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◆米国車:労組に破壊されたビッグスリー



 (朝鮮日報 2009/1/4)

 http://www.chosunonline.com/article/20090104000021


■GMは社員と退職者のバイアグラ代として年間1500万ドル(約14億3500万円)を支出

■退職者の福利厚生費の負担だけで1台当たりの費用が300万ウォン(約19万円)上昇

■高費用構造を打破するためSUVに集中、危機に対してぜい弱に 


 過去100年にわたり世界の自動車業界を引っ張ってきたGM、フォード、クライスラーのいわゆる米国のビッグスリーが破産の危機に追いやられている。その主な原因は経営陣の誤った判断と放漫な経営だ。しかし米国自動車業界の競争力低下には、強硬なことで知られる全米自動車労組(UAW)も大きく影響を及ぼしていた。


 当の労組は今も責任逃ればかりだ。UAWのゲトルフィンガー委員長は最近の会見で、「ビッグスリーの危機を労働者のせいにするのは非常に不当なことだ」と主張した。さらに「ビッグスリーを救済できなければ米国経済は大きな危険に陥ってしまう」として、国民を脅迫している。ビッグスリーの没落は労組だけの責任とは言えないが、労組が大きな影響を及ぼしたことも否定できない。とりわけ退職者やその家族の健康保険料までも全額負担するというビッグスリーの福利厚生は、競争力を失わせる大きな原因になったと指摘されている。





■労組の非効率が1台当たりの生産費用を300万ウォンアップ


 GMの製造ラインで働く労働者の賃金は1時間当たり73ドル(約7000円)で、40ドル(約3800円)台のトヨタやホンダよりもはるかに高い。しかしその73ドルのうち労働者が実際に受け取るのは32ドル(約3100円)だ。残りは福利厚生費となるが、現時点では社員よりも退職者のために支払われる分の方が多い。


 GMなどビッグスリーは現在、30年以上勤続した退職者とその家族に年金や医療保険を支払っているが、その数は当然ながら毎年増加している。現在ビッグスリーの従業員数は約20万人だが、健康保険料を支払う必要のある退職者とその家族の数は78万人だ。実際に支払われた保険料は昨年の時点で46億ドル(約4400億円)に達した。


 GMの退職者に与えられる恩恵は想像をはるかに超えるものだ。ほとんどの医療サービスは無料で、本人は月に10ドル(約957円)、家族は21ドル(約2000円)だけ支払えばよい。そうすれば補聴器や入れ歯、視力矯正手術などの高額医療もすべて無料で受けられる。またGMは社員と退職者の家族にバイアグラを与えているが、この費用だけでも年間で1500万ドル(約14億3500万円)に達している。


 モルガン・スタンレーのアナリストであるスタインメッツ氏は、「退職者向け福祉費用の負担だけで、GMが生産する1台当たりの費用がライバルに比べて1500ドル(約1万4000円)上昇する」「強硬な労組のために発生する目に見えない現場での非効率まで合わせると、日本メーカーに比べて生産費用は1台当たり2000ドル(約19万円)は一気に上昇するはずだ」と述べた。


 労組が作り上げた職業銀行システムも競争力を引き下げている。これは職を失った労働者が再び職を得るまで、健康保険料や生活費の面倒までも会社側がみるという制度で、GMは5000人に対して一人当たり10万ドル(約950万円)を無償で提供している。これらのことから韓国投資証券のソ・サンムン研究員は、「労組の要求をそのままのんできたビッグスリーが最後の時を迎えている」と指摘した。


■ビッグスリーの労組問題は30年前から変わらず 


 ビッグスリーの経営陣が30年間労組の無理な要求をのまされてきたのは、経営陣自らが企業に対する長期的な改革への取り組みを怠ってきたからだ。


 GMの経営者はストなどで業績が悪化すると更迭される可能性があり、労組の要求が不当なものであっても一旦は受け入れることで、ストなどを起こさせない方が会社にとって利益を上げることができたということだ。労組もこのような経営者側の考えを悪用し、会社がどうなってもとりあえずは自分たちにとって多くの利益を勝ち取ろうと努め、また実際にそれに成功した。


