2009年 06月 11日
(朝日 2009/6/1) http://mytown.asahi.com/yamagata/news.php?k_id=06000000906010003 「私のライフワークは日中関係の良好な発展だ」。日中友好協会の会長に就任した加藤紘一衆院議員の祝賀会が31日、鶴岡市内で開かれ、加藤氏が抱負を語った。 地元の日中友好協会や庄内地域の経済団体が主催し、1月の知事選では対立した吉村美栄子知事、岸宏一参院議員らを含む約200人が出席。富塚陽一鶴岡市長や中国大使館の葛広彪参事官、東方水上シルクロード貿易促進協議会の新田嘉一会長らに続き、吉村知事は「加藤先生が会長に就任され、本県にとっても大変心強い。日中関係を県政運営でも重視したい」などと語り、鏡割りでも肩を並べた=写真。 加藤氏は「これからの日本はアジアにしっかり足場を築いて、アジアの内需は日本の内需、アジアの人々の健康は日本の責任ぐらいに考える必要がある」と、日中関係強化に超党派で幅広く取り組む必要性を強調していた。 2009年 05月 22日
(産経 2009/5/22) 日本は諸外国と比べて世襲議員が多い。英国でも米国でも世襲議員は5%以下だ。日本は全体として、国会議員の3割を世襲議員が占める特異な国だ。 米国ではブッシュ元・前大統領父子に代表されるように政治家2世の人気が高いし、資金集めにも有利だ。だが予備選があるし、社会全体として世襲社会ではない。イタリアも欧米諸国の中では世襲議員が比較的多いが、イタリアは社会構造が大家族主義になっている事情があるし、日本と比べればやはり少ない。 議会制民主主義の国ではないが、中国は共産党幹部の(高級幹部の子弟グループの)「太子党」は3%ぐらいだ。 日本で世襲議員が多いのは、政党の組織力が弱いのが一因だ。中選挙区制の名残である後援会型選挙は世界に類をみない。日本は候補者が個人後援会という設備投資をする。するとどうしても自分の息子や血縁者に継がせたくなる。また、後援会は利益誘導体で、世襲の方が内部分裂せずに利権を維持できる。世襲議員を減らすには、後援会型の選挙を見直さなければならない。そうなると、自民党の組織論の大転換になるので、相当大変だろう。 2009年 04月 13日
(TBS 2009/4/8) http://news.tbs.co.jp/20090408/newseye/tbs_newseye4103003.html 勤務時間中に無許可で労働組合の活動に専念するヤミ専従について、農林水産省が去年4月に行った内部調査の前に調査をしながら隠ぺいしていたことが明らかになりました。 農水省はこれまで去年4月に内部調査を行い、ヤミ専従と疑われる事例が142人報告されたと説明してきました。 しかし、実際には去年の3月に「ヤミ専従がいる」という投書を受け関東農政局が調査を行い、33人にヤミ専従の疑いがあることを把握しながら、農水省の本省には6人と報告していました。 また、同じ時期に全国で合わせて40人に疑いがあることが報告されていたにもかかわらず幹部に伝えられず、調査じたいが隠ぺいされていました。 「(農水省)本省に伝えてもらう方がよかったと。反省すべき点と思っている」(農水省 岡田憲和地方課長) 最初の調査を隠していたことについて、農水省は「隠す意図はなかった」と釈明しています。 農水省のヤミ専従問題をめぐっては、再調査を繰り返して該当者ゼロと結論づけるなど不透明な点が明らかになり、石破農水大臣の指示でさらに調査が進んでいますが、全容の解明には時間がかかりそうです。 2009年 04月 04日
