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◆河合隼雄氏のご逝去を悼む(3)日本における家族の崩壊とその修復



 (JANJAN 07/7/26)
http://www.janjan.jp/culture/0707/0707259790/1.php

 日本における家族の崩壊 

 本来、家庭というものは、人間がもっとも安心して暮らせる憩いの場であったはずだ。ところが最近では、この家庭内において、親が子を虐待し殺害したり、逆に子が親を殺害したりする事件が日常茶飯事のようにして、毎日日本のどこかで起こっている有り様だ。


 その根底には「家族の崩壊」あるいは「家庭の崩壊」という問題があると言われる。確かに戦後急速に起こった景気の急拡大の中で、大都市にヒト・モノ・カネが集中した結果、日本社会にあった伝統的な家族関係はあっさりと崩れ去ってしまった感がある。二世代三世代が、ひとつ屋根の下で暮らす大家族というものは、姿を消して、親兄弟が別々に暮らす核家族の時代となってしまったのである。 


 河合隼雄氏は、この日本における伝統的家族関係の崩壊過程を以下ように述べている。 


 「日本人は『家』を大切に生きてきた……日本は血縁よりも『××家』という『イエ』の存続が大切で、そのためには血縁を無視して、有能な人物を養子にしたりする。『イエ』を大切にするのも、人間が安心して生きるための方策であるが、これは個人の自由を束縛するので、戦後はアメリカの影響もあって、日本人はこれの廃止に努めた。それに代わるものとして、映画などによく出てくるアメリカのマイホームがひとつの理想となった……。 


 日本人のしたことは、『イエ』を壊し、知らぬ間に『代理イエ』を作っていた。その典型が『カイシャ』である……日本の多くの男性は『イエ』を出て、『代理イエ』の『カイシャ』に所属することになった。多くの日本の女性は、このために父親不在となった『家』で、父親役と母親役の両方をこなして子どもを育てることになった。まだ大家族的な傾向が残っている間は、祖父母などがこれにかかわって、何とか切り抜けてきたが、核家族化が進行してくると、この構造がだんだんと破綻しはじめた。 


 このような偏奇した構造に対して、女性が反撥するのも当然であり、女性も社会に進出したり、趣味を生かそうとしたり、自分の世界を持とうとするようになる。この場合も、男性同様、『イエ』を出て『代理イエ』に入る傾向が強いので、夫も妻もそれぞれが別の『代理イエ』に所属し、子どもだけが『家』に残されるようなことも生じてきた。(後略)」(「家庭教育の重要性」 河合隼雄著作集Ⅱ期第5巻所収 2002年1月刊 初出「教育委員会月報」600号 第一法規出版 2000年1月刊) 


 戦後における家族関係の崩壊過程が、社会学的な見地から見事に分析されている。この過程で一番大切なことは、子供がひとり、「イエ」という永遠性をもった「家庭」の中にポツンと取り残されてしまったことだ。そしてまた、家族の外にある「代理イエ」である「カイシャ」に帰属した親たちは、大切な子供たちの心の成長を「6・3・3制」の学校制度に委ねるという形が、当たり前となってしまったのである。 


 結局のところ、「イエ」の崩壊は、子供と親のコミュニケーションを奪っただけではなく、子供たちをひとりぼっちにして、社会に適用するための人間教育のほとんどすべてを「学校」に押しつけるということになってしまったのである。 



 登校拒否の高校生の心


 既に述べたように、河合隼雄氏は、終戦から7年後の1952年24歳で奈良県の数学担当の高校教師となった。しかし氏は、その経験の中から教師を続ける上で、どうしても心理学を学ぶ必要を痛感し、大学に戻った。その後、アメリカ、スイスに留学し、徹底して臨床心理学を学び、大学講師となって、若い学生を教える傍ら、ユング派の精神分析家として、子供から大人までさまざまな階層のクライアントの心と真正面から向き合い問題解決の道をさぐってきた実践家である。 


 河合氏は、登校拒否の問題について、登校拒否の男子高校生の夢を取りあげてこのように語る。


 「登校拒否症がわが国において発生しはじめたのは、1964年頃であるが、はじめは都市部に発生したのが、田舎にもひろがり、低学年から高学年へ、ついには大学にまでひろがって、教育相談の半分ほどが、この問題で占められるようにまった。(中略) 


 人間の深層に迫る方法として、私は夢を素材に取りあげる……夢は意識的な日常性を越えた知見をわれわれにもたらしてくれる。次に示すのはある登校拒否症の男子高校生の夢である。 


