2009年 03月 18日
(2009/3/17) 夏目漱石の『それから』の代助は大人になっても親の金で暮らし、定職についていない。「遊民」である。友人が「なぜ働かない」と詰問すると「世の中が悪いからだ」と言う。 日本は無理に一等国の仲間入りをしようとしている。国民は切りつめた教育で、こき使われるから神経衰弱になっている。そんな社会では働きたくないというのだ。 その例えとして「牛と競争する蛙と同じことで、もう君、腹が裂けるよ」と、語っている。 「牛と競争する蛙」はイソップ寓話(ぐうわ)でもポピュラーな話だった。 子供の蛙から初めて見た牛の話を聞いた母親の蛙が「そいつはこのくらい大きかったかい」と、腹をふくらませる。「いやいやもっと」と言われ、無理に腹を大きくしているうちに、とうとう破裂する。 イソップの寓話は時代により変容しており、この話にもさまざまなバージョンがあるが、蛙が牛に見せようと無理に腹を膨らませるのが基本だ。 小堀桂一郎氏は、著書『イソップ寓話』で『それから』が書かれた明治40年代、日本でのイソップの普及率は相当高かった、と述べる。だから「漱石は、彼の読者達のうち誰一人として知らぬ者はない有名な、よく普及した譬喩(たとえ)と考えてこの牛と蛙の話を自分の作品中に持ち出したものであったろう」と、推察している。 「無理に一等国に…」は、漱石が日露戦争の直後から日本に発していた警告だった。もっと早く耳を傾けるべきだったのかもしれない。それどころかこの寓話すらも、今や日本人から忘れさられたような気がする。 2009年 03月 06日
帝塚山大学名誉教授・伊原吉之助 (産経 2009/3/5) ≪■伊藤正記者の警告記事≫ 昨年12月27日付本紙の「緯度経度」で、「発展には軍事力が必要」と題して、中国総局の伊藤正記者が中共軍長老、遅浩田の「戦争が正にわれわれに向かってやってくる」という講演の論旨を紹介した。その後、ネットで遅浩田講演の邦訳が2種類流れた。私は北京語の原文を参照して邦訳に手を加え、「21世紀日亜協会」のホームページ「コラム」にある私の「読書室」に掲載した。 伊藤記者が書いているように、2005年4月に中共中央軍事委員会拡大会議で行われた遅浩田講演は、その後日本にも伝わったが、荒唐無稽(むけい)と無視されて現在に至っている。それが昨年12月3日、『解放軍報』が遅浩田の回想記を掲載した後、シナ(中国)のネットにこの旧講演が流れ、削除されぬままなっているので、さては「公認」の論かと注目された。 その過激論とは-。 シナはアヘン戦争以来、過去160年間、発展を列強から抑えられてきた。発展は反撃力なしにはあり得ない。だから毛沢東以来、われわれは営々と軍備を築いてきた。今やわが国は、台湾・南沙諸島・尖閣諸島の「3島」を奪取する道理も力も備えた。これを妨害する者(米国、日本)には反撃する。戦争は、われわれが欲せずとも向こうからやってくる。われわれは日本を殲滅(せんめつ)し、米国の背骨をへし折らぬと発展できない。 過去20年の平和発展は例外的時期である。シナ脅威論が高まってきた現在、平和発展の時代は終わった。米日は今後、本気で中国の発展を抑えにかかるはずだから、中国は戦争に備えよ-。 共産主義は、19世紀のロシアのニヒリズム・テロリズムの系譜に連なり、必要に応じてあらゆる縛りを無視して自分らの構想を実現しようとする。 人民は搾取の対象でしかないシナの伝統的人民観も受け継いでいる。かつてレーニンは「資本家は甘い。資本家をつるす縄でも喜んで売る」とあざ笑ったものだ。 ≪■民主国をなめる中共軍≫ 後の国防部長、彭徳懐も手の内を見せた。第二次大戦後、内戦が始まる前の上海で、苗剣秋(張学良の参謀・西安事変を演出)にこう語った。 「例えば、このコップだが、君ら非共産人士は割らずに手に入れようとする。われわれ共産人士は、相手に渡るようなら、たたき割る覚悟で奪い合う。結局、コップは無傷でわれわれの手に入る。少なくとも、君らの手には絶対に入らない」 聞くところによると、中共の軍人は接触する米国軍人に始終、「核戦争するか」と脅すらしい。自由民主国は核の恫喝(どうかつ)に弱いとなめているのである。 この種の話は前からあった。1995年10月、熊光楷副総参謀長が、訪中したチャス・フリーマン前国防次官補にいわく、 「米国は台北よりロサンゼルスを心配しなさい」 2005年7月14日に国防大学高級幹部、朱成虎少将が香港の外国人記者団にいわく、 「われわれは西安以東の全都市の破壊を覚悟しているが、米国も当然、西海岸の都市100か200かそれ以上を破壊される覚悟が要りますな」 米国が中共軍人から核威嚇で脅されているのなら、核を持たぬ日本はもっと脅されているはずなのに、その緊張感すらも伝わってこないのは、日本は一人前と認められていないからか。 ≪■無防備では国が亡ぶ≫ シナを「普通の国」と信ずる人が多いわが国では、中共政権が日本人皆殺しを本気で考えていると思う人が少ないが、いまのように無防備のままでいいのか。 退役ながら軍部の指導的人物が「日本殲滅」を公言する国の隣国として、日本はどう対応すべきか。日本の周囲は核武装国ばかりである。米国、ロシア、シナに、北朝鮮もそうだ。 米国がシナ軍人から核威嚇を受けているのなら、日本は米国を説得して核武装に踏み切るほかない。核抑止力は核保有あるのみだからだ。まず、米国から核を持ち込み、英国式に核発射ボタンを米国と共有する。そして自前の核を急開発する。核シェルターも各都市に造る。断乎日本を守るという意思表明が要るのだ。 もう一つは、シナの周辺国と友好を深めること。日米同盟を軸として、海洋アジア・内陸アジア・イスラム文化圏など。慈悲と美の文明を擁しつつ、それを侵す力を排除できる実力を備えることだ。自分で自分を守らぬ限り、亡(ほろ)ぶほかないのである。 古人いわく、「天ハ自ラ助クル者ヲ助ク」。日本政府は日本国の生存をどう考え、どんな対策を打ち出しているのか。マスメディアは、国民を代表してそれを国会議員と政府に問い質(ただ)して頂きたい。 2009年 03月 04日
東洋学園大学准教授・櫻田淳 (産経 2009/2/26) ≪■「老舗」であるための条件≫ 現下の世界規模の経済危機が日本の経済社会に未曾有の試練を与えているのは、あらためて指摘するまでもない。ところで、日本の経済社会の特色は、創業以来、少なくとも百年、二百年の時を刻んだ「老舗企業」が多いということである。たとえば、東京・日本橋辺りの街を歩けば、そうしたものは、当然のように目に入る。驚くべきは、大阪には、飛鳥時代以来、千数百年も続いている企業が存在し、それは宮大工から出発した建築会社である。 こうした「老舗企業」が日本において続くのは、何故(なぜ)であろうか。それは、「昔、立派であったから…」ということだけで存続しているわけでもないし、その「過去の遺産」だけで食いつないでいるわけでもない。 それは、それぞれの時代の当主を中心とした多くの人々の「現在進行形の努力」の集積である。 それぞれの世代が、「周囲の評判を落とさぬように…」ということを心がけて、日々、努力を続け、その努力が子々孫々にまで受け継がれてこそ、「老舗」が「老舗」となっているのである。 それは、敢(あ)えていえば、「現在進行形の努力」のリレーである。逆にいえば、どこかの時点で、「過去の栄光」に胡坐(あぐら)をかいて驕(おご)りを生じさせたり、それぞれの時代の要請に向き合わない振る舞いをしたりする人々がいれば、その「現在進行形の努力」のリレーは、確実に途切れることになる。「老舗」が「老舗」であるための条件とは、時代の変遷に生真面目(きまじめ)に向き合っていく「緊張感」と「ダイナミズム」であるということになる。 ≪■緊張感とダイナミズムと≫ 筆者は、日本の「保守主義」の精神を最も鮮やかに体現しているのは、こうした幾多の「老舗会社」ではないかと考えている。そして、筆者の考える「保守主義」の本質とは、そうした「緊張感」と「ダイナミズム」に他ならないのである。 然(しか)るに、現在の日本では、政治家の世界であれ、知識人を含むメディアの世界であれ、この「現在進行形の努力」を続けるということに、どこまで生真面目な考慮が払われているであろうか。たとえば、今次通常国会序盤の焦点は、第二次補正予算案における「定額給付金」の扱いであったけれども、減税を公共投資に先行させる施策は、景気刺激の観点からは決して誤っていない。 ただし、そうであるならば、本来、議論されなければならないのは、「総額2兆円という規模で本当に効果が上がるのか」ということであり、「何故、定額減税ではなく定率減税を考慮しないのか」であったはずである。こうした議論が浮かび上がらないままに、「定額給付金は是か非か」という二者択一の硬直した議論に終始し、「富裕層は受け取るべきか否か」といった瑣末(さまつ)な議論が示されていたのは、そうした生真面目さに疑問符を付すものであろう。また、知識人の世界でも、「現在進行形の努力」とは乖離(かいり)した「観念の遊戯」としか思えない議論が続けられたりしている。 ≪■硬直・定型が支配する政界≫ このように、「老舗企業」を始めとして「実践」を旨とする人々は、「現在進行形の努力」を必死に進めているけれども、特に政治家や知識人の仕事から、そうした「現在進行形の努力」の形跡が浮かび上がってこないのは、何故なのか。それこそが、日本における「弱さ」を示す一つの事例であろう。 平成の御代も21年目を迎えた。振り返れば、明治の御代の21年目は、翌年の大日本帝国憲法発布を控え、「近代国家・日本」の体裁が整えられようとした時節であった。昭和の御代の21年目は、そうした帝国の枠組みが壊れ、日本の「新生」への模索が始まろうとした時節であった。