★★★ 日本再生ネットワーク 厳選ニュース ★★★

sakura4987.exblog.jp
ブログトップ

◆【次代への名言】3月10日・野田宇太郎



 (産経 2009/3/10)


 ■赤い東の空。幾十万の人々が家を失ひ、傷づき倒れながら右往左往してゐるのだらう。「東京最後の日」となるのだらうか(野田宇太郎)

 「陸軍記念日」の昭和20(1945)年のきょう午前0時すぎ、米軍の爆撃機B29約300機が浅草や深川など東京の下町を襲った。詩人、野田宇太郎は吉祥寺に住み、このときは被災を免れたが、戦禍は彼の想像を超えていた。

 「まず下町一帯の密集地帯の周辺に焼夷(しょうい)弾を落として火災をおこさせ、住民の逃げ道のないようにしておいたうえで、つぎに外から中へたたいていったのである。包囲爆撃、ジュウタン爆撃、みな殺しであった」(新名丈夫(しんみょう・たけお)著『太平洋戦争』)。被災者は100万を超え、行方不明者を含めた犠牲者は10万人以上にのぼった。民間人を巻き込むことを想定した無差別爆撃。「軍需工場近くに民家が密集し、軍需用の小規模家内工業が住宅地に混在していた」(文芸春秋社『世界戦争犯罪事典』)などと米軍は説明した。しかし、明白な国際法違反だった。

 「お化けのようなヤケドの人をみても死人をみても、すでに鈍感な神経になったごとく、周囲の人びとの作業は昼となく夜となく奉仕の心で続いておりました」。大著『東京大空襲・戦災誌』にある無名の女性被災者の証言である。その尊い姿を思うとき、ただ、頭を垂れることしかできない。くやしい。
[PR]
by sakura4987 | 2009-03-11 07:13

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


by sakura4987