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2006年 05月 03日 ( 27 )

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 まさかロシア人の口からトヨタの経営思想の核心、「カイゼン」という言葉を聞くとは思わなかった。場所がその進出先サンクトペテルブルクだったとはいえ、である。
 現地で四つのトヨタ店と二つのレクサス店を運営するディーラー、「アクセリカール」。ピカピカのトヨタ車がずらり展示された店舗を奥に進むと、従業員のロッカー室に「お客さま五カ条」なる社訓が掲げられ、二階社長室の書架にはトヨタ式経営に関するロシア語の翻訳本が並んでいる。

 「『カイゼン』は素晴らしい思想。私自身、本を読んで学び従業員に伝えてきた」と、社長のセルゲイ・ジャチェンコ(40)は感慨深げに語る。欧州などにはかなり前から日系企業を通じて浸透しトヨタによって品質管理・コスト削減の哲学にまで昇華された「カイゼン」が今、ロシアにも伝播(でんぱ)しつつあるのだった。

                 ◆◇◆

 スーパーや家電量販店に外国製品があふれ消費文化花開く最大の都、モスクワを前回、描いた。市内を走る外車の数もめっきり増えていた。トヨタが日本の自動車メーカーとして初めて現地生産工場の建設に踏み切った第二の都市、サンクトペテルブルクも、同じ外車急増という現象が覆う。

 「一昨年はトヨタとレクサスを計四千台、昨年は五千八百台売り、今年の年初は在庫が二十三台しかないスッカラカンの状態で迎えた。トヨタが車さえくれれば、確実にもっと売れる」と、ジャチェンコは豪語した。

 だが、ジャチェンコにとり、ここに至る道のりは決して平坦(へいたん)ではなく、トヨタ車販売は「カイゼン」に魅せられた男の一種の賭けでもあった。

 それまで扱っていたスウェーデンのボルボ車が売れ行き不振に陥り、世界のメーカーを研究した結果、一九九七年にトヨタにたどり着く。当時、トヨタ車の販売台数は全土で約二千五百台、知られている車種もカリーナとランドクルーザーくらいだった。現在と違い公式ディーラーの立場も認められず、振り出しは、販売よりも修理などを主体とする「サービス・センター」としてだった。

 それでも、「トヨタの人々がわれわれの意見を聞く姿、成功するための『カイゼン』努力を目にして以来、トヨタを信じて仕事をしてきた…。二〇〇一年に売れたのは二百台に過ぎなかったが、幸せだった」と述懐する。

 〇一年、トヨタはロシア市場の潜在力を重視して現地法人設立を決め、ジャチェンコも公式ディーラーとして事業拡張に乗り出す。その後はディーラー数、販売台数ともに急激な上昇カーブを描き、昨年はレクサスを含めて六万六千台と、新車販売では外国メーカーの中で二位につけた。トヨタの工場進出決定の背景にも販売の好調がある。

                 ◆◇◆

 売れる外車は何もトヨタに限らない。外車全体の新車販売台数は〇二年以降、五倍近くに膨らんで、昨年は中古車も含む外車の販売台数は国産車のそれを上回った。ロシア市場は外国勢の草刈り場と化しつつあるのだ。そしてそこでの現地生産という面でもトヨタは新参組に属すことになる。

 〇二年から現地生産されているフォード車と英高級四駆、ランドローバーを扱う「アフトパサージュ社」(モスクワ)のセルゲイ・チトフ(39)は今年はフォード車を前年の二・五倍、ランドローバーを三倍以上売るとの強気の見通しを明かす。

 「フォードは現地生産で優れたモデルを投入したことに加えて、早い時期にサービス網をロシア全土に張り巡らした。トヨタよりもはるかに短時間でのサービスが可能だ」と、チトフはトヨタへの牽制(けんせい)も忘れない。

 主たる標的はむろん、「すたれた国産車」(チトフ)である。「国産車は取り返しがつかないほど時代遅れになり、国産メーカーには新味ある突破口が見えない。われわれは(小型車)ジグリのような国産車のパイを喜んで食っていくだろう」

 そう威勢良くまくし立てた後に、聞いてもいないのに、「でも国を愛する者としてはとても悲しい。国産車の発展も願っているんだ」と、複雑な感情もポツリ漏らした。

 自動車販売の主戦場の一つであるのに、サンクトペテルブルクにはなぜかタクシーがほとんどない。人々は道端で手を上げて車を止めて、いちいち料金交渉をする。白タクである。だが、止まってくれるのは磨き抜かれた外車ではなく、「すたれた国産車」ばかりだ。

 だから、「このまま外車が増え続ければ、ペテルブルクからタクシーがなくなってしまう」と、アネクドート(小話)にして語られてしまう。

 だが、こんな冗談すら言えないほどに、外車に“占領”されてしまった街がロシアにはある。

 =敬称略

 (遠藤良介)

                  ◇

【用語解説】外国自動車メーカーの進出状況

 トヨタの現地工場(第1期)は来年末の操業開始を予定、当面は年間2万台の「カムリ」をロシア国内向けに出荷する。その後、欧州市場も視野に、年産20万台体制を築く計画だ。

