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◆しがらみに捉われなければ正しい答が出せる?曇りなき目でみつめよ!



 猪瀬 直樹氏  (日経BP 07/7/24)

 http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/inose/070724_1st/index.html


 僕は、しがらみにとらわれることなく物事を見ることができる若い人たちは、きちんとした結論を出す力を持っていると思う。


 世間では「官僚はダメだ」と言う。しかし、若い連中に関して言えば決してそんなことはない。大臣の答弁などを実際に書いているのは30代だし、資料をそろえてくれと頼んだら、20代後半の職員が一生懸命探して持って来てくれる。霞が関の20代、30代の連中は働き者だ。年齢を重ねて役職が上がっていくと、自分の出世やしがらみのために、目を曇らせる者が出てくるが……。


 戦前の日本は、みなが軍国主義に侵されていたと思いがちだ。じつは、そんなことはない。戦前も、やはり30代の若い官僚・軍人は優秀だった。今回はその話をしてみたい。


≪■若手エリートが集まる模擬内閣を“組閣”、日米戦をシミュレート≫


 昭和16年(1941年)夏、対米戦の是非をめぐって議論していた時の政府は、「総力戦研究所」なる組織を設立した。集めたのは、各省庁や民間企業で次世代を担うと目された、30代前半の30余人のエリートたち。省庁は、陸軍省、海軍省、大蔵省(現・財務省)、商工省(現・経済産業省)、農林水産省……から。民間では、日本製鐵(現・新日本製鐵)、日本郵船、三菱鉱業(現・三菱マテリアル)、産業組合中央金庫(現・農林中央金庫)、同盟通信(現・共同通信)、日本銀行などから人材を集めた。


 実際、このとき日銀から参加した佐々木直は、戦後の1969年に、日銀総裁に就任している。


 彼らは、模擬内閣を組閣し閣議を行なった。つまりシミュレーション閣議だ。大蔵省出身は大蔵大臣、陸軍から出向している者は陸軍大臣という具合。海軍出身者は海軍大臣、同盟通信出身者は情報局総裁。商工省からは2人来ていたので、1人は商工大臣で1人は企画院総裁になった。ちなみに内閣総理大臣は、産業組合中央金庫の出身者。多分これは、役所同士がケンカにならないように、最も利害関係のない者を選んだのだと思う。温厚な人で、年齢は36歳。最年長だったことも関係したのかもしれない。


 シミュレーションするのは、目前に迫った対米戦争。場所は、現在の首相官邸の裏側で、小学校の校舎のような簡単な建物だった。場所柄、訓練に必要な資料や統計データは、自分の出身の役所に戻ってすぐに調べることができる。7月上旬に模擬内閣を“組閣”して以後、8月のお盆過ぎまで、毎日のように閣議を行い、日米戦争をシミュレートした。


 そこは架空の世界なので役所間の利害関係はない。だから自由な議論ができた。各省庁や会社が持っている信頼できるデータを付き合わせて、きちんと議論を行なった。必要な材料・資源は何か、戦争遂行に不可欠な石油の供給は維持できるか、論点は絞られていく。


≪■模擬内閣のシミュレーション結果は、

      その後の現実をほぼ完璧に言い当てた≫


 たとえばインドネシアにおける石油採掘のシミュレーションはこうだ。


 米国が石油の対日輸出を禁止すると、日本は、インドネシアに“進出”し、石油を手に入れなければならない。仮に採掘に成功しても、日本に持ち帰る商船隊のタンカーが米軍の潜水艦に撃沈されれば、石油は一部しか日本に到着しない。また、撃沈によって船の数が減っていけば、持ち帰る石油の量は尻すぼみになる。


 もし、国内のタンカーの生産量が撃沈量を上回ることができれば、持ち帰る石油の量が維持でき、枯渇することはない。そこで、国内のタンカー生産量や米潜水艦による日本商戦撃沈率などの数字をもとに、客観的事実だけを集めて計算した。結果は、米潜水艦による撃沈量が、国内のタンカーの生産量を上回った。この戦いをつづければ石油はいずれ枯渇する。