(産経 2009/4/2) ■政治家と非情の掟 政治は結果責任である。これは今も昔も変わらぬ真理だろう。政変や革命といった大きな変革期には、論理や理性がまったく通じないことも多い。主観的に良かれと信じた行為がふとした歴史の転回で悪となるのも珍しくない。 悲劇的なのは、主君の命で動いた臣下が情勢の急変と主人の心変わりでいつのまにか「悪の巨魁(きょかい)」とされ、政治責任をとらされる不条理だろう。 元治元(1864)年に「禁門(蛤御門(はまぐりごもん))の変」に敗れた長州藩3家老ほど自分の死に納得できなかった政治家も歴史上少ない。 ◆お家大事で切腹 そもそも長州藩永代家老の福原越後は、他の2家老とともに、尊王攘夷(じょうい)の実行を方針とした藩主・毛利敬親(たかちか)の命を受けて率兵上洛したのだ。しかし幕府の長州征伐が目前に迫ると、お家大事で藩主から切腹を命じられたのだから政治はむごい。それも、御所方面に発砲した行動を「不忠不義」となじられたのだから、武士としてはやるせなかった。 このあたりは中村彰彦氏の珠玉の短編『さらば、そうせい公』(文芸春秋)に鮮やかに描かれている(『東に名臣あり』所収)。 3家老は山崎、嵯峨野、伏見に分かれ、福原は伏見から入京しようとした。長州藩を御所警護から解いた文久3(1863)年8月18日の政変の屈辱を晴らし、池田屋事件で殺害された藩士の報復を目指したのである。 しかし長州勢の敗走後、陣地から藩主の黒印の捺(お)された軍令状が発見されたからたまったものではない。孝明天皇は、御所に射掛けた長州勢にいたく立腹し、防長二州(いまの山口県)の追討を命じた。自らが勤王のトップだと自負する長州藩にとっては青天の霹靂(へきれき)だったといえよう。藩論は一挙に恭順へ旋回し、謝罪のために福原らの3家老を切腹させ、その首級を幕府に差し出した。 上洛作戦は君命と藩論に拠(よ)っていた。しかも福原は伏見で奥歯を撃たれ、意識を失ったまま戦場を部隊ともども離脱した。御所には何も不敬を働かなかったという気分なのだ。 もともと長州支藩の徳山藩主の六男でありながら、1万6000石とはいえ家老家の養子になった福原越後のことだ。実弟の定広が本藩の世子となっており、世が世なら自分も長州藩主や徳山藩主にもなれたという思いが強い。貴種としての誇りや意地にかけて罪人扱いは屈辱であった。福原は、囲碁でいう劫(こう)のように取引材料にされる不満もあっただろう。 ◆貴種の誇りと自尊心 しかし藩を恭順にまとめた俗論党は幕府の追討を免れ、御家を救うためなら、藩主や世子にも犠牲を強いる覚悟だったらしい。鮮やかな政策でも失敗に終われば、政治責任をとる人物が必要となる。 これは政治のリアリズムであり、非情の掟(おきて)である。現代日本の若い政治家たちには、この“非情のメカニズム”がどうも分かっていない。“有名人”“リーダー”たる政治家は、いつでも政治生命という名の命を差し出す覚悟をもたないと務まらない職業である。小泉純一郎元首相がいみじくも述べたように、現代では生命を奪われないだけましなのだ。 福原の偉いのは、内心納得もせず、切腹の直前に声もなく泣きながら、まず従容(しょうよう)として黄泉(よみ)に旅立ったことである。貴種の誇りと自尊心というものだろう。 2世、3世議員という“現代の貴種”たちには、政治の行方を左右する不祥事を自分や秘書が起こしたなら、福原のように否(いや)でも政治責任という命を差し出す覚悟をもってほしい。これはリーダーとなる志の代償でもある。そうした志のない人は、本来政治家の道を歩むべきではないのだ。 ◇ 【プロフィル】福原越後 ふくはら・えちご 実名は元●(もとたけ)。文化12(1815)年、周防(すおう)国徳山藩主、毛利広鎮(ひろしげ)の六男に生まれ、長州藩士・佐世親長の養子となる。安政5(1858)年、本藩永代家老の福原親俊の死後、藩命で同家に入り、越後と称する。文久3(1863)年まで長州藩最後の国家老を務め、尊王攘夷運動を推進。同年長州藩が京都から追われたため、元治元(1864)年6月、兵を率いて上京、7月禁門の変で負傷し、退く。11月に岩国の竜護寺で切腹させられた。享年50。 ●=にんべんに間 2009年 04月 02日
