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カテゴリ:■731部隊
  • ◆「731部隊」米軍へ細菌兵器攻撃を計画 (TBS 06/7/21)
    [ 2006-07-23 12:36 ]
  • ◆ドイツの生物学者 旧日本軍の細菌戦を調査 浙江省 (人民網 06/6/12)
    [ 2006-06-14 08:54 ]
  • ◆「日本の若者も丸太を見たら驚愕」
    [ 2006-05-12 12:58 ]
  • ◆加害の歴史から平和を考える(1)「兵舎に代えて学校を」
    [ 2006-04-20 10:38 ]
  • ◆【中国情報】ハルビン 731部隊跡地を観光地化
    [ 2006-03-19 16:31 ]
  • ◆731部隊の新たな証拠を発見 日本人教授
    [ 2006-02-27 16:10 ]
  • ◆旧日本軍の細菌戦、中国人の被害27万人以上
    [ 2006-02-27 16:07 ]

2006年 07月 23日
◆「731部隊」米軍へ細菌兵器攻撃を計画 (TBS 06/7/21)

http://news.tbs.co.jp/headline/tbs_headline3340062.html

 旧日本軍の秘密部隊である「731部隊」、その石井隊長の日記が去年、発見されましたが、この中に、石井隊長が上陸するアメリカ軍を細菌兵器で攻撃しようと計画していたことを示す記述が含まれていることが明らかになりました。

 玉音放送の翌日、8月16日の午後、帝国大本営は全軍に休戦命令を出しました。それでも一太刀を浴びせようという者がいました。それが、石井四郎 陸軍中将。731部隊の隊長です。731部隊が満州で開発したペストの細菌兵器でアメリカ軍を攻撃する計画だったといいます。

 30年にわたり731部隊を研究する常石敬一教授。去年、作家の青木富貴子さんが発見した「石井ノート」の解読を進めてきました。「石井ノート」は、石井中将が終戦直後の8月16日から書きとめた2冊の日記です。常石教授は、これまでの研究成果と突き合わせ、この中に重要な記述を発見しました。

 「731部隊を創り、石井機関を創った軍医としての石井の生涯が、この10日間に込められていて、自分の生涯を賭けた最後の作戦というのを考えたんだろうなと」(神奈川大学 常石敬一 教授)

 石井中将は大戦中、サイパンで細菌兵器攻撃を実行し、失敗しました。しかし、あきらめていなかったのです。

 「相模湾に25日、米兵上陸。全国にばらまく」(神奈川大学 常石敬一 教授)
Q.何をですか?
 「ペスト蚤(のみ)を。つまり、米兵の上陸に合わせて、全国に夜桜特攻隊がペスト蚤をばらまく。上陸地点に。大本営の命令に背いて一度やってみたかったんでしょうね。『PX』これはペスト菌を体内にいっぱい持った蚤=ペスト蚤ですね。PXと『ホ号』の一部。『ホ号』というのは細菌戦を実行すること」(神奈川大学 常石敬一 教授)

 日記には作戦遂行のための人員、器材、運搬手段が記されています。しかし、計画は陸軍トップの知るところとなります。

 「梅津参謀総長ですよね、『犬死はやめよ』『静かに時を待て』」(神奈川大学 常石敬一 教授)

 梅津参謀総長により構想は葬られました。731部隊を創設し、人体実験と細菌兵器開発に賭けた部隊長の野望は、ここに完全に潰えたのです。これは降伏文書署名の直前の出来事でした。



by sakura4987 | 2006-07-23 12:36 | ■731部隊
2006年 06月 14日
◆ドイツの生物学者 旧日本軍の細菌戦を調査 浙江省 (人民網 06/6/12)

http://www.people.ne.jp/2006/06/12/jp20060612_60542.html


「旧日本軍による細菌戦で被害を受けた中国の人々の、60年余りにわたる甚大な苦しみには驚愕と震撼を覚える。しかし、国際社会でこれらの旧日本軍の犯罪行為を知る人は非常に少ない。このようなことを2度と起こさないために、世界中の人々があの非人間的な細菌戦を知る必要がある」

ドイツのハンブルグ大学の細胞生物学者であり、国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)生物兵器査察員でもあるヤン・ファン・アケン氏は、浙江省義烏市でこのように語った。新華社のウェブサイト「新華網」が伝えた。

アケン氏は8日から11日まで、補佐のツィクラー氏を伴い、同省衢州、金華、義烏の各市を訪問。

 旧日本軍細菌戦中国被害者訴訟原告団の王選団長の案内を受け、60年余り前の旧日本軍による浙江省での細菌戦の重大な被害について詳しい聞き取り調査を行った。

アケン氏によると、今回の調査結果は、2006年11月にジュネーブで開かれる国連「生物兵器禁止条約」(BWC)第6次審議会議に提出される。また、旧日本軍が中国で行った細菌戦の実態が、世界のメディアを通じて明らかにされる。

