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◆【紙面批評】「言葉」 戦争より重要な場合も



 (産経 2009/2/5)


 ■関西大学教授・木村洋二

 1月15日、イギリスの外相が「対テロ戦争」という考え方(idea)は間違い(mistake)だった、と表明した。翌16日、各紙の扱いに差はあったが、国際面トップでこのニュースを取り上げた新聞もあった。産経は30日付で「英外相発言が波紋」と題して続報を載せた。

 ブッシュ大統領は「世界には善と邪悪(evil)が存在する…アメリカは邪悪なものとの戦いに怯(ひる)んだことはない」と叫んで、ホワイトハウスを去った。

 だれでも戦争は嫌だが、嫌な戦争にも「ルール」というものがある。市民を巻き込んだ、宣戦布告なしの残虐な殺戮(さつりく)や破壊は、疑いもなく「邪悪」である。だが、邪悪な収奪や抑圧に満ちたこの世界にあって、暴力的な抗議行動や破壊行為だけを「邪悪なテロ」と決めつけるのは、本当に「正しい」のだろうか。

 人間は、「自分は正しい」と信じたとき武器をとる。「邪悪」な敵を根絶やしにしようと戦えば戦うほど、「敵」が増えてしまう戦いもある。家族や友人を殺されるとたいていの人は憎しみに燃えて武器をとるからである。

 従来型の戦争には終わりがあるが、対テロ戦争に終わりはない。和議を結ぶ当の相手が見えないし、そもそも敵の本体が存在しないからである。見えない敵へのおびえは、内部への不信を増幅し、臨戦態勢を永続化する。

 「対テロ戦争」は、中東イスラム世界対西欧ユダヤ-キリスト教世界の対立へ、雪だるま式に転がっていく危険が高い。すでに英政府内では、2年前から「対テロ戦争」という言葉の使用が禁じられているという。本来なら日本のメディアと政府こそ、率先してこの言葉の不使用を表明すべきではなかったか。

 ところで、「9・11」の直後、世界のメディアはこの卑怯(ひきょう)なテロを「神風アタック」と叫んで恥じなかった。この時、「特攻隊は断じてテロではない」と、イギリスまで乗り込んで堂々と抗議したひとりの男がいた。「貴様のことは忘れない」と遺影に誓った特攻隊の航空教官、苗村七郎氏である。

 英在郷軍人会の英雄たちは大きく頷いて握手をもとめ、イギリスのメディアもしっかり報道した。氏の勇敢な“戦い”がなければ、「今日もイラクで神風アタック、3人死亡」といった見出しが世界中で踊っていた可能性が高い。言葉は、戦争よりも重要な場合がある。(大阪本社発行最終版による)
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by sakura4987 | 2009-02-08 12:04

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