 ビッグスリーの組合員に対する健康保険料の支援は1950年に初めて行われた。当時のUAWは、GMの労働者とその家族のための医療費の50%を会社側が支払うことで合意した。その後1961年には労働者100%、退職者50%へと変更され、1967年からは退職者に対しても医療費の100%を負担することになった。GMは1970年には67日間のストの末、組合員に対して30年勤続の保障を行い、事実上解雇が不可能になった。まともに仕事をしていなくても、終身雇用だけでなく退職後の健康保険まで会社側が100%面倒みるという、まさしく「労働者の天国」が実現したのだ。


 しかし、それでも1970年代までは大きな問題にはならなかった。ビッグスリーが米国市場で占めるシェアが90%に達していたことからライバルとの価格競争もそれほど激しくなく、収益も非常に高かった。そのため労組がストを行って車を作らなくなるよりも、労組の無理な要求を聞いてでも車を作り続けた方が利益となった。経営者らがこれらの不合理な状況に対して目をつぶってきたのには、ここにも原因があったのだ。


 ところが問題は1980年代に入って表面化した。低価格の日本車が米国市場に押し寄せ、ビッグスリーの競争力は徐々に落ち込み始めた。米国市場でのビッグスリーのシェアは、現在45%にまで落ち込んでいる。ビッグスリーは過去の全盛期に自ら作り上げた高賃金の構造では、これ以上競争が成り立たないということを悟った。しかし一度制度化された構造を再び変えるのは不可能だった。


 ビッグスリーは労組の要求を呑むことででき上がった高費用の構造に耐えるため、スポーツタイプ多目的車(SUV)やピックアップトラックを売ることで収益を確保し、安い部品を使って費用を抑えるしかなかった。しかしこれらは米国車の品質低下を招き、また生産を大型車やSUV、ピックアップトラックに偏らせ、経営環境の変化に非常に脆弱な構造を作り上げる結果を招いてしまった。


■全米自動車労組 


 全米自動車労組(UAW)はミシガン州デトロイトで1935年に設立され、翌36年にはGMのアトランタ工場で最初のストを行った。自動車工場は鉄鉱石から完成車ができるまで1カ所でも作業が中断すると生産できなくなるため、UAWはこの特徴を十分に活用した。ストによる生産中断という奥の手で経営陣に圧力を加え、クライスラーやフォードにまでその影響が及ぶようになった。


 1937年にUAWがフォードに進出した際、経営陣が雇った男たちがUAWの幹部に暴行を加える場面がマスコミに公開された。その結果、非難の世論が形成されたため、フォードはやむなく労組の要求を全面的に受け入れた。とりわけ1946年から70年までUAWの委員長だったウォルター・ロイターは、交渉に臨む際にビッグスリーのうち1社に対して集中的に攻勢をかけ、そこで勝ち取った条件を別の会社にも要求するという戦略で影響力を拡大していった。しかし1980年代に入り、UAWは二つの大きな失敗を犯した。一つは企業の競争力までも弱めてしまったことで、販売と生産の双方が減少に転じ、結果的に雇用そのものが失われてしまったことだ。1979年にUAWの組合員数は150万人を上回ったが、その後1987年には100万人、2007年には46万5000人にまで減少した。ビッグスリーの組合員に限れば2003年には28万5000人だったのが、昨年は18万人へと4年で37%減少した。


 また、UAWは1990年代から米国への進出が本格化した日本メーカーの米国工場に基盤を作ることにも失敗した。UAWは日本メーカーの工場が集まる南部地域の労働者に組合の設立を促したが、経営者や州政府が「UAWは雇用の維持に大きなマイナスとなる」という点を積極的に広めたことで、結果的にUAWが影響力を持つことはできなかった。
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by sakura4987 | 2009-01-05 13:56

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