★★★ 日本再生ネットワーク 厳選ニュース ★★★

sakura4987.exblog.jp
ブログトップ

◆若者の無差別殺傷を憂える



 (世界日報 2008/7/2)


乗り切る精神力を育め/学校など集団生活で指導を

           政治ジャーナリスト 細川 珠生


■秋葉原まで相次ぐ通り魔事件


 最近は、背筋が寒くなるような事件が多発している。中でも、秋葉原無差別殺傷事件、いわゆる通り魔事件は、相当の恐怖感を抱かせるものであった。いつ、自分がこのような事件に巻き込まれてもおかしくないと思った人は多かったはずである。

 三カ月前にも茨城県土浦市で通り魔による殺傷事件が、一月には東京都品川区で高校一年生の通り魔による傷害事件が起きた。また三月には岡山県内の駅のホームから突然突き落とされて死亡するという事件も起きた。この四件の事件だけで九人もの死者を出した。しかもわずか半年の間のことである。

 死者を出さないまでも、通り魔事件は今年に入ってからも全国各地で数件おきており、過去五年間では三十件にも上る。今の日本は何かおかしい。そう感じている人が、これらの事件をきっかけに益々増えているのではないだろうか。

 今年に入って起こったこれらの無差別殺傷事件の犯人はいずれも十八歳から二十五歳の青年である。

 平成十九年の傷害事件の認知件数は約三万一千件で、十年前に比べると50%増である。

 そのうち、十代、二十代が犯人となる件数は約一万二千件で、約半数を占めている。

 一方、高齢者が犯人となる犯罪のうち、窃盗犯、刑法犯、暴行などの検挙人員はどれも前年比増。中でも暴行は前年に比べて23・8%も増加している。

 また、万引きによる高齢者の検挙人員数は二万五千八百五十四人で、十代の二万八千百八十六人に迫る。

 確かに、無差別殺傷事件に犯人は若者が多く、昨今の若者の精神力の弱さ、忍耐力の無さ、家庭での教育の問題点が指摘されるのだが、それはそうとしても、実は若者だけでなく、高齢者の犯罪も全般的に増加傾向にあるのだ。

 さらに言えば、殺人事件の検挙件数において被疑者と被害者が親族間である割合は48・1%と年々増加している。

 その中で被害者が親という場合は百三十三件、子供の場合は百二件、そして配偶者の場合は百九十二件となっており、親族であっても、最も近い関係の人が身内を殺害するというケースが、年々増える一方である(データは全て「平成十九年の犯罪情勢」、平成二十年五月二十八日、警察庁発表)。


■難しい状況を与えながら指導

 今や日本は、「誰でもいいから」という無差別殺人から、最も大切な存在であるはずの家族を殺害するという事件が毎日のように起こり、どの層、どの立場の人も、それぞれの置かれている状況の中で、社会や人間関係に息が詰まるかの如く、奇怪とも思える行動が日常的に起きる異様な国となってしまった。

 秋葉原無差別殺傷事件も、犯人の個別事情を追及するだけでは、真の原因究明とはならない。親族間で殺し合いをするということをやめさせるためにも、無差別に狙われる事件が今後起こらないようにするためにも、ありとあらゆる手を早急に打っていかなければならないだろう。

 中でもとかく言われることは、特に若者に多い忍耐力の欠如の問題にどう解決策を講じていくかである。

 これはもはや家庭にだけ任せていては限界がある。よく、昔は兄弟姉妹もたくさんいたし、近所の同じ年頃の子供同士よく遊ぶことで、自然と力関係や忍耐を要する状況が出てきて、その中で人間関係や精神力を身につけていたといわれる。

 しかし、今はそのような状況はほとんどない。兄弟姉妹は少ないし、近所で遊ぶということもあまりない。「自然と」は身につかないのである。

 そうなると、子供たちの主たる集団生活の場である学校で、あえて身につけさせるよう“指導”していかなければならないのである。

 体験を通じた学習が増え、子供の自主性を尊重することにも配慮した今の教育だけではなく、厳しいある種の“規制”を与えながら、子供たちがどう受け止め、乗り越えるのかを指導していくことを抜きに、子供たちの精神力は育たない。

 あるいは、学校外の活動、お稽古事などでもいい。楽しいだけではなく、多少なりとも難しいと思う状況を与え、それを乗り切ることで、がんばるという姿勢も身についていくはずである。


■人生設計を描ける義務教育を

 派遣社員という不安定な就労環境も改善する必要があるといわれているが、そのことが孤独感や希薄な人間関係を作る原因とは言い切れない。

 学歴などにより差がでることを許容しなければ、社会の成長も望めないものである。むしろ、一つの物差しだけで評価されるという社会の在り方を改善し、自分の好きなこと、得意なことに自信を持って進み、周囲もそれを認めることができる社会を作っていく必要があるだろう。

 本来、義務教育の目指すところは、そのようなところにあるのではないだろうか。つまり、人との比較が可能な集団生活の中で、厳しさを体験し、困難を克服し、自分の得手不得手を理解し、自分の進むべき道を見つける。

 義務教育が終わる十五歳に、自分の人生設計が描けていれば、どのような状況になったとしても自信をもって前進できるはずである。

 若者・高齢者の犯罪の増加、親族間の殺人を、単に現代社会のストレスということばで片付けてしまえば、何も手を打てない可能性がある。各層が抱える不安の原因は何なのか、政治家はもっと国民の気持ちに敏感になり、社会の諸制度を作っている責任者としてこれらの犯罪に対策を講じてもらいたい。
[PR]
by sakura4987 | 2008-07-13 12:38

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


by sakura4987