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◆フェミニスト神学 野牧流説明の続き



 フェミニスト神学(キリスト教女権活動のこと)の同性愛論争の説明の前に、少し、全体的にどんなことをやっているかを紹介しています。機能は、言葉狩りの例。教も言葉狩りの例を一つ。

①三位一体

 キリスト教では三位一体というものを信じます。神さま、イエス、そして聖霊です。この三つが合体していて、これを崇拝し、信じ、頼り、愛し、畏怖する、これがキリスト教信仰ですごく大切です。

 神様とイエスはどういうものかは一応、誰でもわかったような気になります。しかし、聖霊って何かというと、私もよく分らない。分らないけど、信仰したりお祈りしたり、教会に行って神父様(神父という言葉もフェミニスト神学ではダメらしいが、この言葉はカソリックのもの、カソリックは男しか教会の指導者-教職につけないので、神父でも良い。)や牧師様(プロテスタントの言葉。フェミニスト神学によって、宗派によっては、女も牧師などの教職につけることができる。教職とは、キリスト教会の指導的立場、先生の役目。神父、牧師、伝道師など)のお話を聞いたりするうち、分ったような気持ちになる、或いは、「イエス様のお導きによって」分るようになる。

 なお、洗礼を受ける時点で聖霊が何か、体得しておらずとも、洗礼を受けたあとに体得しても良い。聖霊とは、どうも、神様の生霊(いきりょう)のようなものらしいです。

 話を戻すと、神様は男、イエスも男、聖霊は男か、女か、という論議がクリスチャンのフェミばー達がマジにやっています。聖霊は神様の関係だから、「男性性」だ、という見解が多い。となると、三位一体はジェンダーバランスが悪いわけです。

 しかし、ここで、聖霊を「女性性」と考えることにして父性一辺倒を少し中和したり、もう一つ、神様っぽいものを考え出して、それを女と考え、「四位一体」にする、という斬新な改革を考える人もいます。しかし、キリスト教の今までの歴史伝統の中で、「四位」というのは、どうも、大方の信徒に受け入れがたいのです。

 そこで、さらなる改革(暴挙)を起こしているのか、私が手に入れた資料に、

 「私達は聖書を読むにあたり、前提(先入観)をもって読みすぎる。姦淫した女が群集の前に引きずり出された場面を私達が想像するとき、たいていは、恥じ入ってうなだれている女を想像するが、その女性は夫以外の男とセックスして何が悪いと、堂々と正面を見ているかもしれない。」として「イエスについても、私達は男であるという前提で読むが、もしかして、インターセックスかもしれない」

 という箇所がありました。これは三位一体で聖霊を女、神を男にして、イエスが男だとジェンダーバランスが悪い、インターセックス(半陰陽、両性具有)とすると、ちょうど、ジェンダーバランスが良い、というところから発生した新解釈でらしいすが、同時に、性教協(“人間と性”教育研究協議会)の影響もありかも、というのが野牧流解釈。

 なぜなら、日本基督教団神奈川教区の女権勉強会には、たびたび、性教協関係の人達が講師として招かれて、お話しているからです。


②自虐史観と解釈での歩み寄り


 聖書を女性差別を見つけるために読んだり、教会が歴史的伝統的にどんなにか、女性に固定的な役割分担を強制し、また、差別してきたか、を勉強してます。例えば、創世記でアダムの肋骨からエバが生まれた、という記述は、キリスト教フェミばーにとって、耐え難いものらしい。

 しかし、

 「神様が最初に塵で人を作ってとあるが、その人をアダムと言う。だから、アダムとは人間、人類という意味で、男も女も含めている」

 「アダムがエバのことを、ついにこれこそ私の骨、私の肉、と言っている。これは二人が対等に硬く結ばれているということだ」

 などの、解釈で、それほど批判することもない、などの議論もされています。
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by sakura4987 | 2009-01-25 15:45

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