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◆【大阪特派員】小林毅 包丁職人が流した涙



 (産経 2008/12/5)


 「さくらの花をとる時、みなさんはどうしますか。ちよつと、せいのびするでせう。木の上で鳴いてゐる蝉をとる時も、やはりせいのびするでせう。そして、さういふ時には、みなさんはたのしいでせう。」(石川淳「少年少女讀物 渡邊崋山」)

 「この7月でしたかねえ」。堺市堺区で包丁の刃つけ業を営む伝統工芸士の味岡知行氏(65)が、その話を始めたとき、もう涙がこぼれんばかりだった。

 堺刃物商工業協同組合連合会専務理事でもある味岡氏が毎週土曜日、大阪府立堺工科高校定時制で包丁づくりを教えて4年になる。砂鉄を溶かして玉鋼(たまはがね)を作るところから、軟鉄との接合、焼き入れ、研ぎ、最後の柄つけまでの全工程だ。

 その日の午後も、味岡氏は作業場で生徒たちを指導していた。すると、窓の外から見覚えのある顔がのぞいている。「今年卒業した子やなあ」と思っていると、すっ、と入ってきた。

 「先生、僕、電気工事士試験、受かったんです」「そりゃあ、よかったなあ。でも、それをいいにわざわざ来たの」「味岡先生には、いわないかん思うて」

 味岡氏も真冬に38度の熱をおして授業にきた彼を覚えていた。「休むと遅れる」とティッシュの箱を脇に置き、丸めた紙を鼻に詰めては、工具を操る。そんな姿をみたベテラン教師は「こんなに生徒が変わっていくのを見たのは初めてだ」と驚いた。工具は蹴(け)る、注意してもきかない。それが包丁づくりを始めて1カ月もすると、目が輝いてきたというのだ。

 「『うまくできなくてもあきらめたらいかん、人が1時間かかってできるとこ、何日かかってもいい。絶対あきらめたらいかん、という先生の言葉が印象的でした』といってくれた。もう涙でますわ。教師の喜びは、こういうことか、とさわりを経験させてもらったような気になりました」

 授業で強要したことはないけど、ものづくりのハートは伝わっていたんですねえ、という味岡さんの涙はとまらなくなっていた。

 かつて刀鍛冶、鉄砲鍛冶が盛んだった堺の包丁の切れ味は海外でも知られる。国の伝統的工芸品「堺打(うち)刃物(はもの)」などの包丁類は、同区の堺HAMONOミュージアム即売場だけで月150万~200万円を売り上げている。仕事に関心をもつ若者も増えてきた。

 くだんの卒業生も包丁職人になりたかったのでは、と水を向けると、「どうですかねえ。情けない話ですが、弟子を迎えるのは本当に難しいんです」と味岡氏は残念そうにいった。

 弟子を取ると雇用関係が生じ、最低賃金法が適用される。腕がすべての世界で初心者に時給748円を払うのは正直つらい。一対一の指導中、親方は仕事ができず、売り上げに響く。親方と息子など2、3人の刃物工場では大企業のように、そのマイナスを全体で吸収することもできない。

 親から子、子から孫へと伝わる独自の工夫や技術が弟子を通じて外にもれることへの抵抗もある。深刻な職人の後継者不足も、若者がつらい修業を敬遠しているから、というだけではないのだ。

 ふと、博覧強記の小説家、石川淳が、子供たちに語りかけた文章を思いだした。冒頭に掲げたものである。

 包丁づくりを体験した高校生は、桜の花をとろうと背伸びすることの楽しさ、花に手が届いたときの喜びを知ったはずだ。そんな彼らが、より美しい花をつかもうと、もっと背伸びしたくなったとき、それを支える仕組みを何とか作れないものなのか。話を聞いた帰り道、心から、そう思った。
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by sakura4987 | 2008-12-08 10:44

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