 米フォードは2002年、サンクトペテルブルクに新工場を立ち上げ、独フォルクスワーゲンもモスクワ郊外での工場建設を発表。米GMや仏ルノー、韓国の現代自動車などはロシア国産メーカーとの合弁で現地組み立てを行い、主に低価格モデルを投入する戦略。日産自動車もサンクトペテルブルクでの工場建設を発表した。
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by sakura4987 | 2006-05-03 11:34
 (朝日 06・4・30)

http://www.asahi.com/politics/update/0430/003.html

 日本の歴史問題への対応が、日本と中韓両国との関係だけでなく、日米関係にも悪影響を及ぼしかねないとの懸念が米国の日本専門家の間で広がっている。

 小泉首相が参拝を続けてきた靖国神社が示す歴史観は先の戦争を正当化するもので、日本の戦争責任を認めたうえで成り立つ戦後の国際体制の否定に通じると見ているためだ。日韓や日中の関係悪化は、東アジアの安定を望む米国の国益にそぐわないと考えていることもある。

 ジョンズ・ホプキンズ大学ライシャワー東アジア研究所のケント・カルダー所長は「戦争を正当化することは、日本と戦った米国の歴史観と対立する。異なった歴史解釈のうえに安定した同盟は築けない」という。

 在京米大使館で大使の特別補佐官を務めたこともあるカルダー氏は「多くの米国人が靖国を知るようになると、日米関係の障害となりかねない」と恐れている。

 ジョージ・ワシントン大学アジア研究所のマイク・モチヅキ所長も「米国のエリートは概して靖国神社の歴史観には否定的だ。歴史問題が原因で、日本に対する批判的な見方が強まっている」と指摘する。

 日本は戦後、国際社会復帰にあたって講和条約で極東国際軍事裁判(東京裁判)を受諾した。靖国神社には、その東京裁判で裁かれた東条英機元首相らA級戦犯も合祀(ごうし)されている。米国の識者らが懸念するのは、首相の参拝が結果的に戦後日本の出発点に反することにならざるを得ない点だ。

 ブッシュ大統領が首相の靖国参拝を批判することはなく、国防総省も日本の歴史問題を重視していない。だが外交を担う国務省内には、日米が協力して中国を国際社会のパートナーにしていこうという時に、日中首脳会談もままならない日本に対するいらだちがある。

 国務省内の不満について、カルダー氏は「隣国と対話できない日本は、米国にとっても役に立たない。日米同盟が機能するのは、日本がアジアのなかで役割を果たしてこそだ」と解説する。

 対米関係に携わってきた日本外務省幹部も「政権の外では日本の歴史問題に対するワシントンの雰囲気は厳しい。今は日米両首脳が蜜月関係にあるから騒がれないが、首相が代われば分からない」と話している。
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by sakura4987 | 2006-05-03 11:33
 (朝日 06・4・30)

http://www.asahi.com/politics/update/0430/003.html

 日本の歴史問題への対応が、日本と中韓両国との関係だけでなく、日米関係にも悪影響を及ぼしかねないとの懸念が米国の日本専門家の間で広がっている。

 小泉首相が参拝を続けてきた靖国神社が示す歴史観は先の戦争を正当化するもので、日本の戦争責任を認めたうえで成り立つ戦後の国際体制の否定に通じると見ているためだ。日韓や日中の関係悪化は、東アジアの安定を望む米国の国益にそぐわないと考えていることもある。

 ジョンズ・ホプキンズ大学ライシャワー東アジア研究所のケント・カルダー所長は「戦争を正当化することは、日本と戦った米国の歴史観と対立する。異なった歴史解釈のうえに安定した同盟は築けない」という。

 在京米大使館で大使の特別補佐官を務めたこともあるカルダー氏は「多くの米国人が靖国を知るようになると、日米関係の障害となりかねない」と恐れている。

 ジョージ・ワシントン大学アジア研究所のマイク・モチヅキ所長も「米国のエリートは概して靖国神社の歴史観には否定的だ。歴史問題が原因で、日本に対する批判的な見方が強まっている」と指摘する。

 日本は戦後、国際社会復帰にあたって講和条約で極東国際軍事裁判(東京裁判)を受諾した。靖国神社には、その東京裁判で裁かれた東条英機元首相らA級戦犯も合祀(ごうし)されている。米国の識者らが懸念するのは、首相の参拝が結果的に戦後日本の出発点に反することにならざるを得ない点だ。

 ブッシュ大統領が首相の靖国参拝を批判することはなく、国防総省も日本の歴史問題を重視していない。だが外交を担う国務省内には、日米が協力して中国を国際社会のパートナーにしていこうという時に、日中首脳会談もままならない日本に対するいらだちがある。

 国務省内の不満について、カルダー氏は「隣国と対話できない日本は、米国にとっても役に立たない。日米同盟が機能するのは、日本がアジアのなかで役割を果たしてこそだ」と解説する。

 対米関係に携わってきた日本外務省幹部も「政権の外では日本の歴史問題に対するワシントンの雰囲気は厳しい。今は日米両首脳が蜜月関係にあるから騒がれないが、首相が代われば分からない」と話している。
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by sakura4987 | 2006-05-03 11:33
 (民団新聞 06・4・26)

http://mindan.org/sibu/sibu_view.php?newsid=6620&page=1&subpage=1270&sselect=&skey=


地方参政権早期実現強く要望


≪韓日関係改善に尽力を≫

 民団中央本部の河丙鈺団長ら新執行部役員は、日本の政党代表や元首相らを表敬訪問し、改革民団への強い意志を表明しつつ新たに生まれ変わる在日社会を温かく見守るよう求めるとともに、地方参政権の早期実現および無年金同胞対策など在日の懸案に対して全面的な支援を要望した。なお、自民党と民主党には後日訪問する。