 総合的かつ詳細なシミュレーションをしていくと、結局、日米戦は日本必敗という結論が出た。初めのうちは勝つけれども、そのうちにだんだんと敗色が濃くなっていく。東京も空襲に見舞われて、最後にはソ連が参戦する。そして敗戦。現実の展開をほぼピッタリ言い当てた結論だった。


 シミュレーションの結果は、われわれがきちんとデータを付き合わせ、しがらみにとらわれずに判断すれば、正しい行動を取れることの証明にほかならい。


≪■シミュレーションの結論を、東條陸相は「机上の空論」と一喝≫


 しかし、この結論は、長らく日の目を見ることはなかった。模擬内閣はシミュレーションで出た結論を、現実の閣僚が居並ぶ第3次近衛内閣の前で、2日間にわたって報告した。それを聞いた東條英機・陸軍大臣は、「君たちのは机上の空論である。実際、日露戦争だって負けるか勝つか分からなかったけど、やってみたら勝ったではないか」と一喝する。


 東條は、シミュレーションが導き出した結論は、かなりの程度正しいと認識をしていたのだろう。結論を聞いて、ドキッとしたに違いない。だからこそ、「君たちの発表は机上の空論である」と反論したのだった。


≪■26歳の陸軍中尉の悔恨≫


 模擬内閣がシミュレーションを行なっていたのとほぼ同じ時期、陸軍省でも、インドネシアに石油を取りに行った場合のシミュレーションを行っていた。担当したのは、26歳の陸軍中尉だ。インドネシアに侵攻して占領した場合、採掘機1台あたり石油が何トン取れるか。また、オランダ軍が採掘機に爆弾を仕掛けた場合、代わりの採掘機は何本くらい必要か。そのような詳細を全部考慮して、石油の採掘量を計算した。


 ただしこのシミュレーションは、国内に石油を持ち帰ることまでは考慮していない。陸軍の若い中尉は「帰りは海軍が運ぶのだろう」くらいに思っていた。彼は陸軍の技術将校としての役割を全うして、データを出しただけだった。


 この陸軍中尉の先輩に、30代前半の少佐がいた。中尉が「米国が、石油の対日輸出を禁止したら、インドネシアに石油を取りに行くべきだ」と主張したときに、少佐は「それをやっちゃダメなんだよ、ホントは」と返事をした。「ここで我慢すれば(戦争をしなければ)、満州はちょっと危ないけど、朝鮮と台湾は残るんだよ」と。非常に冷静な判断である。それくらい、少佐クラスには正しい判断力を持つ者もいたのだ。


 中尉の出したデータは、いつしか企画院(現在の内閣府のような存在。数字やデータを扱っていた)に上げられ、鈴木貞一・企画院総裁の手に渡る。そして、「日米開戦やむなし」という空気の中で、「インドネシアに石油を取りに行けば戦争の遂行が可能」という決定を下す根拠の1つとして恣意的に扱われた。中尉は戦後になって悔恨に苛まれる。


 先輩の陸軍少佐の話も、現場の若い官僚は、しがらみにとらわれずに冷静に物事を見、判断できていたことを示すエピソードだろう。東條や鈴木など上層部の目が、戦争やむなしといった空気のなか、ことなかれ主義や官僚的な考え、しがらみによって曇っていたのと対照的である。戦前の軍人はみんな無能だったというイメージがあるが、それは間違いだ。現代となんら変わらない。無能な人間もいれば有能な人間もいた。若い人にはそこをしっかりと認識してほしい。


 今も昔も、しがらみの中にいると、ゆがんだ結論が出る。僕が道路公団の民営化をやれたのも、しがらみにとらわれないで行動ができたから。役所以外に生活基盤があるから、圧力をかけられても問題がなかった。


≪■道路公団と国土交通省の構図は、関東軍と陸軍の関係に等しい≫


 「戦前は軍国主義で戦後は平和主義」とか、「戦前は天皇主権、戦後は国民主権」と単純に分けてしまいがちだが、じつは戦前から戦後社会も一貫して連続した部分が90%を占める。なかでも変わらないのが官僚機構、官僚主権の構造だ。