それならば、現在の日本の人々は、平成の御代の21年目をどのようなものとして位置付けるのであろうか。 現下の経済危機の震源地となった米国には、バラク・H・オバマという異例の指導者が登場した。 米国が高々、二百数十年の歴史しか持たないことを揶揄(やゆ)する向きは、あるかもしれないけれども、こうした異例の指導者が登場し、それを多くの米国国民が支持するという風景は、現状への切迫した意識に裏付けられた米国における「現在進行形の努力」の一端を垣間見せている。片や、日本の人々が世界に示すべき「現在進行形の努力」の中身は、何なのか。 「硬直性」、「定型性」の色合いを持つ一切の事柄は、こうした「現在進行形の努力」には支障となる。そして、それは、「保守主義」の精神とも無縁のものである。 2009年 02月 21日
(ニッカンスポーツ 2009/2/18) http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp1-20090218-462210.html 18日付の中国各紙は中川昭一財務相の辞任について「麻生政権に深刻な打撃」などと大きく報道、第一財経日報など中川氏の写真を1面に掲載した新聞もあった。 新京報は、記者会見でのもうろうとした様子など写真4枚を掲載、「政界では酒好きで有名だった」などと詳細に報じた。 第一財経日報は、東京発の記事で自民党内の批判などを伝えた上で「日本は金融危機にあって伝統的な集団主義の精神を発揮できずに足の引っ張りあいをし、衰退の兆候を示している」と分析した。 2008年 11月 03日
(マイコム 2008/10/31) http://journal.mycom.co.jp/articles/2008/10/31/sakurai/index.html ■日本が誇る3つの重要な財産 NTTソフトウェアは30日、『e-Value Visualization ~進化し続ける価値創造を「見える化」~』をメインテーマに掲げたICT活用イベント「NTT SOFT Solution Fair2008」を開催した。会場では各種ソリューションの展示に加え、有識者によるセミナープログラムを実施。今回はその中から、ジャーナリストの櫻井よしこ氏が講演したオープニングセミナー「この国の行方」の様子をレポートする。 ■金融危機に対して日本ができることは多い 戦後の日本では、誰もが"現状のままで良いはずがない"という構造的な不安を感じつつも、微調整を繰り返しながらなんとか乗り切ってきた。しかし櫻井氏は「もし日本が戦後に今のような生き方ではなく、"本当の意味で国家"として存続していたなら、そして私たちが"真の日本人"であったならば、もう少し違う状況展開になっていたのではないかと思います」と、意味深な言い回しで参加者の関心を惹き付ける。 現在、アメリカ発の金融危機により株式市場や金融市場、そして実体経済もかなりの窮地に立たされているのは皆さんご承知の通りだ。しかし櫻井氏は「この金融危機に対して日本ができることは多いと感じています。これはアメリカや中国、ヨーロッパなど世界各国にはない"3つの重要な財産"を日本が持っているからです」と語る。 ◆まず1つ目の財産は「約1500兆円もの莫大な個人金融資産」だ。アメリカの家庭では借金をしてでもお金を使うことが経済発展に繋がるという価値観を持っており、実際にアメリカ自体も外国の資本流入により経済発展を遂げてきた。櫻井氏は「金融が持つ本来の役割は実体経済を下から支えることです。しかしアメリカやイギリスは、実体経済よりも利益につながる金融工学を重視してきました。実体経済の潤滑油となるべき金融が独り歩きしたことが、今の金融危機の原因となっているのは言うまでもありません」と語る。 その実体経済、つまり1500兆円の個人金融資産を持っているのが日本なのだ。櫻井氏は「貴重な資産を今こそ金融危機を救うための原資とし、それを材料に日本の立場を強めていくべきです」と、個人金融資産の有効な使い道を提案する。 ◆2つ目の財産は、日本が誇る「トップ水準の技術」だ。数多くの分野において、日本の技術が世界でもトップクラスに位置しているのは言うまでもないだろう。 ◆そして3つ目の財産は「日本人の心」である。確かに日本では戦後に人間の質的な変化はあったが、真面目かつ熱心に働く姿勢には相変わらず好意的であり、世界でもこれほど仕事に対する倫理感が高い国民はいない。 櫻井氏は「これら3つの財産は、日本人にとって当然すぎるため価値があることを意識していないかもしれませんが、世界的に見ると素晴らしい資質なのです」と語る。この資質を使いこなせれば、21世紀の牽引役になることも可能なのだ。 櫻井氏は日本が誇る3つの重要な財産を使い、例えば新しい日本式の株式市場を考えることも大切だという。アメリカ流の考え方では「企業は株主のもの」だが、日本では株主と同じく「企業の構成員もかけがえのない存在」としてビジネスを続けてきた。