 河丙鈺団長は20日、朴小秉副団長、姜英之企画調整室長らとともに公明党を表敬訪問し、神崎武法代表をはじめ浜四津敏子代表代行、冬柴鉄三幹事長、太田昭宏幹事長代理らに地方参政権の早期実現を要望した。

河団長は現在の韓日関係について、「小泉首相の靖国神社参拝などでギクシャクしている」と懸念を表明し、「韓日両国の関係が未来志向で進むようお願いしたい」と強調した。

 これに対し神崎代表は、「02年サッカー日韓W杯で示した友情の和を今年もう一度再現させたい。今後も両国の友好促進に全力で取り組みたい」と答え、冬柴幹事長も永住外国人の地方選挙権付与について「実現に向けて粘り強く進めていきたい」と積極的な姿勢を示した。

 翌21日には社民党を訪問し、河団長は「民団の改革によって新たに生まれ変わる在日韓国人社会を積極的に支援して欲しい」と要望した。また、同席した河政男国際局長は「入管法と関連して改正された旅館業法で外国人宿泊者の旅券呈示義務は人権侵害の要素が大きい」と懸念を表明した。

福島みずほ党首は「改革民団の趣旨にまったく賛同する。良い結果を生むように祈る」と期待を寄せながら、「在日が抱える問題は参政権だけでなく無年金問題や在韓被爆者など山積している。今後も社民党は民団と一緒に頑張っていきたい」と述べた。


≪若者の交流が大切≫

 また、元総理の中曽根康弘日韓協力委員会会長を訪問し、改革民団への強い意志を表明するとともに、在日韓国人社会への理解を求めた。河団長は現在の韓日関係について、「独島問題で不安な関係に置かれている韓日関係が円満に解決すると同時に在日韓国人社会を積極的に応援して欲しい」と要望した。

 中曽根会長は「先日、韓国の優秀な青年たちの訪問を受け彼らときたんのない意見交換を行った。両国の関係が未来志向で進むには、若者の交流が最も大切」と指摘した。

 さらに前総理の森喜朗日韓議員連盟会長を訪問し、河団長は緊迫している独島問題について、「韓日関係が円満に解決できるようお願いしたい。改革民団にも積極的に声援してほしい」と要請した。

 森会長は「韓国とは平和的かつ円満に解決することを心から願っている。日韓両国の明るい未来のために民団が架け橋役をしなければならない」と語った。
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by sakura4987 | 2006-05-03 11:32
 (民団新聞 06・4・26)

http://mindan.org/sibu/sibu_view.php?newsid=6620&page=1&subpage=1270&sselect=&skey=


地方参政権早期実現強く要望


≪韓日関係改善に尽力を≫

 民団中央本部の河丙鈺団長ら新執行部役員は、日本の政党代表や元首相らを表敬訪問し、改革民団への強い意志を表明しつつ新たに生まれ変わる在日社会を温かく見守るよう求めるとともに、地方参政権の早期実現および無年金同胞対策など在日の懸案に対して全面的な支援を要望した。なお、自民党と民主党には後日訪問する。

 河丙鈺団長は20日、朴小秉副団長、姜英之企画調整室長らとともに公明党を表敬訪問し、神崎武法代表をはじめ浜四津敏子代表代行、冬柴鉄三幹事長、太田昭宏幹事長代理らに地方参政権の早期実現を要望した。

河団長は現在の韓日関係について、「小泉首相の靖国神社参拝などでギクシャクしている」と懸念を表明し、「韓日両国の関係が未来志向で進むようお願いしたい」と強調した。

 これに対し神崎代表は、「02年サッカー日韓W杯で示した友情の和を今年もう一度再現させたい。今後も両国の友好促進に全力で取り組みたい」と答え、冬柴幹事長も永住外国人の地方選挙権付与について「実現に向けて粘り強く進めていきたい」と積極的な姿勢を示した。

 翌21日には社民党を訪問し、河団長は「民団の改革によって新たに生まれ変わる在日韓国人社会を積極的に支援して欲しい」と要望した。また、同席した河政男国際局長は「入管法と関連して改正された旅館業法で外国人宿泊者の旅券呈示義務は人権侵害の要素が大きい」と懸念を表明した。

福島みずほ党首は「改革民団の趣旨にまったく賛同する。良い結果を生むように祈る」と期待を寄せながら、「在日が抱える問題は参政権だけでなく無年金問題や在韓被爆者など山積している。今後も社民党は民団と一緒に頑張っていきたい」と述べた。


≪若者の交流が大切≫

 また、元総理の中曽根康弘日韓協力委員会会長を訪問し、改革民団への強い意志を表明するとともに、在日韓国人社会への理解を求めた。河団長は現在の韓日関係について、「独島問題で不安な関係に置かれている韓日関係が円満に解決すると同時に在日韓国人社会を積極的に応援して欲しい」と要望した。

 中曽根会長は「先日、韓国の優秀な青年たちの訪問を受け彼らときたんのない意見交換を行った。両国の関係が未来志向で進むには、若者の交流が最も大切」と指摘した。

 さらに前総理の森喜朗日韓議員連盟会長を訪問し、河団長は緊迫している独島問題について、「韓日関係が円満に解決できるようお願いしたい。改革民団にも積極的に声援してほしい」と要請した。

 森会長は「韓国とは平和的かつ円満に解決することを心から願っている。日韓両国の明るい未来のために民団が架け橋役をしなければならない」と語った。
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by sakura4987 | 2006-05-03 11:32
 (産経 06・5・1)

