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◆川崎市南部児童相談所に抗議を!




 昨年6月、加藤家の三人の子供は一方的な理由で川崎の児相によって、誘拐され・隔離されました。

 以後一年余、施設に留め置かれて居ましたが、今月、三人は親に会いたい・戻りたいとの必死の思いでそこを飛び出し、親元へたどり着きました。
 
 一時は親に見捨てられたのではないかと思い詰める程でした。それが今では思いっ切り親に甘える毎日です。

 しかし児相側は自分たちが虐待した事にまるで思い至らず、逆に、逃げた子供が悪いかの様に振る舞い、陰惨な施設へ戻る事を要求しています。
 新たな小・中学校への転校を妨害しています。

 児相職員の偏向した教条(イデオロギー)が通れば、子供の心情と家族は、又、より一層破壊されます。再建出来ません。

 繰り返しになりますが、二度と誘拐・隔離しない事、直ちに転校を認め親元から通学させる事、を抗議して・要請して下さい。


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 今日、川崎児相と電話しました。何も言えないだの、言う必要ないだの連続でした。

 13歳の女の子(145センチくらい)が5歳の男の子をおんぶして、11歳の男の子と走り続けてお母さんのところに帰ったのが全てだ。これをどう思うか、という質問にも、答える必要は無い、とのこと。

 そして、川崎児相としては、裁判所から「入所を承認する」との審判が出ているし、まだ、入所しているものとしている。とのことでした。
 
 私は、「それじゃ、子供の気持ちは無視している。子供達三人が走って逃げたのが答だ。子供の幸せのことを考えないのか。子供の福祉に有害なのはあなた方だ」、と言いました。
 
 また、「母親は5分程度、上の娘に会っただけだ。しかし、そのことが兄弟3人に勇気と力を与えた。監視カメラが怖くなくなった。子供達に5分で勇気を与えられる母親は偉大ではないか。そんな神々しい力を、あなた方児童相談所はもっているのか。あのような高貴な魂を、勇気と力を子供に与えられるのか」、と問いました。
 
 相手は黙ってしまいました。私は、さらに言いました。「施設が親の役目を果たせるものか。施設が家族のかわりになるものか。」と。そして、組織で動いているだの、裁判所の審判だの、と言い続けました。子供の幸せのことは一言もふれませんでした。
 
 「あなた方が在学証明書を出せと学校にいわない限り、あの子供は学校に行けないのだ。施設から通っていたところは、もう、怖くていけないのだ。それを分っていて、施設に戻れとは何事か。あなた方はその高貴な魂において、あの親子に負けたのだ、あとは、権力の濫用をしているのだ。」と言いました。そして、「川崎南部児童相談所は、ミニ北朝鮮だ」、と言いました。
 
 さて、次の文書は、加藤家のポストに投函されていたものです。郵送ではありません。何者かが、加藤家のポストに入れたのです。児相の誰かでしょう。本当に薄気味悪いですが、なかに書いてあることは、もっと薄気味悪いです。


http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/001/904/04/N000/000/001/syuttou.jpg


川崎市南部児童相談所に抗議してください。

 お時間があれば、電話もしてみてください。

 いつも、留守か会議中です。私は、今日、それはないだろう、いつもじゃないか、とどやしつけました。

 電話口の者に名前を聞くと、「名乗る必要はありません」とのことでした。冷血卑劣矮小な者たちのあつまりです。



■抗議先

 川崎市南部児童相談所

 〒210-0804 川崎区藤崎1-6-8

 TEL:044-244-7411

 FAX:044-233-3836

 25nanzi@city.kawasaki.jp


 ここにも訴えよう!!

 川崎市子ども福祉課

 課長の吉川さん

 TEL 044-200-2673

 FAX 044-200-3933

 (このFAXは他の課と共通なので、「子ども福祉課様」と書いてから、訴えを書く)


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私たちは貴職に対して

 施設(隔離所)から親元へ逃げ帰って来た子供たちを、再び誘拐して隔離しない事

 新たに親元から学校へ通わせる上で、前小・中学校からの転校手続きを妨害しない事


                                   を要請します。



 加藤家は川崎に住んで居ました。この時、妻=母は近くに身寄りなどが無かった為、夫妻や親子の問題を市の婦人相談所や児童相談所に相談して居ました。

 しかし既に、いわゆるDV防止法や児童福祉法の改定を受けて職務が改変され、これ等は新たな社会・共産主義や家族無用・破壊論に立つ少数の偏向した職員が主導する、異常な役所となっていました。(従い、妻の相談は的確な解決に結び付かない、不毛かつ危険なものでした)

(ちなみに妻は一度DV法上のシェルター(夫からの隔離所)へ連れて行かれましたが、異様さに気付いて、一夜で退所しています)



 昨年6月4日、父母・子供三人(今年で、一女は13歳・中1、二男は11歳・小5、三男は5歳)が居た時に、父が一女を叱ってゴツンとやったため、一女は鼻血を出しました。子供によく有る単純出血でしたが、母は気が動転して・子供の様子を確かめずに、救急車を呼んでしまいました。