(産経 2009/3/30) ≪■国民の前に平身低頭だが≫ 3月14日づけの「昭和正論座」に関嘉彦氏の論説が掲載(再録)されていた。初出は昭和50年2月8日とある。30年以上前のものだが、今書かれたといわれても全くわからないだろう。優れた先達の卓見というほかないのだが、また、日本の政治状況は、この30年、基本的に全く変化していないともいえる。 たとえば、この論説の冒頭で、関氏は次のように書いておられる。「いまの国会に足りないものは率直な議論とユーモアであり、多過ぎるものは野卑な言動である」と。その原因は何か。それは、指導者や政治家が、市民や消費者、労働者、国民、といった目に見えない集団の力におもねり、その力の前に平身低頭しているからだ、というのである。 まさしくその通りであり、その程度は今日さらに著しい。その結果、われわれは、今日の日本で、そもそも、「政治なるもの」が成立しうるのか、という疑問さえも発せずにはおれなくなっている。 プラトンは、『国家』の中で、民主政は、それが広く行き渡った時、まさに民主政のもっている長所が短所となって衰退する、と述べた。民主政の長所とは人々の自由を大幅に容認することである。だから、民主政の頂点では人々は最大の自由を謳歌(おうか)する。このとき、強力な指導者がでてきて国民に注文をつけると、人々は彼を罵(ののし)りもっと自由を求める。ところが、力のない指導者がでてくると、彼を、つまらぬやつだとののしる。 結局、民主政の中で登場するのは、「支配される人々に似た支配者」となる。もう少し今日的にいえば、もっとも平均的な国民に似た政治家である。文字通り「国民の代表」としての政治家だ。 ≪■小沢氏の「改革」のより所≫ ただし、この場合の「代表」とは、たとえばJ・S・ミルが「代議制論」で述べたように、「国民」にかわって、公的事項について大きな判断をなしうる優れた人物という意味ではない。あくまで、「民意に従って動く人物」という程度の意味である。 ところが「民意」なるものが明確ではない。せいぜい、世論調査の結果である。しかも、今日の大きな政治的論点について、「国民」が確かな「民意」を形成すると期待することは難しい。だからこそ、ひとにぎりの政治家に政治の主導を任せるという代議制が成り立っているわけだ。 したがって、政治家は、大きく民意からそれることは不適切だとしても、短期的な局面でいちいち民意によって動く必要はないのである。 ところが、「民意」こそがすべてとなってしまった。「民意」を政治に反映することだけが政治のテーマとなった。かくも「民意」を持ち上げたのは1990年代以来の政治改革である。小沢一郎氏が主導した政治改革にはいくつかの面があるが、その中心は、「民意を反映した政治の形成」である。小沢氏の真意は、彼自身がそこに属していた、自民党中心派閥である旧田中派への反感と、自民党の派閥政治の解体であったと思われるが、その際に、改革論がよりどころにしたのが「民意」であった。 こうして、「民意を無視する自民党」と「民意を反映する改革派」という構造ができる。したがって、今日の改革派である(はずの)民主党の主張はともかく「民意につく」ことなのである。これは困ったことだ。二重に困ったことだ。 ≪■「民意」を動かすのが仕事≫ 第一に、政党の基本的政策が「民意の反映」では意味をなさない。そもそもの小沢氏の提唱した政権選択可能な二大政党などとはほど遠い。第二に、もし「民意」を本当に反映したなら、政治は「民意」とともにきわめて不安定に漂流するであろう。 今日のような大衆化した社会では「民意」は情緒とスキャンダルと映像的な効果によって大きく動く。そのことをわれわれは小泉劇場でいやというほど体験したのではなかったろうか。 これは民主党だけのことでもない。政治改革の波と小泉政治によって、自民党も、「民意」の前に平身低頭せざるをえなくなった。「民意を問え」という声は民主党だけではなく自民党からもあがってくるのである。もし「民意」を絶対化してしまえば、政策対立する二大政党は不可能である。どちらも、「民意」につこうとするからだ。 ところが、この「民意」をめぐる綱引きは、政策論争よりもイメージと人気の争奪戦になるだけであろう。 麻生政権に対して、「民意を問え」という声が強い。しかし、どの政策を「民意に問う」というのであろうか。今日の政治課題は、民意が反映されていないことではなく、政治を「民意」に預けることで政治家が政治から逃げている点にある。政治とは政治理念を打ち出して、それこそ「民意」を動かす指導行為だからなのである。 2009年 04月 02日
