◆【インド万華鏡】エネルギー安保戦略 “反米”国家と関係強化へ
(産経 2008/5/6)
「他国との関係でいかなる指図も受けない」。インド外務省が4月22日に出したコメントは異例だった。
怒気を帯びたこのメッセージを向けられた相手国というのが、インドの仮想敵国・中国ではなく、自由と民主主義の同じ価値観を持つ米国だったのである。
核開発問題で米国と対立するイランのアフマディネジャド大統領が同29日にインドを訪問するのを前に、米国務省報道官が「インドはイランに対し、国際社会で責任ある行動を取るよう求めるべきだ」と発言したことへの回答だった。
このコメントがニューデリーの外交団で話題となったのは、インドの自主外交を侵害した米国への単なる抗議の意味合いとしてではなく、インドの対外政策の潮流の変化を表すものとして注目されたためである。
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インドを訪れたアフマディネジャド大統領とシン印首相の会談は、予定の2時間を超えた。主要議題は、イランからパキスタン経由でインドに至る天然ガスパイプライン事業だった。
1989年に提唱された懸案の事業で、パキスタンに支払う通過料についてインドが難色を示していた。
しかし会談後の会見で、アフマディネジャド大統領は「ほどなく最終合意できるだろう」と満面に笑みをたたえた。ブッシュ米政権が「イランの核開発資金となる」と懸念していたガスパイプライン事業が、インドの譲歩により実現に向けて動き出したのである。
イランの核開発をめぐってはこれまで、国際原子力機関(IAEA)などで米国の要請を受け、イラン非難で足並みをそろえていたインドが“変心”した最大の理由は、高度成長を支えるエネルギー問題だ。
インドでは2030年の1次エネルギー総需要が05年の消費量の倍以上と見込まれており、現在、中国などと猛烈な資源獲得競争を繰り広げている。インドの原子力発電の拡大に不可欠な米印原子力協力協定はしかし、シン政権に閣外協力する左翼政党の反対で発効のメドが立たず、タイムリミットが迫っていた。
ここでイランが打った手が絶妙だった。
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米国の包囲網形成を阻止したいイランは、アフマディネジャド大統領の外遊の前にチャイナカードを切ったのである。「ガスパイプライン事業に中国も参加を望んでいる-」。焦るインドにはこれで十分だった。
政策研究センター(ニューデリー)の安全保障問題専門家、バーラット・カーナド氏はこう指摘する。「インドが手を伸ばさなければ、中国に奪い取られるだろう。資源争いはゼロサムゲームなのだ。民主主義は関係ない」
インドは4月初めにも、ミャンマー政府と同国西部の港湾開発で合意した。米欧が民主化運動弾圧を非難するミャンマーに対し、その資源確保をにらんで中国同様、支援強化に乗り出したと受け止められている。
親インド的だったブッシュ大統領が政権末期を迎えるにつれ、独自色を強め始めたインド外交が国際社会に投じる波紋は小さくない。