 これで事が重大化して、異常な方向へと進められました。



 (注)この日の件に付いては、先日、支援の会から親に対して、女子の育て方は男子と異なる、これをしっかりとわきまえないで叱ってはいけない。次にもの事をしっかりと見ないで大騒ぎをしては不可、多くの人に迷惑を掛け・自分も不幸になると語りました。かつ子育て上での慎重さへの自覚も大切であり、同じ過ちを続けるなら支援出来なくなると伝えました。



 さて次の日、児相から所員が来て、母に不審を抱かせない雰囲気で、取りあえず一時預かりをするからと母に言い、子供には意思表示もさせずに、三人を連れて行きました。そして数時間後、母が子供を引き取りに行くと、所員から「子供は返せない」と宣言されています。以後、何度も児相へ行きましたが、同じ事を言われ、子供たちは全くの行方不明となり、家族は破壊されました。



 この日に付いて一女は「児相の女の人から、児相から(自宅でなく)違う所へ行きましょう と言われた時に、私は誘拐されたんだと思いました。私にとって児相は誘拐犯です」、二男も「これは誘拐されたんだと思った。でも怖くてどう仕様もなかった。児相は悪い事を平気な顔でする」と述懐して居ます。



 やがて児相側は措置(隔離と抑留)を長期化する為に、8月27日、親の反対を押し切って、家庭裁判所へ「児童養護施設入所措置の申立書」を出します。既に家裁は行政側の申し立ての大半を受け入れるのが前提となっています。親や子供の思いなどとは無関係に、家裁からの申し立てが承認されています。これにより児相の好き勝手が公認された訳ですが、児相側は「親がこの申し立てに反対して居るから、親には会わせられない」などと子供に語っています。

 なお隔離が長期化する中で、親に見捨てられたのかも知れないとの思いが、子供にも生まれていたそうです。



 さてようやくにして、本年6月、子供の隔離されている所が市内の「新日本学園」であり、通わされている小・中学校名も知り得ました。母は子供の安否が心配で、7月4日の朝、登校する一女に会いに行き、校門前で僅か数分だけ話す事が出来ました。



 これは子供に取って、大きな励ましとなりました。「私たちは親に見捨てられていなかった」「このままでは何時まで待っても、親と一緒に暮らせない。でも暮らしたい」「こんな学園での生活はいやだ、いやだ(苛めなども受けていた)」「逃げよう・帰ろう」ここで3人の気持ちが一つになって居ます。家族への復帰です。



 園の見張りが薄くなった6日(日)午後、一女が三男を背負い、二男と手を取り合い、着の身着のまま園を飛び出しています。必死の思いで横浜駅にたどり着いています。途中、三男はおう吐をしましたが、虐待を受け続けた児相側から逃れたい一心で逃げ続けたそうです。



 さて子供から逃げて来たとの連絡を受けた親は驚きあわてて、支援の会へ直ちに連絡を取りました。会からは子供の気持ちを先ず考えて、かつ児相側の拉致(取り返し)に遇わない様に、安全な所へ避難する事、なお子供の心を落ち着かせるのも大切だと伝えました。



 翌7日、支援の会から児相側に子供が誘拐から逃げて来た事、警察を通しての安否確認なら可と伝えました。やがて警察から電話が有り、母と子供は自らの声で「元気でいる」と伝えました。

 なお子供は「絶対に施設へは帰りたくない」「死んでもいやだ(二男)」と親に訴えています。これを支援の会も子供から直接に確認しました。なお、園内での生活の異常さも少しずつ語り始めています。



 子供も落ち着いて来たので、早く学校へ通わせたいと思い、転校の為には在学証明書が必要と聞き、10日に母と祖母が前の小・中学校へ行きました。在学証明は何らの制限なく取得出来るものですが、しかし既に児相側は発行しない様にと学校へ強要して居ました。児相による二次虐待の始まりです。ただひたすらの逃亡にまで追い詰めた責任を無視して、逃亡前の状態に戻せ・子供の気持ちなど感知しない、と権柄づくに言い募る訳です。



 そこで母と支援の会(小菅)は予約して、14日に児相へ行き、上記の要請を直接に行ないました。しかし児相側の春日・古川氏は子供を隔離所に戻せと繰り返すのみ(戻したら、子供の心情は多大に破壊され・回復不可能になる)で対話不可能、やむを得ず、所長との話し合いを求めました。しかし事の重大さにも拘わらず所長は出席を拒否、不調となりました。

(不肖な親だとしても子供に取っては大切です。しかし両氏共に家族破壊は当然、親や子供の思いと利益には関心を持たないかの様な、話し方を続けて居ました)



 17日に支援の会は親と子供三人に会い、子供が平穏で元気な生活をしている様子、子供の今後の希望なども確認しました。

横浜で子供を新しく・正常な学校生活に戻す事、これは急を要しています。貴職らがこの要請書を直ちに受け入れる様にと、強く求めて止みません。



    加藤家家族一同・同親族一同
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by sakura4987 | 2008-07-28 11:25

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


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