 今年に入ってアメリカの対中国認識がかなり変わってきたように思われる。

 昨年までは中国との経済関係に気をとられ、目先の利益への思いこみがアメリカの国益を無視しての言動となって現れていた。

 ヤフーやグーグルといったIT企業が北京政府の言論統制を承知で中国に進出し顰蹙(ひんしゅく)を買ったり、私が面談した上院のベテラン、ルーガー外交委員長などもいかなる根拠でか中国は近い将来、向こう五年ほどの間に開かれた選挙を行うようになるだろうなどといい出して驚かされたが、日本無視中国偏重の観のあったゼーリックなどが中国にステークホールダー(責任共有)たれなどといい出し、先般の胡錦濤主席の訪米の折のアメリカ側の扱いや首脳会談後のそれぞれ擦れ違いの談話を見ても、資源問題でアメリカのいわば庭先である中南米に手を突っこみ始めたり、かつてのアメリカ兵虐殺引き回し事件後宿敵となったスーダンから多量の油を買いこみ、その対価を武器で払っている中国にアメリカがさすがに不快感と警戒心を抱き始めたのがうかがえる。

 加えてホワイトハウスでの両首脳の演説の最中に、中国政府の自由弾圧について「大統領、その男に人殺しをさせないで!」という野次が飛ぶ異例の出来事に象徴されるように、共産党政権による非人間的支配の実態が隠しようなく徐々に露呈してきている中国社会の不安定性への懸念が背景としてある。

 先日、外務省高官との会談の折、中国の国民大衆による暴動の頻度の数字について正され驚いた。

 私が過去数十回といったら、「とんでもない、我々が把握しているところでも過去一年に中国国内で起こった暴動の数は大小三万七千回を超えています」と。

 これはベラボウな数字で、ということは一日に優に百回を超す国民の政府への謀反があちこちで行われているということだ。

 それは即ち質の悪い経済高成長を強行してきた北京政府への反発だろうが、それを受けて北京政府が果たして質の良い低成長に切り替えることが出来るかどうか。貧富の驚くほどの格差を招きながら敢えて行われている経済成長はそう簡単に止まるものでありはしまい。

 そうした国内の本質的な不安定要素を抱える政府は、その鬱憤をそらすために一時期反日キャンペーンを計ったが、その失敗に気づきこれを抑制しだした。

 その証拠にある外交関係者が意識的に中国国内で試みている反日キャンペーンのインターネットへの書きこみは、行ってすぐに他から検索してみると、二十五分後には管理当局によって完全に消去されているそうな。

 IT時代の共産党政権による言論統制の実態はかつてオーウェルが書いた『1984年』をはるかに上回っている。

 そうした政治背景の下に無制限に近く行われている中国の軍事力拡張が、近い将来何をきっかけに、彼等をどのような冒険主義に駆り立てるかは世界全体の不安要因に他なるまい。

 それはわが国にとっても脅威であるといった民主党の前原前代表のごく当然なコメントを、同じ党の鳩山幹事長が、「相手の善意を信じれば脅威とはならない」などと能天気な反論をして驚かされたが、自国の民衆を弾圧してはばからない共産党政権の舵取りは、日本にとってはかつての米ソ対立の冷戦構造下よりも大きな危険を我々にもたらしていることは自明だろう。

 アメリカも遅まきながら同じ認識を持ち出したといえる。その最たる現れは近くハワイで行われる新兵器を束ねた大規模な軍事演習で、動員される空母は五隻、艦載機は五百機、潜水艦は四十隻。

 搭載される長距離巡航ミサイルは六百発という規模と聞く。これはあきらかに、昨年中国が何を目的としてか開発実験し一応の成功を示した、原潜から発射される長距離弾道ミサイルの顕在化が引き金となってのことだろう。

 しかしなお前にも記したように、核兵器の撃ち合いとなった時アメリカが生命の消耗戦に耐えられるかどうかは疑問ではある。

 私が昨年ワシントンとニューヨークで行ったその趣旨の発言に誇り高き(?)アメリカ人は反発しきりとも聞くが、それを受けてアメリカのある要人は在ワシントンの私の友人に託して、我々は責任をもって日本をも守るとは明言出来ないが、これから行う演習を含めて、我々は我々の国を中国からは絶対に守ることが出来るということを相手に銘記させるだろうといってきた。

 これは我々の多くが妄信している日米安保がらみで極めて含蓄あるメッセージではある。

 しかし今の日本としては、アメリカの正当な中国認識の下での軍事力整備の中で、かつてレーガン時代に宇宙軍拡競争によってソビエトが経済を疲弊させ、湾岸戦争という代理戦争によって通常兵器による戦闘でもアメリカにはかなわぬという認識を持たざるを得なくなり、そうした機運の中で台頭してきたペレストロイカに軍そのものが保身をかけて賛同し、共産党支配がついえたという歴史の事例の再現に期待するのが、せいぜいのところだろうか。

 ただ、その過去の歴史の事例と根本的に異なる点は、今日体質的に衰弱しつつあるアメリカ経済にとっての中国経済の占める比重が、かつてのソビエトとの対立時とは構造的に異なるということだが。
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by sakura4987 | 2006-05-03 11:31
 (産経 06・5・1)