しかし現実には、株主に利益を渡すため無駄を切り捨て、経営の効率化を図る企業が増えている。純粋に利益を増やすような正しい経営では時間がかかるため、最近は全体の活動資金を削ることで利益率を上げている傾向があるのだ。 櫻井氏は「資本主義自体は否定できませんが、現在のようなマネー中心の資本主義は必ずしも万人を幸せにするものではなく、多くの人がどこかで修正が必要だと実感しています。社会全体を幸せにしていく企業運営は私たち日本人が従来やってきたことであり、修正のための知恵を出し合ってみるべきです」と語る。 櫻井氏は「日本人の優れた資質を前向きかつ自信を持って使う時期にきており、本当の意味で日本人になる、日本が国家になるべきなのです」という。 櫻井氏が語る"日本人"とは、国籍や生まれた土地、言語などに依存するものではない。人間と動物の違いは自分が何者かを理解しているかであり"歴史を知らなければ人間ではない"、さらに踏み込むと"日本の歴史を知らない人は日本人ではない"ことになる。この歴史とは単純に年表を記憶しているかではなく、日本人がこの地に生まれて何のために仕事をし、何のために死んでいったのかなど、価値観そのものを知ることだ。「戦後の日本では経済の在り方やお金の使い方など、過去の歴史をおざなりにしています。こうした歴史を知れば、現代の素晴らしい行動基盤になるのです」と語る。 近年では日米安全保障条約への依存から"アメリカはいつも日本の側に立っている"という思い込みが日本人の中で強くなっている傾向がある。しかし櫻井氏は「"国家は国益で豹変するもの"であり、日本をアメリカにとってかけがえのない国にする必要があります」と語る。 これはアメリカだけでなく世界各国との関係についても、自らの必要性を見出さなければ長続きはしないだろう。「パートナーとして組むのは中国よりも圧倒的に日本が良い」と言わせるため、知恵を絞らなければいけない時期に来ているわけだ。現在直面している金融危機に関しても、櫻井氏は「日本的な価値観に基づいて金融制度を練り直し、麻生政権は全力を上げて世界に発表すべきであり、そこに日本の貴重な資金やトップ水準の技術を使うべきです」と語る。 最後に櫻井氏は「日本は独自の市場を持ち、日本のやり方がいかに素晴らしいかを世界に発信する国家になるべきだと思います。その力は十分に備えているので、あとは国民がそれを認識しているかどうかです。日本人とは言えない現在の状態から脱して、より良い日本人を目指しましょう」と語り、講演の最後を締めくくった。 2008年 04月 17日
(アエラ 2008/3) 経済学者カール・マルクスが若いころ、こんな言葉を残しています。 「お金があれば、愛も勇気も買える」 マルクスは、たとえば権力者がその莫大な財力にものをいわせ、財宝や軍隊を買い、それらを自在に操ることであたかも「愛」や「勇気」の持ち主のように振る舞えてしまう「お金の非人間性」を、批判したのでしょう。つまり、言うまでもなくこれは、皮肉の箴言です。 さて、日本企業はバブル崩壊後の90年代から、急速に「成果主義」を導入しました。その弊害が指摘されるようになって久しい。なのに見直しの動きは遅々として進まない。 今回、トヨタ自動車や三井物産、YKKなどの企業を取材し、成果主義を乗り越えようとする試みを記事にしました。 ひとはもちろん、お金のために働くのだけれど、お金のため「だけ」に働くのではない。売り上げや利益といった数字(お金)の尺度だけで、社員や組織を評価しようとする成果主義の過ちが、どんな問題をもたらしたのかをまとめました。 成果主義もまた、その依拠する発想は、「お金があれば愛も勇気も買える」というものでしょう。でも、そんな愛や勇気は、そのひとの本当の力とは、まったく関係がないと思います。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆トヨタの「職場革命」 (AERA 2008年4月7日号) 「成果」中心の人事制度を敷いた企業に、見直しの動きがある。共通するのは、数値化されにくい「役割」「チーム力」の再評価だ。 自動車生産で世界トップに躍り出たトヨタ自動車が、大胆な組織改革にまた乗り出した。伝統的な「ピラミッド型組織」をぶちこわし、世間をあっと驚かせたのは、1989年のこと。ところが、このとき導入した「フラット型」の組織を、いま一度、破壊しようとしている。 89年の改革でトヨタは、「大企業病の払拭」を掲げて、課長や係長などの中間管理職を全廃した。「個人の力」を高めて、組織の意思決定をスピーディーにするという狙いは、一定の成果を上げたという。しかし……。 「その一方で、コミュニケーションや人材育成を基盤とした『職場力』『チームワーク』は弱まりつつあるのではないか」 木下光男副社長は昨年4月、社内報でこう懸念を表明した。