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◆20世紀を荒し回った妖怪は双子だった!



                    増田悦佐さん

 http://ja.wikipedia.org/wiki/増田悦佐


 ミシシッピ川を知る者なら、声にだしては言わなくても心のなかで、すぐさまこう断言するだろう。川を管理する委員会が一万あっても……その手に負えない流れを手なずけることも、制御することも、制限することもできないし、川に向かって「こっちへ行け」とか「あっちへ行け」と命ずるわけにもいかない。川をしたがわせることも……障害物を設けて行く手をさえぎることもできない。そんなことをすれば、川はその障害物を破壊するどころか、その上で踊り、あざ笑うだろう、と。
マーク・トウェイン『ミシシッピの生活』(1879年)

 (株)牛之宮主催のボブ・ホイ氏講演会は、聴衆のレベルの高い質問にも支えられて、すばらしい内容だった。当日のボブの発言の中でも、現在国際経済が直面する問題をもっとも鋭く解明した卓見を、残念ながら当日会場に行くことができなかったこのブログの読者とともに分かち合いたい。

 ボブによれば、19世紀後半に誕生し、20世紀を通じて世界の政治経済を撹乱しつづけた妖怪は、共産主義という皆さんが良くご存知の一匹だけではなかった。まったく同じように、「大衆がどう生きるべきかは、大衆自身よりも我々エリートのほうが良く知っている。だから、大衆は勝手気ままに生きていくよりも、我々の厳格な統制のもとで暮らしたほうが幸せなのだ」という、傲慢な大衆蔑視と自分の能力に対する過信を丸出しにした、もう一匹の妖怪も世界を股にかけて暴れ回っていたのだ。この、あまり世間では知られていないほうの妖怪の名は、中央銀行主義と言う。

 共産主義者たちが「思想的に鍛え上げられた前衛党の指導通りに経済を統制すれば、この世から大金持ちと貧乏人の格差が消滅する」と主張したのとまったく同様に、19世紀後半から徐々に姿を現し始めた中央銀行主義者たちは「国家の権威を背景にした頭脳明晰な中央銀行幹部が金利やマネーサプライを適切な水準に保てば、好況や不況の波も消え去り、地上の楽園が実現する」と唱え続けてきた。共産主義思想のインチキ性は誰もが知るところとなり、だます相手を失った「社会主義」圏は1980年代末に自然消滅した。

 しかし、妖怪としてはるかにしぶとく生き残り、今も世界中の人たちをたぶらかして国際経済・国際金融の混乱のもとであり続けているのが、中央銀行主義だ。そもそも金融政策には抑制効果はあるが、刺激効果はない。「ヒモで人を引っ張ることによって行きたいところに行かせないことはできるが、ヒモを押しても人を行きたがらないところに行かすことはできない」という単純な真理がある。あるいは、「ロバを水辺に連れて行ったとしても、そのロバの喉が渇いていれば水を飲むが、水腹を抱えたロバはそれ以上水を飲まない」と言い換えても良い。

 つまり、金融政策というのは、過熱を抑える効果はあるが、冷えこんだ景気を活気づける効果はもともと持ち合わせていないのだ。そして、ここが重要なところだが、過去の大恐慌期にも一貫して「金利を下げ、マネーサプライを増やす」という中央銀行主義者たちが推奨する不況対策は全然効果がなかった。20~25年の長い長い「癒し」の期間を経て信用が再建されるのを待つというマスコミには「無為無策」としてさんざん叩かれる「自然治癒」策を取るか、大戦争を引き起こして人為的な需要激増策を取るかしか、有効な大恐慌対策はないのだ。

 だが、中央銀行だけではなく、政治家、官僚、マスコミが一体となって大恐慌・大不況には金融政策は無力だという真理を押し隠そうとする。もし、金融政策は本当に必要とされるときには無力で、自然治癒を待つのが一番被害の少ない賢明な政策だということがばれてしまったら、「エリートが大衆を支配していたほうが、大衆が自分で物事を決めるより幸せになれる」という大嘘をつき続けることもできなくなるからだ。

 だから、エリート社会の構成員たちはグルになって、「中央銀行主義はまちがっていない。前回の大恐慌のときに失敗したのは、たまたま当時の中央銀行当事者が正しい政策を取らなかったからだ」という歴史の捏造をする。1929年の大恐慌が古典的な事例だ。当時できたばかりのアメリカ連邦準備制度を担っていた連銀幹部たちは、自分たちが許された権限の6倍に当たる買いオペを実施して、マネーサプライの大激増を目指した。つまり、金融政策の教科書通りに模範解答を出したのだ。だが、それだけのマネーサプライ激増策でさえ、なんの効果も発揮しなかった。

 ところが、大恐慌から大不況期の金融政策を解説した経済史の論文・書籍にはほとんど例外なく、「連銀が大胆な金融緩和に踏み出すのが遅すぎたから、ふつうのパニックにとどまるはずだった1929年の大恐慌が、1930年代を通じた大不況に発展してしまった」と書かれている。あるいは、世界を大不況から救った救世主だったはずのフランクリン・D・ルーズベルト大統領が圧倒的な支持を得てやりたい放題に場当たり的な政策を出し、連銀と連邦準備制度は忠実に金融緩和を続けていた1937年の株価大暴落とあらゆる経済指標の底割れも、中央銀行主義者にとっては説明のしようがないので、無視せざるをえない歴史の汚点だ。

 金融政策に景気喚起効果がないのは、論理的に考えれば誰でも分かる当たり前のことだ。中央銀行主義者たちが、危機のたびにこの空証文を出しては惨めに失敗すること自体にはそれほど大きな問題はない。真理は願望で変えることはできないというだけのことだ。

 だが、「中央銀行は金利とマネーサプライを調節することで景気変動をコントロールできる」という「神話」を維持するために、彼らが歴史の捏造に手を染めることにはとんでもなく大きな弊害がある。自分たちの都合のいいように歴史を作り変えることに慣れてしまったエリートたちからは、知的誠実性という本来エリートが持ち続けなければならないはずの資質が失われてしまうからだ。サブプライムローン・バブルの崩壊やバーナード・マドフというペテン師の行状は、欧米の金融業界に巣食う知的エリートたちが、歴史の偽造を続けてきた中で完全に知的誠実性を失ってしまった証拠だ。

 ルーズベルトの場当たり的なその場しのぎ政策が呼び出した魔法の精(ジニー)は、たしかに通常であれば20~25年かかるはずの大恐慌からの回復を5~10年短縮し、1940年代半ばには第二次世界大戦後の大繁栄期をもたらしたかもしれない。だが、それはアウシュビッツや広島・長崎への原爆投下を含む、戦闘員より非戦闘員のほうをはるかに大勢殺しまくることで達成された大恐慌期の短縮だった。一方、1873年に端を発した大恐慌は、中央銀行主義者たちの歴史の捏造もなく、大戦争による人為的な需要喚起もなく、1895年ごろには自然治癒していた。我々が選ぶべきはどちらだろうか?

 冒頭に引用したマーク・トウェインのミシシッピ暮らしに関する洞察が書かれたのは、ちょうど欧米世界が大恐慌に突入したばかりの1875年だった。もちろん、当時トウェイン自身が意識していたか否かにかかわらず、ミシシッピ川とは大恐慌の暗喩である。
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by sakura4987 | 2009-02-18 13:24

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