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◆過激派に高齢化の波 闘争形態変更も本質変わらず



 (産経 2008/7/28)


 極左暴力集団(過激派)は昭和32年に組織化されて以来、街頭武装闘争や爆弾闘争、内ゲバを繰り返し、最近では北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)への反対姿勢を鮮明にした。だが、高齢化の波が押し寄せ、若年層を獲得できずに縮小傾向を見せる組織も目立つ。行き詰まった状況を打破しようと、闘争形態を変更したセクトもある。

 過激派の3大セクトは、「革マル派」(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)と「中核派」(革命的共産主義者同盟全国委員会)、「革労協」(革命的労働者協会)。

 警察当局は極左集団を「社会主義、共産主義革命を目指し暴力的な闘争を展開する集団」と定義し、32年1月、元日本共産党員らによって結成された「日本トロツキスト連盟」が源流で、現在の活動家は2万数千人程度とみている。

 34~35年の“60年安保闘争”には延べ約464万人が参加。ベトナム戦争や学園紛争によって高まった反米、反体制ムードが、成田闘争や“70年安保闘争”につながった。44年には学園紛争の中心的存在だった共産主義者同盟(ブント=共産同)が分裂し、最過激派の「赤軍派」が誕生。45年、日航機「よど号」を乗っ取り北朝鮮に渡った。49~50年には、反日思想を持った「東アジア反日武装戦線」による連続企業爆破などの凄惨(せいさん)な事件が続いた。

 ところが、全盛を極めた過激派にその勢いはない。警察当局によると、最盛期の46年当時、中核派は8000人以上、革労協は5000人を擁していたが、現在は4000~5000人と700人程度にそれぞれ減少している。原因の一つは、対立組織同士でメンバーを襲撃する「内ゲバ」。「凄惨さに支持が得られず脱落者が増えた」(警察幹部)。大学の新入生に加入を促すオルグも低調だ。

 近年、極左の中には武装闘争から労働・大衆運動にシフトする動きもみられる。セクト色を薄め、組織の維持、拡大を図る狙いがある。中核派は平成2年には124件のテロ・ゲリラを実行するなど武装闘争を行ってきたが、3年に路線を変更。「4大産別」(自治体、郵政、教育、JR)の労組への働きかけを強め、「改憲阻止」や「日の丸・君が代不起立」などを闘争課題に据える。ブントも分裂し最後に残ったメンバーらは今年1月、組織名を「アクティオ・ネットワーク」に変更、環境問題への取り組みをみせている。

 こうした中、革マル派だけは労組への浸透などで勢力を拡大。警察当局によれば、活動家は約5300人に上るといい、神戸市の連続児童殺傷事件で逮捕された少年の供述調書を病院に侵入して盗み出すなど豊富な資金を背景に非公然、非合法活動を続けている。

 警察当局は「極左は外見が変わり脅威が見えにくくなっているが、革命を起こそうとする本質は変わらない」と警戒を強めている。
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by sakura4987 | 2008-07-28 11:05

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