 「最近の若い者は…」という大人たちのタメ息まじりの嘆きは、弥生や縄文どころか、おそらく旧石器時代までさかのぼるであろう。

 たとえば「徒然草」の吉田兼好は「若き時は、血気内に余り、心物に動きて、情欲多し」「身を誤(あやま)つ事は、若き時のしわざなり」と書いた。

 昭和の文芸評論家、小林秀雄は「青年といふものは、人間と呼ぶには決してふさはしいものではなく(中略)、一種の動物に違ひない」と断じた。

 何千年と続いている若者バッシングは、大人の側の屈折した心理を写す鏡でもある。まず挙げられるのは、若者が特権として持つ「若さ」そのものに対する嫉妬(しっと)である。

 さらに「最近の若者」と自らの若者だったころを重ね合わせ、何の検討も反省も加えずに、自らのころを理念化(理想化)してしまっているのだ。

 ここ二十年ほどのスパンでも、シラケ世代や新人類、パラサイトシングル、フリーターなどという呼称を作り上げ、批判の矢を放ち続けた。その極めつけがここ二年ほどのすさまじいニート・バッシングであろう。

 ニート(NEET)とは英語の「Not in Education、Employment or Training」の略で、「学生でもなく、働いてもいない若者」という意味である。

 このニートが急速に増えているというのだが、多くの「ニート本」のデータにはズサンなものが多い。増加の客観的な根拠も不明だ。

 昨年七月に発表された内閣府の「青少年の就労に関する研究調査」によると、十五歳から三十四歳までの無業者(学生、既婚者を除く)のうち、働きたいが求職活動を行っていない「非求職型」は平成十四年で約四十三万人、働くことを最初から放棄している「非希望型」は約四十二万人となっている。この二つを足した約八十五万人が「ニート」とされる。

 問題となるのは「純正ニート」にあたる「非希望型」だ。しかし、このタイプは十年前の平成四年で約四十一万人であり、ほぼ横バイなのである。

 「非求職型」だけが十七万人ほど増えているが、雇用情勢の悪化などが原因であることは容易に理解できる。

 以上のデータは「『ニート』って言うな!」の共著者、本田由紀氏の論文によって知ったが、「非希望型」の中には、花嫁修業中や留学準備中の若者たちも含まれている。

 だから最近のニート・バッシングは「非希望型」のコア部分に当たる「ひきこもり」層に向けられているにすぎない。だが「ひきこもり」など、すでに二、三十年ほど前から社会問題化している。今さら「ニート」という新たな意匠を持ってきて大問題化する必要などないはずである。

 夏目漱石の作品に頻繁に登場する高等遊民なども典型的なニートに当たるように、明治の文士や昭和初期のモガ・モボなど「非希望型」の若者など今も昔もどこにでもいた。それこそ旧石器時代にもいたはずである。

 ニート・バッシングには、社会的な「異物」を見つけ、それを集中的に批判せずにはおられない大人の側の屈折した心理によってもたらされた部分が大きい。度が過ぎると、マスヒステリーにいたる。

 兼好法師は前述の段で、「老いて、智(ち)の、若きにまされる事、若くして、かたちの、老いたるにまされる如(ごと)し」と説いている。外来語を輸入して、新しい装いでバッシングなどをするのはやめ、「最近の若者」のために、もっとその「智」を有効に活用すべきである。
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by sakura4987 | 2006-05-03 11:31

(世界日報)

執拗な裁判遅延作戦
 殺人などの重大事件の審理に一般国民が裁判官とともに当たる「裁判員制度」が〇九年から導入される。それによって国民意識に合致した量刑が下され、従来の遅延裁判の解消も期待されるが、この改革に逆行するかのように最近、一部弁護人が執拗(しつよう)な裁判遅延戦術を繰り広げている。

 一つは地下鉄サリン事件など十三事件で殺人罪に問われているオウム真理教元代表の松本智津夫(麻原彰晃)裁判、もう一つは山口県光市の母子殺害裁判だ。

 麻原裁判は一審に約八年の歳月を要した(九六年四月-〇四年二月)。実に公判二百五十七回、国選の弁護士報酬四億五千万円が支払われたが、死刑を回避しようとする弁護人の遅延作戦に利用されただけだった。

 しかも控訴審では弁護側は訴訟能力がないとして刑事訴訟法で定められている控訴趣意書を期限までに提出せず、そこで高裁は一度はその延期を認め、さらに医師による精神鑑定まで行った。それでも弁護側は提出せず三月二十七日、ついに控訴棄却が決まった。

 一方、母子殺害事件では最高裁で開かれた上告審弁論(三月十五日)に弁護人が出頭せず、このため最高裁は出頭命令を出すに至った。この弁護人は麻原裁判の一審で主任弁護人だった安田好弘弁護士らだ。彼らはかねてから死刑廃止論を主張し、死刑への逆転判決が予想される最高裁の浜田邦夫裁判長の定年退官(五月末)を待って合議やり直しを画策した。

 読売は「安田好弘弁護士ら死刑廃止を求めるグループはこれまでも、オウム真理教の松本智津夫被告の裁判などで、審理をストップさせる手法をとったことがある」と指摘している(三月十五日付解説)。

弁護側の「異例」見ず

 さて、こうした経緯を縷々(るる)述べたのは、札付きの弁護人を擁護している朝日記事を紹介したいからだ。それは佐々木学、山口進記者の署名入りで掲載された「相次ぐ裁判所の『強権』発動/異例の裁判打ち切り」(四月六日付)である。

 記事は前述の二つの例を「刑事裁判の途中で、裁判所が弁護側の『抵抗』を排除して裁判を打ち切る――などの思い切った手段に出るケース」と書き、「異例」や「強権発動」の文字を乱発し、裁判所のほうが異常であるかのように記す。同裁判では弁護側の控訴趣意書の未提出こそ「異例」のはずだが、朝日は高裁の控訴棄却決定を「異例」と書いているのだ。