細菌戦の中を生き延びた衢州市の呉世根さんは、旧日本軍が播いたペスト菌により、弟と妹を失った。

 「(当時)9歳になる二番目の弟は、苦痛のあまりベッドの板を掴み、血を流していた」と、苦しみながら死んでいった弟の様子を涙ながらに語った。

衢州市衛生防疫ステーションの元所長、邱明軒さん(75歳)は、長く同市の細菌戦調査に携わっている。邱さんは旧日本軍が1940年と1942年の2回、同市で展開した大規模な細菌戦の実態をアケン氏に説明した。

 邱さんの調査によると、当時、同市や周辺の農村でペスト菌に感染して死亡した人は、5万人を超える。

金華市湯渓鎮曹界村では、かつて炭疽菌に感染した被害者の戴兆開さん(70歳)が、ズボンの裾をまくり上げて見せた。戴さんの両足には松の木の皮のようにただれた傷口が残っている。

 アケン氏はその痛々しさに眉を曇らせながら、炭疽菌への感染の経緯や、現在使っている薬について、詳細に聞き取った。

細菌戦で403人の命が奪われた義烏市崇山村では、アケン氏は、日本軍が1942年秋に撒き散らしたペスト菌と、生体解剖という残虐行為を重点的に調査した。

 訴訟原告団の王培根事務局長は、「日本軍は、ペスト菌に感染した村人を捕まえて村にある林山寺に連れて行き、仏教の聖地で彼らの内臓を取り出し、細菌弾を作るのに用いた。この村の多くの老人は、被害者が死の直前に上げた凄惨な叫び声を一生忘れることができないと言っている」と語った。

4日間の聞き取り調査に、アケン氏とジグレ氏は強く震撼させられたという。

 アケン氏は同省での調査を終えた後、「今の心境はとても複雑だ。旧日本軍の細菌戦が中国の人々を60年以上も苦しめてきたことに非常に心が痛む、一方で、王選団長らの人々の歴史の証拠を取り上げる行動には、心が慰められる」と述べている。

アケン氏はまた、「今回の調査で、私は旧日本軍の細菌戦はまさに事実であり、人々の推測ではないことを確信した」と表明。更に多くの人々にこの歴史的事実を知らせ、このような悲劇が世界で繰り返されないようにしなければならないと語った。

王選団長は、「ドイツの生物学者による調査は、旧日本軍の細菌戦の証拠が確たるものであることを再度説明した。また、訴訟を最後までやり抜くという原告団の決意がさらに固まった」と述べた。

 原告団は、1997年8月から現在まで、日本政府に謝罪と損害賠償を強く求め続けている。

中国国内や海外の多くの研究により、1931年から1945年までの間、旧日本軍の731部隊などの細菌戦部隊が数十回にわたる細菌戦を展開し、中国の人々に甚大な被害を与えたことが明らかにされている。



by sakura4987 | 2006-06-14 08:54 | ■731部隊
2006年 05月 12日
◆「日本の若者も丸太を見たら驚愕」
 (朝鮮日報 06・5・10)

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/05/10/20060510000033.html

731部隊博物館・王鵬館長インタビュー

 第2次世界大戦中、日本軍が残酷な生体実験を行った中国黒竜江省ハルビンの731部隊があった場所には今、博物館が建っている。中国はこの部隊が使った手術道具や生体実験のスライドフィルムなど約1,600点を発掘、1982年に建築した。

 この731部隊博物館の王鵬館長(45)が先日、訪韓した。今年8月から1年間、ソウルオリンピック公園をはじめ、全国を巡回して開かれる「731韓国巡回展示会」の準備のためだ(丸太:日本兵が「マルタ」と呼んだ捕虜で人体実験・生体実験を行った)。

 王館長は「約60年前に起きた戦争だがいつまでも覚えておかなければならない。そうすることで再び無惨な戦争が起きるのを避けられる」と話す。「しかし中国や韓国の最近の若者は戦争をコンピューターゲームくらいでしか知らないようだ」と唇をかんだ。

 ハルビンの731部隊博物館には去年、約30万人の入場者が訪れた。「中でも日本人入場者は3万人にも達し、韓国人入場者2万人よりも多い」と王館長は言う。「博物館を訪れた日本人の若者たちは祖父の世代の人々がこうした無惨な行為を行なったという事実を目の当たりにし、驚愕(きょうがく)して帰ります」

 王館長は731博物館とその近辺を国連教育科学文化機構(ユネスコ)世界文化遺産に登録するため準備していると話す。「原爆が投下された広島の原爆ドームはすでに世界文化遺産に登録されている」と。