(産経 2009/3/30) 最近、日本の政治は大衆迎合に堕(だ)し混迷を深めるばかりだ。その原因は決して単純ではないが、マスメディアの報道姿勢にも責任なしとしない。この点ですぐにでも着手できることとして2つの事例を指摘したい。 第一はあらゆる新聞やテレビが毎月1度、社によっては毎週1度行っている内閣支持率や政党支持率の世論調査である。それらの結果は政府や与党の政策に対する「民意」の審判として煽情(せんじょう)的に大々的に報道され信任の問い直しを提起したりする。一昔前の街頭デモに代わるテレビ時代の大衆動員戦術として機能しているのだ。 「個人の意思」こそが「民主制」の原点であることは言うまでもない。それはあたかも「水」がすべての「命の源」であるのと相似する。水は器を与えられ、形を得て初めて命の源として恵みをもたらすが、器を持たない水は洪水から疫病まであらゆる災害を引き起こす厄介な存在ともなる。 政治の場において、個々の意思は器を持たない水と同じく各人各様、時々刻々変化し定まらない。だから自らが投票して選任した代表の多数決に自らの意思を委ね、その結果を「民意」として受け入れるルールと、そのルールに対する合意が必要となる。それが民主制である。 水の器と同じように民意の器も国から市町村に至るまでさまざまな形があるが、例えば国政選挙により4年間の信任が与えられた政府は任期中、一つ一つの行動に先立って国民の意向伺いをするのではなく、自らが国益と信ずるところに従って最善を尽くし、その結果に対する民意の審判を次の選挙で仰ぐ。それが民主制の基本ルールである。 近ごろのように頻繁に1000人程度の世論調査を行い、その結果を見て「民意」の信任があるとかないとかあげつらう風潮は民主制の自己否定でしかない。それに振り回されてポピュリズムが横行したり与党が党内亀裂を深めたりすると政治は定見も一貫性もないきりもみ状態に陥る。 「民意」の乱用が民主制を機能不全に陥れているもう一つの事例として、県や市町村レベルでの権能を超えた住民投票も看過できない。原子力発電所の建設、米軍基地の維持・移転問題など国の安全保障やエネルギー政策にかかわるものから産業廃棄物処理施設の設置などに至るまで数多くの住民投票が行われている。 そもそも国家安全保障やエネルギー政策の基本などは一地域の住民感情を超え、国益に直結するものであり、本来県や市町村単位のエゴに委ねられるべきものではない。 ところがマスコミはそれを「民意」と称して国政レベルで「民意」の信任を得た政府に圧力をかける。政府がマスメディアに配慮して尻込みすれば日本の安全保障もエネルギーの安定供給も危殆(きたい)に瀕(ひん)することになる。 弱体化した政治のリーダーシップを立て直すのは容易ではない。しかし少なくとも「民意」がルールに基づいて信任した政府に対してマスメディアはその任期中は任せるという基本的な姿勢を堅持すべきだし、国益にかかわる問題については、地域のエゴを「民意」だとしない節度を持つべきだと思う。 2009年 04月 02日
(産経 2009/3/30) 麻生太郎首相は30日夕、千葉県知事選で森田健作氏が初当選したことについて「4年間で1500回の小集会をこなし、大したもんだ。一番の根源はやっぱり歩いていることだ。それを聞いて、当選すると思った」と述べた。 小沢一郎民主党代表の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件の影響については「分からない」と述べるにとどめた。首相官邸で記者団の質問に答えた。 2009年 03月 18日