 また母子殺害裁判では「安田氏によると、弁護欠席にはやむを得ない事情があった」と、担当弁護人からの引き継ぎの遅れを欠席理由にする言い分を鵜呑(うの)みにしている。だが、朝日が書く「やむを得ない事情」とは、前述の読売によれば「日弁連が開催した裁判員制度の模擬裁判のリハーサル」にすぎない。

 つまり、安田弁護士は模擬裁判それもリハーサルには出席しても、模擬でもリハーサルでもない本番の母子殺害という重大事件の最高裁弁論はすっぽかしたのだ。これを朝日記者が本気で「やむを得ない事情」と思っているなら裁判を愚弄(ぐろう)するものだ。弁護人交代時期が最高裁合議の遅延を目的にわざと選んでいることにも記事は触れない。

 そして記事は六〇-七〇年代の大学紛争や公安事件の裁判が多くあった「荒れる法廷」の時代には弁護人抜きでも開廷できる「弁抜き法案」の動きがあったが、このときは「学生運動に対する一般市民の『共感』が一定程度はあった」ので見送られ、それ以降、「ルール破り」に目くじらを立てなくなったとしている。

左翼法曹の支援記事

 この朝日の“歴史認識”は左翼集団のそれである。そもそも「弁抜き法案」という呼称自体が左翼用語で、正式には刑事訴訟法改正案だ。それに同法案が俎上(そじょう)に載ったのは七〇年代後半で、学生運動はハイジャックや企業爆破などエスカレートし、一般市民の「共感」はこれっぽっちもなかった。

 ところが、左翼弁護士グループは裁判闘争と称して公判ボイコットなど「ルール破り」を繰り返し、裁判所はそれに屈してきた。「目くじらを立てない」のではなく、立てられなかったのだ。それがようやく正常化に向かっている。

 朝日はこの動きを「厳罰化を求める世論」と言っている。ならばその世論に目覚めて古い皮袋をさっさと捨てるべきではないのか。

(増 記代司)
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by sakura4987 | 2006-05-03 11:30
 (世界日報 06・5・2)

本紙、全国の担当課にアンケート


「苦情ない」と改めぬ地域も

 内閣府男女共同参画局は昨年十月末、「男女共同参画社会基本法の趣旨と異なる不適切な事例」について具体的に過激な性教育、男女同室着換え、男女同室宿泊とともに、同色トイレも挙げた。

 しかし世界日報社が各県の男女共同参画課(室)にアンケートした結果、同色トイレを男女別表示に改めると回答した県がある一方、「苦情・混乱はない」との理由で同色トイレの見直しをしない県もあり、内閣府の見解への対応が分かれた形となった。(編集委員・鴨野 守)

 男女共同参画局は昨年十月三十一日付の「都道府県・政令指定都市の男女共同参画担当課(室)」あて事務連絡で「男女共同参画社会基本法の趣旨と異なる不適切な事例に関する内閣府の考え方」を説明。

 地域の男女共同参画センターなどの施設のトイレの男女別の色別表示について、「利用者等の御意見を十分に聞きながら、地域の施設として活用されるよう地域で判断すべきであり、男女共同参画の趣旨から導き出される事例ではありません」と述べ、同色トイレは男女共同参画とは無縁の「不適切な事例」とした。

 また、昨年末に閣議決定した第二次男女共同参画基本計画でも、わざわざこれに言及して、トイレの男女同色表示は「男女共同参画の趣旨から導き出されるものではない」と明言したのである。

 だが、世界日報社がこのほど四十七都道府県の男女共同参画課(室)に①男女共同参画センターのトイレの色別表示②「ジェンダーフリー」の文言使用の有無などをアンケート。

 半数近い二十二の担当課(室)から返答を得た。さらに千葉県や神奈川、大阪府内の市立のセンターや担当課などにも追加アンケートを実施した。

 その中で男女同色トイレであると答えたところは青森県で一件(濃いグレーで男・女と表記)、福島県で一件(グレー)、長崎県で一件(黒色で男性手洗・女性手洗と扉に表記)、佐賀県で一件(オレンジ色で男性用・女性用と表記)、宮崎県で一件(緑色で男性・女性と表記)。

 多くの市町区立の推進センターを抱えている東京、大阪、埼玉、千葉、神奈川、福岡県などの担当者からは、市町区立のセンターについて「把握していない」、または無回答だった。

 こうした同色トイレのあるセンターでも「近く転居する際、男女色別表示の予定」(長崎県)、「県庁舎本館に準じて、男性用は青、女性用は赤の表示にする」(宮崎県)と変更する意向を表明した。

 一方、青森、福島、佐賀では「デザイン表示で識別できる」「混乱や苦情もないので変更しない」と答え、対応に差が生じている。

 市レベルでも対応は分かれる。大阪市立男女共同参画センターは全五館のトイレすべてが黒色のモノトーンだったが、「利用者の方から『分かりにくい』とのご意見が寄せられたことから、今年度以降はトイレ表示の色についてより分かりやすいものに改めていく予定」と返答。

 だが、同じ黒色の同色トイレである大阪府堺市のセンターを管轄する同市男女共同参画推進課では、「性別によって、あえて色分けをせず、性別による一定の価値観を与えることなく、男女共同参画社会の実現をめざすため」と説明。