 「加害国の日本では1990年代初めに731博物館巡回展を行ったが、日本の植民地支配の被害国・韓国で今になってようやく展示会を行えるというのは、遅い気がする。日本での展示時には731部隊出身ということを隠して生きてきた日本人が過去を告白し始めた」と王館長は語った。

 今回の韓国展示会には731博物館の資料約400点が展示される。細菌爆弾の破片や13キロもある足かせなどが展示され、生体解剖・人間冷凍実験をしているむごい姿が模型で再現される予定だ。

 王館長に現在の中日関係について問うと「小泉首相が(A級)戦犯14人を祭った状態の靖国神社に参拝するのは受け入れられない」と答えた。

 しかしそう言いながらも中国の高句麗史歪曲(わいきょく)問題の話が出ると「韓中両国政府が未来を視野に入れた互恵平等の方向で問題を解決するべき」と言葉を濁した。

by sakura4987 | 2006-05-12 12:58 | ■731部隊
2006年 04月 20日
◆加害の歴史から平和を考える(1)「兵舎に代えて学校を」
 (人民網 06・4・19)

http://j.peopledaily.com.cn/2006/04/19/jp20060419_59106.html

抗日戦争中、日本軍の拠点として建設された黒龍江省孫呉県。軍属を中心に人口10万人を数えた市街には、発電所の遺構や、従軍慰安婦が働いたという軍人倶楽部の廃墟が立つ。70年の歳月を飛び越え、侵略の歴史が眼前に突きつけられる。731部隊の支部も、孫呉にあった。

その孫呉の町外れに、日本からの寄付で建った小学校がある。

「孫呉緑之風希望小学校」。JR東日本労組大宮地方本部が民間から寄付金約300万円(20万元)を集め、2004年開校した。開校後も、組合員が毎年学校を訪問し、子供たちや地元の人々と交流を続ける。

「希望小学校」は、貧しい農村地区に、中国内外からの寄付で小学校を建設する中国青少年発展基金会のプロジェクト。JR東日本労組は基金会のパートナーとなり、同労組の各地方本部が分担し、これまでに19の小学校を建てた。

大宮地方本部が孫呉を選んだ決め手は、民家を借りて授業をする程、教育環境に恵まれていなかったこと。何より「日本軍が侵略し、開拓団を送り込んだ歴史」だったという。

今年4月中旬、3度目の訪問団が孫呉を訪れた。20歳の駅職員から、65歳の元運転士まで総勢15人。大半が中国は初めてだった。

4月13日午前、ハルビンから10時間かけて到着した一行を、80人余りの生徒たちが出迎えた。小雪をおして「ホアンイン、ホアンイン(歓迎歓迎)」と歓声が上がる。「いやあ、照れますねえ、かわいいですねえ」とほほ笑む訪問団。

交流の段取りは、若手職員を中心に「まず中国語で自己紹介して、フォークダンスをしてからスポーツ」など細かく打ち合わせていた。

しかし「ジェンカ」の音楽がかかると、子供たちは踊りだしたら止まらない。あとは子供と肩を組んで踊る人、小学生20人を相手にサッカーする人、校庭の片隅で鉄棒する人。打ち合わせとは全く違ったが、年を忘れて思い切り遊んだ。

「言葉もできないし、うまく交流できるか不安だった」という菅野勉さんは、縄跳びの二重跳びを披露して子ども達に囲まれた。交流を終え「加害の歴史を知り、ここに小学校を建てた意味が分かった。今日出会った子ども達の将来まで見守っていきたい」と話した。

校庭の隅には、日本軍の兵舎の土台が今も残る。「孫呉を侵略した日本人を、恨む気持ちは無いのか」と記者が訊ねた。趙文強校長は「歴史は歴史として記憶する」と答えた。そしてサッカーに興じる子どもと日本の若者を目で追いながら「次の世代の若者が、ああやって毎年交流するのが、何よりですよ」と言葉を重ねた。

サッカーは4対0で小学生チームの勝ち。同労組大宮地本は、来春も孫呉を訪れるつもりだ。(北海道新聞 佐藤千歳)

写真説明1:孫呉緑之風希望小の子どもたちに笑顔で見送られるJR東日本労組大宮地

写真説明2:「中日対抗戦」に熱中する孫呉の小学生とJR東日本労組の若手職員



◆加害の歴史から平和を考える(2)731部隊跡に立つ若者 (人民網 06・4・19)

http://www.people.ne.jp/2006/04/19/jp20060419_59109.html

「許してもらおうなんて、ムシのいいこと言っちゃいけねえよ。人間のやることじゃなかったんだから」。

日本からの寄付で黒龍江省孫呉県に建てた緑之風希望小学校を訪ねるJR東日本労組大宮地方本部の旅。ハルビンへ戻る夜行列車で、元運転士の富岡さん(65歳)がボソッとつぶやいた。

