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◆【誰がために散る もう一つの「特攻」】(1)自己犠牲



 (産経 07/5/28)

 ■逡巡なし「絶対◎」で志願

 昭和19年夏。日本軍はサイパンで玉砕、フィリピンでは米軍の猛攻にさらされ、トラック島も大空襲で機能がほとんどマヒした。戦局は悪化の一途をたどっていた。

 軍部に焦燥感が漂う8月28日、茨城県・土浦海軍航空隊で突然、第13期甲種飛行予科練習生の偵察専修者約1500人に非常招集がかかった。満15歳から20歳未満の若者たちだ。

 札幌市出身の竹林(旧姓・高橋)博(82)もその中にいた。当時18歳。猛暑の中、大格納庫は出入り口が閉ざされ熱気に押しつぶされそうだ。経験のない緊張感の中、司令官が口を開いた。

 「敵撃滅の新兵器が考案された。この兵器に乗って戦闘に参加したい者があったら、後に紙を配るから、熱望する者は二重丸を、どちらでもよい者はただの丸を書いて提出しろ。ただし、この兵器は生還を期するという考えは抜きにして製作されたものであるから、後顧の憂いなきか否か、よく考えて提出するように」

 どういう兵器かの説明はなかった。「航空機による特攻攻撃だろうか」。そんな思いが脳裏をかすめた。竹林は躊躇(ちゅうちょ)せず二重丸を書き、「絶対」と付け加えた。

 「死ぬことがお国のために働く一番の近道だと思っていたから、逡巡(しゅんじゅん)しなかった。人生50年といわれていたが、軍人は半分、特攻隊は2割引きと思っていた」

 翌日、竹林を含む100人が選ばれた。竹林は実兄に〈我、大空に墓場を得たり〉と電報を打った。

 「家庭的に後顧の憂いがない者、家族、兄弟が多い者、攻撃精神旺盛な者…という選考基準があった。私は兄が1人だけだったのでひっかかったが、攻撃精神旺盛ということで選ばれたようだ」と竹林は振り返る。

                 ■   ■

 特攻作戦への参加者について、全国回天会事務局長の河崎春美(83)は「兵学校出身者はプロの軍人だから指名だったが、予備士官や予科練出身者は純然たる募集だった。志願者の中から厳選して搭乗員を決めた」と説明する。

 2回にわたって出撃した吉留文夫(80)は、特攻を志願した若者たちの気持ちを、「本土が戦場になれば大量殺戮(さつりく)、国土崩壊は目に見えている。戦争がいいとか悪いとかではなく、何とか敵の侵攻を食い止められないか。みんながそう考えた。平和を守るということは死ぬ覚悟がなければできない」と語る。

 大阪商大在学中に学徒動員で海軍に入り、3度の出撃の末、散華した久家稔は、回天を志願したころの19年8月の日記にこうつづっている。

 〈俺達は俺達の親を兄弟を姉妹を愛し、友人を愛し、同胞を愛するが故に、彼等を安泰に置かんがためには自己を犠牲にせねばならぬ。祖国敗るれば、親も同胞も安らかに生きてゆくことはできぬのだ。我等の屍によって祖国が勝てるなら満足ではないか〉

 〈ぼくは、女性にささげる二十歳の青春を、お国のためにささげる〉。昭和20年1月9日、金剛隊として出撃した塚本太郎はノートにそう記していた。

 多くの日本人を救い、日本の伝統を守るために自らの命をささげる-。当時の特攻隊員の証言や日記からは自己犠牲の思いが強く伝わってくる。それは、現在の若者以上に命を尊いものと考えていたことの証しでもある。

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 特攻を志願した竹林らは8月31日夕方、土浦海軍航空隊を出発、汽車を乗り継いで呉に向かった。呉の海軍潜水学校で2、3日滞在した後、潜水艦基地を経て倉橋島大浦崎の第一特別基地隊に着いた。竹林は言う。

 「呉に着くまでは、軍服にいかりのマークを付けないように指示されたので予科練の練習生には見えなかった。どこに行くのかさえも教えられなかった。それほどの極秘作戦だった」

 第一特別基地では、魚雷の構造などについて座学が始まった。

 「そこで初めて、もしかしたら人間魚雷かなという予感がした」

 竹林ら第13期甲飛100人が大津島の回天基地に着いたのは9月21日。この日から死へのカウントダウンが始まった。(敬称略)

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 鹿児島・知覧の航空特攻基地を舞台にした映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』(東映)の観客動員数が伸びているという。

 若い特攻隊員と彼らを取り巻く肉親や恋人の心の動きが詳細に描かれ、それが現代の若者たちの心をとらえているのだろう。

 航空特攻とは違うもう一つの特攻隊、人間魚雷「回天」の搭乗員たちと彼らを取り巻く人たちの証言から、彼らが命をかけて守ろうとしたもの、そして現代日本人が忘れかけている「何か」を探る。(宮本雅史)

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【用語解説】人間魚雷「回天」

 93式酸素魚雷に手を加え、人が乗って操縦し敵艦に体当たりする旧海軍が開発した特攻兵器。全長14・75メートル、全重量8・3トン。

 航続距離は30ノットで23キロ、12ノットで78キロ。中央の床(操縦席)に搭乗員が1人腰を下ろし、長さ1メートルの特眼鏡(潜望鏡)で観測しながら操縦する。

 回天作戦は昭和19年秋から20年8月まで続けられ、搭乗員は1375人で、うち106人(殉職者を含む)が亡くなった。
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by sakura4987 | 2007-06-02 14:15

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