(田中耕太郎議員ブログ 2009/1/8) http://blog.tanaka-kotaro.jp/?cid=39980 講師(敬称略) 丹羽宇一郎 伊藤忠商事会長 地方分権改革推進委員会委員長 山下茂 明治大学大学院ガバナンス研究科教授 梶井英治 自治医大地域医療学センター長 江島潔 下関市長 いずれも私が興味を覚えた一流の講師陣とテーマであり、1泊2日ながら効率の良い研修ができるものと思っています。 本日の研修で特にインパクトがあったことは、山下先生の講義でなぜ欧米では米国オバマや仏国サルコジのような若くて強いリーダーシップの指導者が誕生できるのかについて、「議員」や「首長」の兼職を認めている事が大きな原因であるとの指摘です。 オバマ次期大統領は上院議員のまま当選を果たしましたし、サルコジ仏大統領は本人33歳の時点で市長と県議会議長と国会議員を兼任していたそうです。すなわち、市議会議員と県議会議員、知事と国会議員などを兼職することも日本以外の多くの国では可能なのだそうです。 日本では別の選挙に立候補した時点で現職は自動的に辞職扱になります。 すなわち、選挙における落選の心配やリスクを最小限にとどめて、なおかつ地方と国とを横断的・包括的にまとめるようなタイプの強いリーダーを輩出できるのだそうです。 確かに、石原都知事や橋本府知事など発言力の強い首長が仮に国会議員でもあれば相当に強力な提案や発言をすることは想像に難くありません。しかも現場の実情をしっている訳ですから、不勉強な大臣や国会議員ではまったく太刀打ちができない事でしょう。 そして、欧米ではそういう強いリーダーが大統領や首長になることを国民も制度も望んでいるのだと思います。 日本では世襲議員が問題だという意見もありますが、兼職を認めれば、実力がないものは自ずと淘汰されるのかもしれません。しかし、実力のない議員等にとっては自己の地位が危うくなりやすい兼職制度は簡単には賛成できないことでしょう。 新しい人が必ずしも良いわけではありませんが、こんなところにも新規参入壁があり一種の規制緩和を政治自体にも進めなければならないのです。日本の政治の現状では強いリーダーを育てられないのだと実感しました。 その他、学んだことを皆さんの為に自分の為に最大限活用します。 2009年 03月 11日
政治アナリスト 花岡 信昭氏 (日経BP-抜粋 2009/3/5) http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/y/149/index1.html ■「検察は遠山の金さんたれ」 検察当局は、犯罪容疑があって証拠が固まれば立件する、という建前に立つ以外にない。権力と検察が癒着して政敵を葬るということが現実に起きている国がないとはいわないが、日本でその種のことがまかり通るわけがない。 だが、自身の取材体験からして、こういうことは言える。検察は「遠山の金さん」であろうとする体質を持つ。つまり、世間の動きを見ていて、これはまずいと判断すれば是正に動くという意識だ。 若いころ、法務省を担当した。検察の事件取材は社会部の担当だが、法務省には政治部の記者クラブがある。ロッキード事件以後、政治部サイドからのアプローチが重要になった。筆者が担当したのはダグラス・グラマン事件のときだった。 ときの刑事局長が「巨悪は剔抉(てっけつ)する」という国会答弁で名をはせた伊藤栄樹氏だった。後に検事総長となる。昼のうちは新聞記者も寄せ付けない強面の法務官僚だったが、実は酒をこよなく愛し、記者との極秘懇談を好むという隠された一面を持っていた。 その後、長い間、気に入った記者だけ集めた秘密の懇談が続いた。筆者は幸いなことに、このメンバーに組み込まれていた。この場での話は絶対に表に出してはならない。うっかり漏らしたのがいて、伊藤氏はだれが「犯人」か、徹底して調べ(そのあたりはお手のものだ)、以後、その記者を外した。「検察は遠山の金さんたれ」という話はそういう席で伊藤氏から聞いた。