 戦前、満州に行った関東軍は、道路公団や社会保険庁に置き換えるこができる。この場合、国土交通省や厚生労働省は陸軍だ。関東軍は、東京の陸軍の指示を無視して勝手に満州事変を起して独立王国をつくりあげ、のちに日中全面戦争の泥沼へ日本全体を引っ張り込んでいった。国土交通省は道路公団を全面的に許容していたわけではないだろう。厚生労働省だって、社会保険庁の体質のひどさに薄々は気づいていただろう。しかし、利権やことなかれ主義、立場上のしがらみで誰も動かなかった。


 これが戦前からつづく、官僚機構の無責任体制の象徴だろう。この事実を、連続する歴史のなかでの共通項として見ないかぎり、これからの日本のことも見えない。つまり、目の前の現象だけを論じても意味がないのだ。


≪■今の学生は、中尉と少佐のどちらが偉いのか分からない≫


 今回紹介した模擬内閣や陸軍中尉によるシミュレーションの話は、拙著『日本人はなぜ戦争をしたか 昭和16年夏の敗戦』を元に、東京工業大学で講義した内容をわかりやすく展開したものだ。『空気と戦争』として7月20日文春新書として発売されている。


 講義を進めるなかで驚いた。最近の学生は少佐と中尉のどちらが偉いのがわからない者がほとんどなのだ。若い人にもよく見られた映画「硫黄島の手紙」には、大尉とか中尉とか少佐がたくさん出てくる。それぞれの登場人物が、どれくらい偉いのかがよくわからないわけだ。どうやって映画を見たのかなと不思議に思う。


 こうした若者が増えている原因の1つは、戦後民主主義の中で、自衛隊の存在が中途半端だったことにある。自衛隊は、軍隊ではないという建前で、警察予備隊からスタートした。階級の表示も戦前と同様の軍隊式というわけにはいかなかった。中佐や少佐などの名称が、戦前を思い出させるということもあり、「一等陸佐」「二等海尉」などのわかりづらい呼称をつけた。


 しかし、自衛隊は、海外向けには旧軍隊と同じ名称を使っている。一佐はColonel(大佐)。自衛隊には陸将と陸将補という2つの階級しかないのだが、対外的には陸将の中に、General(大将)とLieutenant General(中将)を使い分けている。陸将補は少将相当のMajor Generalとして、合わせて3階級の表示をしている。


≪■意志を持って、楽観主義で行動しよう≫


 表面だけを繕い、真実に向き合うということを避けてきたのが戦後民主主義とその教育なのだろう。戦争はいけないことだった。軍人はダメだった。最近では評論家とか野党とか、みんな、いろんなことにダメだダメだと言うだけで、なんの対案も出していない。良いか、悪いか。ゼロか百かといった考え方だ。


 フランスの哲学者アランが、「悲観主義の根底は意志を信じないことである。楽観主義は全く意志的である」(『定義集』)と語っている。この言葉が意味するところは、非常に重要だ。何かをやろうというとき、最初は確証がない。だから楽観主義と見られる。しかし、そこには新しいものを生み出そうとする意志がある。一方、「ダメだダメだ」と言うのはやらない人たちの言葉だ。そこには意志はなくて、気分による無責任な悲観主義があるだけ。何も生み出さない。


 これからの時代を担う若い人は、「ダメだダメだ」だけではなくて、「何かをやる」ための勇気を持たないといけない。


 繰り返しになるが、紹介した2つのシミュレーションから分かるように、戦前の若者はしっかりと未来を予測することができていた。曇り無き目で見つめば、有能な若者はしっかりと先を見通す力を持っている。これは現代でも変わらない。「時代に流されないで生きろ。しがらみに惑わされなければ、正しいデータから正しい答えを導き出せる」。いまの若い人に、そう伝えたい。
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by sakura4987 | 2007-08-01 10:45

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