 今回の内閣府における男女共同参画の趣旨での混乱とは関連がない、として変更は考えていないという。

 内閣府男女共同参画局は本紙の電話取材に応じて、「男女共同参画の趣旨からは同色トイレは導き出されるということではない、という考えを表明したものであって『同色トイレを見直せ』と言っているものではない」と答えた。


◆依然多い「ジェンダーフリートイレ」


「改善求めず」男女共同参画局が明言
(1面から続く)
 昨年九月一日付「毎日新聞」は読者の投稿欄に、埼玉県加須市の主婦、田中多恵子さん(49)が市民文化センターのトイレを出ようとした際、男性と遭遇する体験談を掲載した。田中さんは「あらっ」と思い、その男性も「えっ、女子トイレ?」と少し驚いた様子で足早に出て行ったという。

 その原因はトイレの表示が男女同色だったからだ。田中さんは、他県でもトイレの男女表示を同色にしている施設では間違える人が続出していることに触れ、「『男女の区別は差別』という奇妙な考えがあるそうだが、性差否定もここまでやると笑い話のようである」と極めて良識的な発言をしている。

 この毎日新聞の記事を読んだある読者が市役所に問い合わせをしたところ、市幹部は「自分もおかしいと思っていた。今度見直したい」と発言したという。市民担当支援課は本紙の電話取材に「市民からのご指摘もあり、女子トイレに赤いシールを張り、男女別色分けをした」と答えた。

 しかし前述の田中さんが言うように、男女同色トイレは「笑い話」などではまったくない。当事者は真剣に、同色トイレの導入に踏み切っているのである。太宰府市の観光複合施設「太宰府館」のトイレ表示も平成十六年秋の開設時から黒色同色だったが、その理由を上彊(つとむ)館長は読売新聞の取材に答えて「男女で色分けするのは、条例や、性別による不利益の解消を目指すジェンダーフリーの見地から好ましくないと判断したから」と説明。同市女性センター「ルミナス」の副島紀身館長も「固定観念の排除という狙いは評価できる。表示板が小さく見えにくいかもしれないが、色分けはすべきではない」と明確な意思が同色トイレには込められている、と明言しているのだ(昨年一月二十日付)。だが同館は、女性トイレに男性が誤って入るトラブルが相次ぎ、国会でも議論されたこともあり、その後色分け表示に変えた。

 福岡県久留米市の男女平等推進センター「えーるピア」も同色トイレ表示の根拠として、「ジェンダーにとらわれない工夫」「今までの男女の固定的なイメージ(例えば女性は赤色・スカート姿、男性は青色・ズボン姿といった表現など)を使わず」と広報誌で明言している。堺市男女共同参画推進課も今回の本紙アンケートに「性別によって、あえて色分けをせず、性別による一定の価値観を与えることなく、男女共同参画社会の実現をめざすため」と返答した。

 たとえ「分かりにくい表示」であろうとも、それが男女共同参画を進める活動だと当事者が理解したからにほかならない。別の表現を使えば、上彊館長も口にしている「ジェンダーフリー思想」(社会的文化的性差の解消)の浸透こそ、男女共同参画の推進と理解したからである。全国の男女共同参画センターがあえて同色トイレを導入したのは、こうした明確な意図があってのことである。本紙のアンケートに答えなかった県には、このような同色トイレを抱えた施設が数多くあるものと考えられる。

 地方自治体の関係者や運動家は、国で基本法が制定されると、これにかかわった学者らを講師に招き、各地で条例づくりに着手。次に推進センターを建設する時、見本としたのが東京都のウィメンズプラザであり、埼玉県にある国立女性教育会館(ヌエック)であった。両館ともに男女共同参画の趣旨を普及啓蒙(けいもう)する先駆的で代表的な拠点であるが、両館ともトイレは男女同色であった。

 ただ、ウィメンズプラザは「第二次男女共同参画基本計画が出た後、改めて機能面で検証した。小さな子供さんや外国人の方も利用されるのでなじんでいる絵柄を使い、色別にした」(担当責任者)と変更した。一方、国立女性教育会館の方は依然として、同色トイレのままである。同会館の担当者は「宿泊棟は、色別表示にしている。本館やロビーなどは同色表示だが特段の不都合は生じていない。現時点において、トイレ表示について喫緊に改修する予定はない」と語った。

 内閣府男女共同参画局は本紙の取材に「男女共同参画の趣旨からは同色トイレは導き出されるということではない、という考えを表明したものであって『同色トイレを見直せ』と言っているものではない」。男女共同参画の趣旨を啓蒙促進する拠点であるところの男女共同参画センターに、よりにもよって男女共同参画の趣旨とは違うと明言する同色トイレを置いたままでよいのか、との質問に対しても「利用者の意見を聞きながら、各施設の判断に任せている」と繰り返すばかり。男女共同参画は男女の同質化を目指す「ジェンダーフリー」とは無縁とする内閣府ならば、同色「ジェンダーフリートイレ」と決別すべきではないか。

 過激な性教育や男女同室着替えや男女同室宿泊をやめるよう明確に意思表示した昨年十月三十一日付の「都道府県・政令指定都市の男女共同参画担当課(室)」あて事務連絡で同色トイレにも言及しながら、その一方で「改善を求めず」という男女共同参画局。このような態度がますます男女共同参画の施策の混迷ぶりを深めていくように思えてならない。
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by sakura4987 | 2006-05-03 11:29
(毎日 06・4・29)

