悩を強いた。

 原告は「誤った記述で多くの読者に非道な人物と認識される」として版元の岩波書店と『沖縄ノート』の著者、大江氏を相手に出版差し止めと損害賠償合計三千万円を求めたのである。

 原告、被告双方に「応援団」ができ、支援のブログもある。

 双方の主張についてはおいおい紹介していくが、ここではこの裁判の意味について触れておく。

 「軍命令による集団自決」は、その後、左翼勢力を中心に、沖縄戦の最大の悲劇であり、沖縄戦の特徴と喧伝(けんでん)されてきた。

 日本軍は沖縄県民を守るどころか犠牲にした、という主張は、その後の反自衛隊、反政府運動、反米運動などの最大・最強の「原点」となった。

 戦後、「南京大虐殺」と合わせて、日本軍の、ひいては日本人の残虐性の根拠として大いに利用されてきた事件でもある。

 「南京大虐殺」については、多くの研究者などの努力でその虚構が暴かれたが、沖縄戦の「軍命令による集団自決」には、幾つかの反論も出たが、著作物としては軍命令を肯定するものがあふれている。

 この裁判を通じて、実は「軍命令」なるものは存在せず、それどころか原告側が訴えているように「島民の遺族の補償のために、虚偽の軍命令を容認した」というのが真相であれば、沖縄の左翼運動はその「足場」を喪失し、一方、沖縄の保守派の活動が大きく弾みを付けることは明らかだ。

 依然として残る自衛隊アレルギーも解消されよう。

 最近でも自衛隊の音楽演奏会が中止されたり、自衛隊員を父に持つ子供が「お父さんは人殺し」などと教師に言われて、深く傷ついたという話があるほどなのだから。

 故に原告側は「二人の名誉回復だけにとどまらず、日本の名誉を守り、子供たちを自虐的歴史認識から解放して、事実に基づく健全な国民の常識を取り戻す」裁判と位置付けている。

 もちろん、教科書にある記述も全面的に見直しを求められよう(公判途中で、記述修正が行われ、関係者を驚かせたが、これも後述する)。

 これに対して被告は、「軍は住民を守らない」という沖縄戦観を覆す意図を持った、極めて政治的な意味合いのある裁判である、と警戒感を強める。

 裁判で原告側の主張が退けられれば、日本軍の残虐性が証明された、として被告を支援する文化人やメディアが、猛烈に宣伝することは火を見るより明らかだ。

 沖縄の保守派はますます肩身の狭い立場に追いやられよう。双方ともに譲れないこの裁判は、地裁、高裁で決着を見ず、最高裁まで争われるのは必至だ。

 最高裁がその結論を下すのは三、四年先になるだろうと関係者はみている。
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by sakura4987 | 2007-05-23 15:37

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