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◆【産経抄】 (産経 2008/12/27)




 京都市内を南北に流れる鴨川の東、京都大学のすぐ近くに吉田山という丘がある。京大生たちの遊歩の場ともなっている。その南側のすそ野あたりが黒谷と呼ばれる。そこに浄土宗の大本山、金戒(こんかい)光明寺という寺院が、そびえるようにして建つ。

 その裏手に広い墓所があり、一角にかなり古い300ほどの墓が整然と並んでいる。幕末、京都守護職として金戒光明寺に本陣を構えた松平容保に従い、鳥羽伏見などで薩摩や長州などの軍と戦って斃(たお)れた会津藩士たちがいた。その藩士たちを埋葬した墓なのである。

 何年か前に訪ねたとき、墓所は手入れが行き届いていた。毎年、福島の会津若松の高校生たちが修学旅行の途中で詣でるのだと聞いた。戦の常とはいえ異郷で戦死し、故郷に帰ることなく、眠っている武士(もののふ)たちのことを思うと、胸を突かれるような気がした。

 82歳で亡くなった早乙女貢さんの『会津士魂』は、その会津藩士たちの苦闘の物語である。続編では戦いに敗れた後、薩長を中心とした明治政府から徹底して弾圧された会津の人々の悲劇を描いている。昭和45年以来30年あまりの歳月をかけて書かれた大長編だった。

 曾祖父が会津藩士だった早乙女さんのライフワークとなった。最も訴えたかった会津の人の「心」は恐らく「あとがき」の次の部分だろう。「かれらの怨みは、ひとしく、倒幕派によって、朝敵・賊軍の烙印(らくいん)を捺(お)されたことにある。戦さに敗れた恨みではない」。

 勝者によりその歴史観・価値観を押しつけられることは、敗戦そのものよりつらいのだという。会津藩だけではない。あの戦争後の日本も、勝者の歴史観を唯々諾々と受け入れ、いまだその呪縛(じゅばく)から抜けきれない人が多い。何とも異常である。
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by sakura4987 | 2009-01-05 13:56

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