フラット化によって組織・集団としての力が衰退していると、異例の警告だった。全社員に対して、「職場風土の再構築」を呼びかけた。 ■職場から消えた兄貴分 フラット化の導入前に入社した40代の男性社員は、新人時代の変化をこう振り返る。 「ピラミッドのころは、係長からして、もう『机の向き』が違っていた。課長なんか、ものすごく偉い存在。まして次長ともなると、口もきけなかった」 それがいきなり、「役職はみんな不要だ」と様変わりしたわけだ。衝撃だったという。1人のグループ長の下に、30人近くが水平につき、課長から派遣社員まで、みんなが横一線に並んだ。 「それで確かに、意思決定は迅速化し、柔軟にもなった。でも、失ったものも大きかった」 社員はみんな、自分の仕事ばかりを追うようになった。それまであった先輩・後輩の「教え、教えられる」というコミュニケーション関係が消えていったという。 「だけど、新人時代って、日々が自分の無力さの痛感ですよね。落ち込んでは、なんとか奮起を繰り返すなかに、先輩の励ましがあった。絶えず自分を気にかけてくれていた」 ちょっと手を抜くと、不思議とすぐに見透かされ、「おい!」と注意される。自分のことなど、見ていないようで、実はするどく監視もしてくれていた「兄貴分」。そんなありがたい存在が、職場から消えたという。 「当時は宣伝担当。ま、いいか、って感じで作った企画書が、だれからも咎められずに、あっさりと通過したときは、自分で唖然とした。もう、自分を見てくれる人はいなくなったと、思った」 ■議論や工夫が活発化 フラット化の見直しは、こうした「先輩~後輩関係」の復活をねらっている。木下副社長の警告から3カ月後。トヨタは07年7月に「小集団化」を導入した。改革に先駆けて、いくつかの部署を「モデル職場」にして、半年間の検証もしている。 その一つ。新車進行管理部は、新車の切り替え日程づくりや進行管理を担当する部署だ。そこで、車種ごとに小集団を編成してリーダー役を置いたところ、議論や工夫は活発になり、効率化を図れたという。 第1エンジン技術部では、スタッフ2~3人に対して2人のチーフをおくという手厚い小集団化をした。 「その結果、意外なところで若手スタッフが業務につまずいていることに気づき、早期に軌道修正のアドバイスができた」 と、期待以上の効果があったと報告している。 フラット化の見直しを進めた人材開発部の元スタッフ、本間英章第1企業広報グループ長はいう。 ■「核にあるのは、TBPだろう」 TBPとは、主に事務部門の人材育成のためにトヨタが導入した訓練プログラム「トヨタ・ビジネス・プラクティス」のことだ。さまざまな問題解決力を養うための研修で、難題をケーススタディーで与えて、乗り越える方法を考えさせる。問題提起から実行・評価までのプロセスをまとめ、教材なども整備している。 「TBPは、絶え間ないカイゼンを進めることを旨とする『トヨタウェイ』を、実践するための方法です。するどい質問や意見が飛び交い、みんなボコボコにされる。厳しい真剣勝負を通じて、一人前に鍛え上げられていく」 これを研修の場だけにとどめず、日々の仕事の現場へと落とし込み、日常的に取り組んでいける組織づくりが、今回のフラット化の見直しなのだと、本間さんはいう。 ■きっかけは不祥事 個人がばらばらに仕事をするのではなく、職場の状況に応じた小集団をつくり、リーダーのもとで仕事に取り組む。TBPと同じように、先輩と後輩の絆で結ばれた「強い共同体意識」によって、難問を解決していくことを目指すという。 リーダーは、自分の後輩や部下にあえて難しめの目標を与え、適切なフォローをしながら能力を伸ばしていくことが求められる。人事評価においても、「人材育成」という期待役割がはっきり明記された。 三井物産も、いったんは導入した成果主義をベースとする人事制度を、価値観の共有や人材育成といったソフト面も評価されるように、06年に大幅な改定をした。 きっかけは不祥事だ。東京都などのディーゼル車規制に絡んで、粒子状物質除去装置(DPF)という製品のデータを改竄し、より高い性能があるように装って販売していた。04年に発覚し、刑事事件に。関与した社員は懲戒解雇処分。三井物産は、社外専門家を交えた問題検討の委員会を設置し、再発防止策をまとめた。 その一つが、成果主義の見直しだ。 「社員に誤った判断をさせる原因は、業績を数字のみで評価するような会社のシステムにあったのかもしれません。これは取り除く必要があります」 槍田松瑩社長が、社外の有識者との話し合いで、こう表明している。委員会は「業績結果重視からプロセス重視へ」とする答申をまとめ、改革に移した。 ■結果よりプロセス重視 それまでは、組織業績評価は100%、売り上げなどの数字による定量評価だった。これを20%に減らし、残りの80%は定性評価に変えた。