既に伊藤氏も鬼籍に入ったことでもあり、時効だろうと勝手に判断して書く。 オイルショックでスーパーからトイレットペーパーが消えた。伊藤氏は一計を案じ、主要製紙会社の担当者を呼び出した。恐る恐る資料を抱えてやってきた担当者らから一日、「勉強会」と称して業界事情を聞いた。翌日からトイレットペーパーが出回るようになった。 あるいは、こんな話もあった。某省庁の高級幹部に収賄容疑が浮かんだ。業者から引っ越し祝いに冷蔵庫をもらったという。立件するにはちまちましすぎている。その省庁側とひそかに協議して、早期退職という「社会的制裁」で決着をつけた。 ■検察当局が民主党政権に抱いている危惧 警察は犯罪容疑があって証拠が固まれば、何が何でも摘発する。それが仕事だ。検察となると、そこに「政治判断」が加わる。「遠山の金さん」は片っ端からお縄にかけるということはしない。世間の「おかしなこと」が是正されれば、それでお目付け役としての役割は果たしたことになるからだ。 そういったことを考え、小沢氏の「権力がほしいままに動く」、あるいは鳩山氏の「国策捜査」発言を重ね合わせると、どういうことが言えるか。小沢氏、鳩山氏とも、図らずも「検察当局は民主党政権を望んではいない」という認識を示してしまったことにならないか。 となると、検察当局が民主党政権に危惧を抱いているのだとすれば、それは何か。この一文はコラムだから、無責任に、とは言わないが、かなり勝手気ままに書ける。そのことを承知のうえで、「ある見方」を紹介することにする。 民主党政権に対する危惧というのは、実は、民主党政権が誕生する場合、社民、共産両党の意向を反映したものとなる可能性がある、ということだ。民主党は社民党とは選挙協力で臨むことになる。共産党は候補を絞り込むから、共産候補のいない選挙区の共産支持票は、かなりの部分が民主候補に上乗せされることになる。 つまり、総選挙の結果、こういう政治状況下で民主党政権が生まれた場合、社民、共産両党の発言力が一気に拡大する可能性があるということだ。検察当局はここに危うさを感じているのではないか。誤解のないように、重ねて言うが、これはあくまでも、政界筋が示す「ある見方」である。 そう考えてきて、細川連立政権当時、情報当局者が漏らしたことを思い起こした。8党派の連立であった細川政権には、当時の社会党が含まれていた。北朝鮮の朝鮮労働党の友党であった。「首相官邸に公安、防衛情報の高度な機密部分を上げられなくなった」というのである。 その当時と政治状況はずいぶん変わってはいるのだろう。だが、検察当局がこの時期に「小沢氏直撃」ともいえる強制捜査に乗り出した背景を考えると、どうしてもそうしたたぐいの危惧がぬぐえないのである。 2009年 02月 04日
(日経 2009/1/30) http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20090130AT3S3000Z30012009.html 与謝野馨経済財政担当相は30日の閣議後の記者会見で、内閣府が2007年10月に終わったと判定した戦後最長の景気回復の名称について、「だらだらかげろう景気」と述べた。回復期間は長いものの経済成長率は低く、賃金も上がらなかったことから、回復の実感が乏しかったという印象を表現したようだ。 経財相は記者からの質問に対し、しばらく下を向いて無言で考え込んだ。その後「コピーライトの素質があまりないので」と話したうえで、景気の名称を語った。普段の記者会見では豊富な表現力で時に記者を笑わせる経財相にとっても、今回の命名はなかなか難しかったようだ。 ■与謝野事務所 〒160-0004 新宿区四谷2-13 大和屋ビル3階 TEL:03-3357-1010 FAX:03-3357-6655 メール:info@yosano.gr.jp < 前のページ次のページ >
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