 『どこかの大きな屋敷へ女の友だちと行った。そこは陰謀団のすみかで、その仲間にA君もいた。それを知ってたいへん驚いた。そして逃げ出した。が、女の友だちは捕まった。高い塀を跳び越えたりして、走りに走って逃げた。あとから悪人が追いかけてくる。そしてある一軒の家へ逃げ込んだ。そこには悪人の仲間の女が住んでいたが、なぜか自分をかくまってくれた。悪人たちが追ってきて、僕がやってきただろうと聞いたが、女は知らないといって追い返した』(「母性社会日本の病理」中央公論社 1976年9月刊 第1章「日本人の精神病理」より) 


 この夢を見た高校生の生の心と向き合いながら、徐々に河合氏は、この一見奇妙に見える夢の裏に隠されている真実を見つけ出していった。 


 この夢のキーワードは、「悪人から逃げる」ということ。もうひとつは、「助けてくれる悪人の仲間の女」である。もっと極端に省略すれば、「逃げる」と「女」ということになる。ここから河合氏は、母性社会である日本というものを見る。またこの高校生は、はじめかくまってくれた「女」を好意的に見ていたが、次第にネガティブなものと見る態度を示しはじめたと記している。 


 この夢において「女」が象徴するものは、一義的には「母親」であり、もっと深いところでは女性原理そのものとしての「太母」(グレートマザー)を象徴していることになる。するとこの登校拒否の高校生の心は、母なる女性のかくまわれて生きているものの、そこから逃避しなければならないという思いを持ちながらも、ズルズルとすべてを包含し、許容する家庭の中に逃げ込んでいる自分をこの夢の中で戯画化していることになる。 


 これまでの日本社会においては、「母性原理に基づく文化を、父権の確立という社会構造によって、補償し、その均衡を保ってきた」(前掲書)しかし今、その家庭に肝心の父親が存在しないに等しい状況がある。この母性原理一辺倒になってしまったところに、不登校が急速に増加した原因の一端があることは明確となる。 


 そこで河合氏は、このような処方箋を書く。「登校拒否の子どもたちは文化・教育の危機に対する警鐘をー無意識ではあるがー身をもって打ち鳴らしているのである。かれらを単なる脱落者と見ることなく、警鐘を鳴らすものとしての意味を取りあげ、教育ということを、広く文化、社会、宗教などの問題と照らしあわせ、再検討することの必要性が痛感される。」(前掲書) 


 結論 日本の家庭に中空構造を復活させる智慧


 このように河合隼雄氏の日本社会に対するアプローチを見てくると、昨今日本各地で起こっている家庭崩壊を思わせる事件の解決は、単に学校教育を充実させることを優先する以前に、やるべきことがあるのではないかということだ。


 でもそれは、けっして不可能なことではない。まず、私たちは、問題を殊更難しく考えずに、家庭内における母性と父性のカウンターバランスを確保するという実にシンプルな発想で、意識改革をすることが肝心だ。


 一方において温かく子どもを包み込む母性が居て、それと反対側に、時に子どもの壁となって立ちふさがりながら、常に厳しい目線ながら、愛情をもって子どもを見つめ続ける父性的存在が、程よいバランスを保って存在するという家庭の創出である。


 そこでその家族関係のモデルをシンプルに図式化すれば「母ー子ー父」となる。しかしこれは、子どもを母と父の間の中心に配置して子どもの甘えを許す構造ではない。


 この関係を河合隼雄一流の言い回しで表現すれば、「家族はその時に応じて、父親なり母親なり子どもなりを中心にして生きてゆく、つまり家族のなかに、永遠の同伴者の顕現を感じとってゆく、と考えていいかも知れない。つまり中心となる人は固定しないのである。」(「家族関係を考える」講談社現代新書1980年9月刊)ということになる。


 この中で河合氏が語った「永遠の同伴者」とは、日本人が連綿として伝えてきた「祖霊」を大切にする永遠の相を求める日本人の心性(アイデンティティ)である。


 この古くて新しい極めて日本的な家族関係を再構築(修復)するためには、企業のモラルも含め、日本人の働き方やライフスタイルにも手をつける必要があることは言うまでもない。そしてこの方法は、河合氏の日本文化に対する中核理論である「中空構造論」をテコとして、崩壊した日本の家族関係を修復するロード・マップでもある。 
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by sakura4987 | 2007-08-01 09:52

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