「社会の信頼を高めたか」「総合力の発揮に努めたか」といった、プロセスの質を評価する。また、その評価方法も、相対評価から絶対評価へと変更した。 「わたしたちは商社です。稼ぎは確かに大切だ。でも、その評価は2割ぶんですよ、ということ。稼ぎの性質や正当性、プロセスのほうを大きく評価します」 と、改革を担当した人材開発室の瀧口斉室長はいう。それまでの評価方法では、他人を蹴落としてまで自分の評価を高めようとするような、誤った競争が起きてしまったという。働く意欲や喜びを生み出す制度ではなかったのだ。 社員の一人は、こう嘆く。 「本当に、『競争するんだから教えられない』といって、同僚にも仕事のやり方を教えない社員まで現れた」 社内で実施した社員満足度の調査でも、不満がはっきり表れたという。改革は、働く意欲の立て直しでもあった。 「つまり、数字には表れない『よい仕事』を、きちんと後押しする制度に変えたのです」 と瀧口室長。ともすれば、それまでは取引先に嫌われてでも単年度の業績を追い求めていたが、そんなことをしても逆効果だとはっきりさせた。そして、3年や5年といった中長期の視点に立てるように、評価制度を作り直していった。 ■人の「実力」は測れない 成果主義との決別を徹底しているのが、YKKグループだ。「役割を軸とした人事制度」と名づけている。グループ人事企画センター長の寺田弥司治常務は、はっきり断言する。 「結局、人の『実力』は測れないということです。成果主義では、本当にだめなのです」 YKKでは2000年に、いったん『成果・実力主義』と呼ぶ制度を導入する。このときも、「成果」よりは「実力」に重点を置いていた。旧来の職能資格制度に変わり、職位にとらわれずに人材を評価しようという狙いがあった。 ところがいざ運用してみると、単年度の数字による成果ばかりで人材を評価してしまい、プロセスを無視する傾向が出てきたという。とても「実力」を評価しているとはいえず、ただの目先の成果主義に陥った。 「さんざんの試行錯誤を繰り返して、たどり着いた結論は何か。それは、自分たちが行動基準の最高位に位置づけている『公正』という視点を、人材評価でも中心に据えることでした」 と寺田さん。そして、この公正さを見る軸が、「役割」というわけだ。つまり、意外なことにYKKは、旧来的な「職能資格制度」(能力主義)という原点に戻っていく。成果よりも能力を重視し、それを「役割」として公正に評価しようと目指す。 いわゆる「出世ライン」も複線化した。それぞれが求められる役割をはっきりさせるためだ。従来の制度では、たとえば職人気質の優秀な技術者であっても、その高い評価ゆえに、かえって不慣れな管理職をやらされ、つぶれてしまう不合理があった。 ■入社10年までは年功制 新しい制度では、管理職層を二つに分ける。組織管理や運営を担う「マネジメント職群」と、技術開発や営業などのプロフェッショナルを追求する「専門専任職群」だ。そうやって役割をはっきりさせて、等級を与えて評価する。短絡的な成果とは、無縁のシステムだという。 多くの企業で、成果主義の弊害がはっきりしてきた。改善に動きだす会社が、少しずつだが現れている。 住友商事も、06年に職能資格制度を廃止し、成果主義を強化した。だが、入社10年目までの新人には、これを適用しない。10年間は、旧来型の年功制によって給与が上がっていく。 「10年目以下は、プロの商社人となるための準備期間」 と、同社は位置づける。短期的な成果などにとらわれず、しっかりと土台を築くためだ。 人材育成をサポートするための「住商ビジネスカレッジ」という企業内大学も開設した。新人から理事までの階層別の研修プログラムのほか、海外への留学制度など、幅広いメニューを準備している。 ところで、こうした大企業とはまったく異なった人材観をもって、人を育てている会社もある。「社員が成果を上げるのは、むしろ会社の責任」という考え方だ。串焼きチェーンの「くふ楽」などを展開するKUURAKU GROUPは、08年採用で、 「就職希望者に、全員内定」 という奇想天外な離れ業をやってみせた。会社説明会に参加した卒業予定者に、「当社で働きたい人は」と問いかけ、手を挙げた29人全員に、その場で内定を出したのだ。 そこに表れているのは、 「どんな人材も、われわれが一流にしてみせる」 という自信と覚悟であるといえる。茶髪にピアスの若者たちが、仕事に生き甲斐を見つけていく。「3年で3割が辞める」といわれる時代にあって、同社の3年目の退職率は5%以下という。 人材評価とはなにか。グループの福原裕一社長はいう。 「可能性を信じ、仲間に迎え入れ、挑戦させ、認めること。埋もれ、曇っていた人間が、働くことで生き返る。すべての人間は平等です」 福原さんにとっての成果主義とは、会社が社員を評価するのではなく、むしろ社員から会社が評価される仕組みだ。社員の成長が、会社の評価だ。 多くの組織が、成果主義に呪縛されている。抜け出そうとする試みが、始まっている。 2008年 04月 09日
