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◆空飛ぶ「紙爆弾」、北朝鮮軍も恐れるビラの威力



 (朝鮮日報 2008/10/26)

 http://www.chosunonline.com/article/20081026000014


 今月2日に開かれた南北軍事実務会談で北朝鮮が韓国の民間団体によるビラ散布の中断を要求したことについて、統一部は8日、「該当団体に自制を要請した」と発表した。北朝鮮は2日の会談で開城工業団地事業や開城観光の中断の可能性にまで言及し、ビラ問題に対する強硬な立場を明らかにした。(10月9日付本紙既報)

◆ビラの思い出

 ビラは戦争や鋭い理念対立の現場に例外なく登場する。韓国人にとって記憶にあるビラは、北朝鮮が体制宣伝のためにまいた紙片だ。粗悪なイラストや、扇動的な文言が載っていた。30代‐40代以上の韓国人なら、小学校時代にビラを警察に届けて学用品をもらった記憶があるだろう。

 ビラの語源は、伝単やポスターを意味する英単語「ビル(bill)」だ。日本人がこれを「ビラ」と発音し、これが韓国にも伝わって「ピラ」と呼ばれるようになった。

 冷戦時代の紙爆弾と呼ばれたビラは、韓国戦争(朝鮮戦争)の際に南北が心理戦の手段として活用し、双方合わせて25億枚がまかれた。大部分は、相手側に対し帰順や降伏を勧める内容だった。

 北朝鮮がまいたビラは、「国連軍は早く故郷に帰るべきだ」という内容が多く、国連軍がまいたビラの中には、明るく笑っている北朝鮮の捕虜の写真を載せたものもあった。こうしたビラは、「safe conduct pass」「安全保障証明書」などと呼ばれた。このビラを持って降伏すれば助けてくれる、という意味だ。

 戦後も、南北は体制宣伝をするため互いにビラをまいた。1970年代から80年代初め、北朝鮮はビラを通じ、74年に建設された人民文化宮殿や平壌などを宣伝した。その後、北朝鮮のビラの内容は、韓国の大統領に対する露骨な非難へと変わっていった。

 「銃を振り回すことと人さらいのほかに学んだことはなく…」など、口に出すのもはばかられる人格攻撃も多かった。「やり甲斐のある生活が待っている平壌へ行こう!」「越北勇士、幸福のプロフィール‐彼らは余暇をこのように楽しむ」という露骨な内容が大部分で、「北朝鮮の主体思想を学習する組織が韓国軍の内部に結成された」など、ウソの主張も多かった。韓国の有名スターをビラのモデルに使い、北朝鮮や金正日(キム・ジョンイル)総書記を称賛する内容の文章を記し、韓国上空からばらまいたこともあった。

◆今でもビラが?

 南北当局のビラは2004年6月以降、姿を消した。南北軍事会談で軍事境界線地域における放送・掲示物・ビラなどを用いた誹謗・宣伝活動の中止に合意したからだ。そこで、脱北者団体がビラ散布に本格的に乗り出した。自由北朝鮮運動連合の代表を務めるパク・サンハク氏は、「03年から北朝鮮の人民に送るメッセージを盛り込んだビラを風船に吊るし、北朝鮮に飛ばしている。ビラは北朝鮮の住民に真実を知らせ、北の体制に変化をもたらすために、どんな政策よりも効果的だ」と語った。

 ビラの散布はどのように行われるのか。風船や気球を利用して飛ばすビラの数は、多いときは一度に数十万枚に達する。パク代表は「風船一つに1万枚を吊り下げ、タイマーを使って地域ごとにビラの包みをばらまくようにしている。風船が地上に落ちたらばらばらに散らばるようにして、平壌の北側まで飛ばしている」と語った。1カ月で310万枚のビラを北朝鮮全域にまいたこともあるという。

 今月2日の会談で北朝鮮側がビラ問題について強硬な立場を明らかにして以降、政府も各団体に自制するよう要請したが、脱北者団体は「政府がわれわれを妨げる法的根拠はない」として対立している。パク代表ら韓国の対北民間団体の関係者は今月10日にも、北朝鮮の黄海道海州に近い舞衣島周辺の西海(黄海)海上から、金正日政権打倒を促すビラ10万枚余りを風船に吊り下げて北に飛ばした。

◆ビラの歴史

 外国でもビラの歴史は長い。16世紀にマルティン・ルターが宗教改革を行った当時、弟子の足を洗うイエス・キリストと教皇の足に接吻する群集の姿を並べて描いた絵が、ドイツのあちこちにまかれた。キリストとは反対に、偽善に満ちた活動ばかりを行っていた教皇を告発するビラだった。

 第2次世界大戦のときは、米軍のロバート・マクルーアが連合軍の心理戦部隊(PWD)を率い、1個飛行大隊を動員して降伏の要領を記したビラを敵陣に散布した。また米国は、ベトナム戦争や湾岸戦争、パナマ侵攻作戦の際にビラを用いて心理戦を展開した。アフガニスタン侵攻初期にも、アフガン人がタリバンの犠牲者だという点を強調する宣伝用のビラをまいた。

 ビラは当時、激しい宣伝合戦の道具として用いられたが、歳月が過ぎれば資料として残る。今年春には江原道旌善の「追憶の博物館」で、日帝強占期から韓国戦争を経て90年代に至るまで、韓半島(朝鮮半島)のあちこちでまかれたビラ500枚余りを集めた展示会が開かれた。
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by sakura4987 | 2008-11-03 11:33

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