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060429k0000m040198000c.html

 終戦直後から1978年まで靖国神社の宮司を務めた故・筑波藤麿(つくばふじまろ)氏が、第二次大戦のA級戦犯合祀(ごうし)を意識的に避けていたことが同神社元広報課長らの証言で明らかになった。続いていた天皇の参拝の妨げになりかねない、との懸念を示していた。

 筑波氏は78年3月に亡くなり、間もなく後任宮司によってA級戦犯が合祀された。合祀については旧厚生省が作成した名簿が神社側に送られたことが決め手となった、との指摘があるが、それに至る経緯が複雑だったことを裏付けた形だ。

 筑波氏は旧皇族の出身で46年に第5代宮司に就任、在職のまま73歳で死去した。後任宮司の故・松平永芳氏が78年10月、東条英機元首相らA級戦犯14人の合祀に踏み切った。

 今回、筑波氏の側近だった同神社元広報課長、馬場久夫さん(81)と、筑波氏の長男で元早稲田大教授の常治(ひさはる)さん(75)が個別に毎日新聞の取材に応じた。

 馬場さんによると、48年に東条元首相らが処刑されて間もなく、筑波氏に合祀について考えを聞いた。その際「宮内庁の関係もある。合祀は自分が生きている間はおそらく無理だろう」と説明したという。

 「生きている間は無理」との表現について馬場さんは「事実上、合祀はしない意向だったと思う」と説明。「宮内庁の関係」という表現については天皇の参拝に影響することを懸念していた、と指摘した。

 筑波氏は「国民の中には『東条憎し』で凝り固まっている人がだいぶいる」と国民感情への配慮も語っていた。

 一方、常治さんによると、筑波氏は「BC級戦犯は一般兵士と同じ犠牲者だが、A級戦犯は責任者だ」とも述べ、合祀への慎重姿勢を終生変えなかった。靖国神社には旧厚生省からA級戦犯の名簿が66年に送られ、信徒代表らで作る総代会は70年に合祀する方針を決めた。

 しかし、扱いを任された筑波氏は病死まで合祀をしなかった。天皇の参拝は昭和天皇が45年以降戦後8回行ったが、75年以後は途絶えた。A級戦犯合祀に配慮した、との見方もある。


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◆東京裁判:評価変遷 米軍、私信検閲で把握 (毎日 06・4・30)

http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060430k0000m040131000c.html

 東京裁判について1946年の開廷間もない時期に国民の約8割が支持していたのに、48年の判決時は半数が否定的な見方だったことが、当時私信を検閲していた米軍機関がまとめた報告書(月報)から分かった。

 川島高峰・明治大学助教授と毎日新聞が、月報を分析調査した。川島助教授は「従来、感覚的に語られていた当時の国民の思いがデータとして確認できた。今日まで続く東京裁判への評価の変遷がうかがえて興味深い」としている。

 私信検閲は、米軍傘下の民間検閲支隊(CCD)が実施。45年10月~49年にかけて東京、名古屋、大阪、福岡などで行われていた。結果を46年9月から「PERIODICAL SUMMARY(定期刊行物要約)」の題で月1、2回程度報告書にまとめていた。

 月報には「戦犯裁判への反応」の欄があり、川島助教授は米国立公文書館に所蔵されていた月報のコピーを「占領軍治安・諜報(ちょうほう)月報」(現代史料出版)として、順次出版している。

 月報の46年9月15日付(2号)は、検閲私信のうち約460通に戦犯裁判に関する記述があり、80%程度が裁判に賛意を示すと報告。当時は検察側立証が行われており、翌10月1日付(3号)も「80%が裁判は公正と考えている」などと記載している。

 だが、47年末に被告の東条英機元首相が「自衛戦だった」と証言した後に一変。48年2月15日付(25号)は40%が裁判に登場する被告を非難する一方、30%が東条被告を称賛していると報告している。

 3月15日付(26号)は、東条被告への信頼と支持を示す手紙が60%あったとする。「特に20~30代に目立つ」と危機感を示したうえで、「戦時中のプロパガンダの浸透を示す」と分析している。

 月報によると、東条被告への支持は、この後急速に冷めたが、東条被告ら7人の絞首刑執行(48年12月23日)直後の49年1月15日付(36号)では、裁判全体への賛否が54対46とほぼ二分。量刑の妥当性についても23%が同意を示す半面、49%が不当と考えているとまとめている。

           = ◇ =

 東京裁判は戦時中の指導者28人が「平和に対する罪」などに該当するA級戦犯として起訴された。ほかにも岸信介・元国務相(後に首相)ら戦前の閣僚らがA級戦犯容疑者として逮捕されていたが、7人の絞首刑が執行された翌日、全員の釈放が発表された。

 川島助教授は「予定されていた2次裁判などが取りやめになった背景に、私信検閲で日本人の反感が高まっていることを知ったことがあるのではないか」と話している。


▼吉田裕・一橋大大学院教授の話

 マッカーサー司令部は、占領政策を日本人が受け入れているか神経質になっていた。東京裁判について世論調査することは、占領軍批判につながりかねないため、検閲で本音を探るという手段を使ったのだろう。

 東京裁判の進行に伴って日本人の受け取り方が変わっていったことが裏付けられ、貴重だ。当初、国民は東京裁判を受け入れていたのだが、内容を知るにつれ疑問に思うようになったのだろう。東条被告への好感が一時的に高まり、直後に揺り戻しが起きたことなど興味深い。
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by sakura4987 | 2006-05-03 11:26

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