(前半部略) ここでマサダのユダヤ人全滅の悲劇について簡単に述べたい。 AC66年に開始されたローマ軍とのユダヤ戦争は、70年にエルサレムが陥落した後、ユダヤ人936人がエルアザル・ベン・ヤイルに率いられてマサダ要塞に立てこもり、ローマ軍15000人がこれを包囲した。ユダヤ人たちは2年近く抵抗したが、73年についにローマ軍による陥落直前にユダヤ人たちは、投降して捕虜やローマの奴隷や虐殺されるよりは名誉の死をと、全員が集団自決したという。これによってユダヤ戦争は完全に終結した。 あのイスラエルの片目の将軍ダヤン国防相以来、イスラエルの新参兵士がTironut (国防軍の基礎訓練)を終了した際、かっての勇者の辿った夜間悪路を通りマサドに行進、巡礼し松明をバックに"Masada shall never fall again."との誓いをマサダ頂上で行わせしめ、国家への忠誠をたたき込む。それほどマサダの悲劇はユダヤ人の民族魂の原点としての記念碑となっているのである。これを見ても自虐的な広島の「過ちを繰り返さない。」ではなく「二度と戦争に負けてはならない」それが世界の常識なのであることも付け加える。 現代日本人ほど国家の「物語」をないがしろにする民族は世界で皆無である。それはすべて現在の「私である生活」が最も優先する課題となり、国家権力はそれを妨げていると決めつける基本的被害者意識が根底にあるからだ。過去 現在 未来の日本を尊ぶ気持ちがいささかもないという事からくる。 ついでに言うが、民族にはそれぞれ物語があり、歴史認識などが当然自国の誇りと栄誉のための物語であって良いのである。トラファルガー海戦でもイギリスとフランスの歴史認識は異なるのである。大東亜戦争の評価にあたって日中や日韓での有識者会議などとあるが噴飯ものである。中国や韓国が自らの歴史的位置付を変更するわけがない。従って日本は日本としての歴史認識に基づいて教科書を作れば良いだけのことである。それをヘイコラと中国や韓国の言いなりになってきた政治家や文部省が悪いのであって、それこそ日本民族の栄誉を汚している「売国奴の群」である。 沖縄戦こそがわが日本人のマサダ要塞の戦いとして位置付け、僕たちはその果敢なる戦いと死、そしてその悲劇を永遠に感謝と尊敬の念をもって記憶すべき民族の記念碑なのである。集団自決された方々のご冥福を、感謝を籠めて、ここにお祈りする。 (脚注)筆者は一切大江健三郎著「沖縄ノート」並びに曽野綾子「ある神話の背景」「集団自決の真実」を読んでいない。一切の先入観なしに上記を書いたもの。 2008年 01月 31日
「至高至急の国家の目的とは?」「日本が生き残る事(こつ)ごわす。…弱肉強食は世界永遠の相でごわしょう。その世界に日本が生き残るにゃ、寸刻も争ってただ富国強兵を計る一途しかなか」…「しかしな、権謀によってそういう間に合いの国を作っても…長い目で見て、やっぱりいつの日か、必ず日本にとりかえしのつかぬ大不幸をもたらしますぞ」。 『警視庁草紙』は、西南の役前夜の帝都を舞台に、警視庁大警視川路利良と元南町奉行駒井相模守が知恵比べを繰り広げる物語だ。作者の山田風太郎は、最終話で2人に直接対決の機会を与える。近代国家樹立のため手段を選ばない川路と、そのために罪のない人々が犠牲になることを許さない駒井。 正反対の政治思想がぶつかり合う。現実の日本もまた、弱肉強食の世界のなかで、もがき苦しんでいるというのに、「ガソリン国会」からは、危機感がほとんど伝わってこない。 「必要な道路は整備すべきだ」「ガソリン代を下げろ」。与野党双方の主張は、もっともらしいが、要は総選挙をにらんだバラマキ合戦にすぎない。支持基盤の意向と世論の動向に、両党議員が右往左往する姿が、それを裏付けている。 そもそもガソリン税が政権選択のテーマになるなんて、あまりに情けない。財政健全化、社会保障、あるいは安全保障の問題で、福田康夫首相と、小沢一郎民主党代表が、川路と駒井のように、国家観を論じ合う光景を見ることはかなわないのか。 きのうの小紙に載った岡本行夫、佐藤優両氏の対談には考えさせられた。佐藤さんは、第三次世界大戦に対する恐怖感が高まり、思想が重要になってきた世界で、「日本だけが思想不在」だと指摘する。悲しいけれど、その通りだ。 2007年 12月 29日
