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◆耐えることを忘れた日本人 縦と横の絆と克己心を/すぐキレる世相の恐ろしさ



      

 (世界日報 2008/4/22)

(社)日本国際青年文化協会会長 中條 高徳


■理不尽な殺人、減らない自殺

 この欄で、戦後の日本人が喪ったものとして「叱ることが出来なくなり、ほめることが下手になり、そして夢みなくなった」ことどもを論じてきた。それらに加えて、「耐えることの出来なくなった日本人」が気にかかる。

 親も子も、男も女もすぐキレる。そして相手をすぐ殺す。なんとも恐ろしい世相だ。

 平成九年「酒鬼薔薇聖斗事件」が起き、天下の親や子供たちを震えさせる事件であった。その犯人の父親は一流企業に勤めている穏やかな人物であり、母親は極めて教育熱心な人であったと言う。

 又、平成十八年の六月、奈良東大寺学園の男生徒が継母と弟妹を焼き殺した事件があった。平成十九年五月には「ならぬことはならぬ」の「什の教え」で有名な会津若松で皮肉のような恐ろしい事件が起きた。

 母親の首を切ってバッグに入れ、それを持ち歩きながら遊び廻っていた高校生。

 同級生に携帯電話で悪口を言われただけで相手の友人を教室で殺してしまった中学生。

 勉強しなさいと言われた孫が、その祖父をいとも簡単に殺してしまった事件。

 今、裁判中の事件だが、母親が、自分の娘を川に突きおとして殺害し、その上なんの理由もない隣の子供を殺害し捨て去る。

 毎日これでもか、これでもかという程の殺人の報道の連続である。

 戦前は、殺人が全くなかったわけではないが、これ程、異常な、理不尽な殺人が毎日のように発生する昨今の日本の現状は極めて異常と言わざるをえない。

 そればかりではない。政府がいくら手を打っても三万二千に達する自殺者の数は減らない。戦前の日本人の生き様を伝えたテレビドラマ「おしん」は国内はもとより、アジア諸国で大変もてはやされた。国境を越えて、人種の垣根を超えて、辛苦を重ね、それに耐え生き抜いた「おしん」に辛い人生を辿った人程、強い共感を覚えたのであろう。

■先祖と隣近所で織り成す文化

 確かに戦前の日本は貧乏であった。だが、みな凛として生きていた。

 どんな貧しい生活をしていても、毎朝お仏壇にお茶を捧げ、先祖さまにご挨拶していた。

 お盆は先祖たちの里帰りの日であり、働きに出ている人たちの盆休みの日であり、故郷への里帰りの日であった。豊年感謝祭とも見なされる鎮守の祭りには、ちょっとした晴れ着を着てお詣りするし、神輿は氏子たちが担いだものだ。

 これで判るように戦前の日本は、「祭り」や盆、正月の行事は、さほど意識することもなく強い絆の構築の日々であったのだ。

 このような戦前の生き様の数々は、限りなく日本人同士の「横軸」「縦軸」の構築に大きな役割を果たしていた。

 縦軸がよく見えることは、「そんなことをしたら先祖さまに申し訳ない。子孫に恥をさらす」となり、横軸の限りない構築は「そんなことをしたら隣のお家の人に笑われる」となる。つまり、日本人の生き様は「恥の文化」であった。

 村祭りの神への祈りは常に生活の場に拡大援用する。ごはん粒ひとつ残しても罰が当たると親は子に説く。「お天道さまが全てみてござる」と悪に走ろうとする心をおさえる。

 島国であったという恵まれた与件はあったにせよ、これほど「縦軸」「横軸」のよく見える、つまり「絆」の強い民族は他に見当たらない。

 六十三年前、この国は大きな戦争をして敗れた。占領軍は、この民族が再起出来ないようにこの「絆」をズタズタに切りさいたのだ。「縦軸」「横軸」で織り成したものが、他ならぬ日本の文化であり、日本の心であった。

■戦後の豊かさで萎えた日本人

 これは戦争に於ける勝者の常套手段であるが、日本なる国家が有色人種の唯一とも称していい植民地化政策の生き残りであっただけに勝者の敗者に対する文明文化の破壊作業は徹底していた。その上、この国は国民の汗と、想像を越える与件(東西両陣営の対立)によって世界に誇る富を築いた。

 富自身は前にも説いた如く、全人類のめざしている課題だから素直に神仏に感謝することでいい。しかし、日本全国民は、識者の説く「豊かさは全人類のめざす課題だが、辿りついてみると『めざすエネルギー(夢みること)が弱くなり』『耐える力が萎える』」という教訓に謙虚に耳を傾けねばならない。

 つまり、昨今の日本人が特質として持ち合わせていた「忍耐」の概念が稀薄となり、すぐ切れるのは、この二つの大きな理由で襲ってきたものである。

 戦前の筆者の小学校の玄関に「克己心」の額がかかっていた。その意味を尋ねたら受け持ちの先生は「どんな辛いことがあっても、お前がくじけないこと、耐えて耐えて生き抜くこと」と教えてくれた。子供たちは、その時は、半分か、その半分位しか判らなかったけれど、その教訓が静かながらジワジワと染み込んでいった。
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by sakura4987 | 2008-05-01 13:28

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