文芸批評家 都留文科大学教授・新保祐司 ■「戦後レジーム」の眠りから目覚めよ ≪「亡びるね」という声≫ 勤務先の大学へ向かう電車の車窓から、よく晴れた日には、雪を冠った富士山が見えるようになった。たしかに美しい。 しかし、その白い優美な姿を眺めながら、私の頭に浮かんでくるのは、「亡(ほろ)びるね」という意想外な言葉である。それは、夏目漱石が明治41(1908)年、今からちょうど100年前に書いた名作『三四郎』の中に出てくる。 熊本から東京の大学に入るために上京する主人公三四郎が、東海道線の浜松駅で停車中に、たまたま乗りあわせた広田先生と話を交わす。広田先生は、後に東京で親友になる与次郎によって「偉大なる暗闇」と評されるような人物である。 先生は、「こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って、一等国になっても駄目ですね。尤(もっと)も建物を見ても、庭園を見ても、いずれも顔相応の所だが、--あなたは東京が始めてなら、まだ富士山を見た事がないでしょう。今に見えるから御覧(ごらん)なさい。あれが日本一の名物だ。あれより外に自慢するものは何もない。ところがその富士山は天然自然に昔からあったものなんだから仕方がない。我々が拵(こしら)えたものじゃない」と言う。 三四郎が「然(しか)しこれから日本も段々発展するでしょう」と弁護すると、先生は「亡びるね」と言い放つ。まさに、日本の近代の「暗闇」からもれてきたような声である。 漱石が、近代日本の文明を鋭く批判した講演「現代日本の開化」の中で、「内発的」「外発的」という重要な用語を使ったことはよく知られている。 西洋の開化は「内発的」であるのに対して、黒船渡来以来の日本の開化は西洋の圧迫によって強いられた「外発的」なものである。結果、皮相上滑りの開化であり、「涙を呑(の)んで上滑りに滑って行かなければならない」と言った。 ≪漱石の近代日本批判≫ 漱石のこの見方は、1世紀たった今日においても本質的には正しいのであり、その後の歴史は日本人の精神から「内発性」がどんどん揮発していった過程に他ならない。 特に敗戦から7年間の長きにわたった「占領下」とは、決定的に「外発的」な時代であった。その間に生じた習性は、今日までますます根深く蔓延(まんえん)し、「内発性」は加速度的に希薄になっている。 文化の状況を見渡すと、精神の「内」から湧(わ)きあがってくるようなエネルギーが感じられない。老若男女を問わず、真に若々しいところがない。子供までが小賢(こざか)しくなっている。 道徳の崩壊や学力の低下も、起因するところは結局、この精神の「内発性」の衰弱であろう。 政治・外交の面でも、「戦後レジームからの脱却」の意志とは、わずかにのこっていた「内発性」の発現であったが、それも潰(つい)えて米国、あるいは国連といった「外」のものに依存する習性の中に、再び眠りこもうとしている。 ≪今や、覚醒の秋≫ 漱石が、「現代日本の開化」に見られるような日本の近代への批判を抱くに至ったのは、英国留学の経験によるところが大きい。明治34(1901)年3月16日の日記に「日本は三十年前に覚めたりという。しかれども半鐘の声で急に飛び起きたるなり。その覚めたるは本当の覚めたるにあらず。狼狽(ろうばい)しつつあるなり。ただ西洋から吸収するに急にして消化するに暇なきなり。文学も政治も商業も皆然(しか)らん。日本は真に目が醒(さ)めねばだめだ」と書いた。 恐らく夜中にロンドンの下宿の寒い部屋で、「覚めたる」思索の中から呻(うめ)くように誌(しる)したのであろう。 「三十年前に」明治維新によって、日本の近代は「外発的」に始まったが、そこには「真」の覚醒(かくせい)はなかったと漱石は言う。特に、戦後六十余年とは、「占領期」を経て、日本が深々と眠った時代に他ならなかった。「戦後レジーム」とは、そのような惰眠のことである。 たしかに、時々、火災を知らせる半鐘が鳴るような事件はあったに違いないが、しかし「本当」の覚醒に至ることはなかった。 21世紀になってからは、9・11やイラク戦争、あるいは北朝鮮の核問題など、まさに半鐘は激しく鳴りつづけているのだが、そのときそのときに「狼狽」して急場しのぎの対応をするばかりで「内発的」に決断する気力は乏しい。 今日ほど「亡びるね」という声が真に迫って聞こえてくる時代はない。今や、「日本は真に目が醒めねば」ならない秋(とき)である。 2007年 10月 21日
偽物の国家とは、国という字を見ればわかるように、王、即ち権力者を、官僚や軍が周囲を取り囲んでいる。しかし、私が求めてやまぬ真実の日本国とは、万邦無比の邦(くに)、これを社稷(しゃしょく)と言ってもいい。つまり日本古来の共同体なんです。 社とは土地の神で、稷とは五穀(米・麦・粟(あわ)・豆・黍(きび)または稗(ひえ)の神を指す。 社稷とは土地と地域共同体に根ざした体制を意味し、権力をもって法律によって統治される「国家」とは異質の、本来的な国家であると右翼思想においては考えられている。村上氏の社稷国家には筆者も賛成だ。筆者は、本書を村上氏の政治的遺言と受けとめている。 ※参考になる文章がありましたので、ご紹介します。↑ < 前のページ次のページ >
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