中国の子供たちとの交流とともに、日本による中国侵略の歴史と向き合うことが、旅の目的だ。

小学校での交流を終えた一行。翌14日、中ロ国境の町、黒河市の博物館に立ち寄った。

「日本軍中国侵略罪証陳列展」の展示を見ていると、男性館員がやって来た。日本人と知り、険しい表情でカメラを押さえる。写真を撮るな、という仕草。メンバーにトイレを借したと知り「日本人になんか便所を貸すな」と声高に話す若い館員もいる。

だが展示を見終わった富岡さんたちは「謝謝(シエシエ)。見せてくれてありがとう」、館員に深深と頭を下げた。館員の表情が少しだけ緩んだように見えた。

富岡さんは5歳まで、軍人だった父の居た孫呉で育った。1945年8月、黒龍江(アムール河)を越えたソ連軍から逃れ、中国東北部を母、姉と1年間さまよい、博多に帰り着く。

孫呉時代の記憶は無いが、その空白を埋めるように、日中戦争の本を読み続けてきた。黒龍江で見た歴史の展示には、明らかな誤りもある。富岡さんは言う。「(抗日戦争についての中国側の主張が)全部事実とは思えない。でも日本人と日本政府が、自分の犯した罪を認めて、真実を徹底的に求めない限り、真実は分からないままだよ」。

★ ★ ★

旅の最後の目的地は、ハルビンの731部隊罪証陳列館だった。

ここを訪れるために、大宮地本の15人のメンバーは事前学習会を開いている。予備知識はあった。それでも、感想を話しながら見ていたメンバーの口数が、次第に少なくなっていく。生体解剖で取り出した内臓をかけたという金具、人の骨を切ったというノコギリ。人体実験を告白した元731部隊員のビデオに、若いメンバーは黙ってメモを取るペンだけを動かし続けた。 

今回の旅の最年少参加者は、駅職員の木村さん(20歳)だった。高校は歴史の授業を選択しなかったため、731部隊のことは今回の旅に参加するまで知らなかったという。「本と、実際見るのと”誤差”ってありますよね」と感想を話す。

中国人の捕虜に、人為的に凍傷を起こさせたという建物の前。黄土色のレンガが、4月でも凍り付いているように見える。「戦争やると731部隊みたいなこと出てくるじゃないすか。だから今、(政府に)戦争やらしちゃいけないんすよ」。木村さんは、自分に言い聞かせるように、ゆっくりと話した。(北海道新聞 佐藤千歳)

写真説明1:関東軍の侵略行為についての展示に見入る参加者

写真説明: ハルビンの731部隊による「凍傷実験室」を見学するJR東日本労組大宮

by sakura4987 | 2006-04-20 10:38 | ■731部隊
2006年 03月 19日
◆【中国情報】ハルビン 731部隊跡地を観光地化
 (産経1・18)

 中国のニュースサイト「新浪網」によると、黒竜江省ハルビン市は十
七日までに、「侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館」がある同市の旧関東
軍防疫給水部(七三一部隊)跡地を、四千四百七十万元(約六億四千万
円)を投じて整備し、抗日戦争関連の観光地にする計画を明らかにした。
(北京 共同)

by sakura4987 | 2006-03-19 16:31 | ■731部隊
2006年 02月 27日
◆731部隊の新たな証拠を発見 日本人教授
「人民日報」05/08/18

日本の東京新聞は17日、生物化学兵器問題を長年研究してい
る常石敬一・神奈川大学教授らが、米議会図書館と日本の国会
図書館で、731部隊がノミを使用してペスト菌などの細菌兵器
を開発していたことの新たな証拠を見つけたと報じた。証拠は731
部隊が米軍に提出した英文の「人体解剖記録報告」と、731部
隊幹部による医学論文。 「人体解剖記録報告」の「Q報告」
には、1940年6月から秋にかけて中国東北地区の農安と新京(
現在の長春市)で行ったペスト菌による細菌戦研究の状況が詳
細に記録されている。731部隊は計57人の市民にペストを感染
させ、その死後に病理解剖を行った。

常石教授が京都府の国会図書館関西館で発見した731部隊幹
部による秘密論文集「陸軍軍医学校防疫研究報告」には、ノミ
の繁殖方法、細菌戦実施の気候条件、爆弾に装填した後の細菌
の生存能力などが詳細に記述されている。

論文の中で731部隊の平沢正欣少佐(軍医)は、犬に寄生す
る犬ノミが、当時新京で発生したペスト蔓延の感染媒体だった
ことを確認。731部隊はペスト菌に感染した犬ノミを人間に放
ち、生体実験も行っている。(編集NA)


◆東京裁判の写真集、中国で出版 日本語解説も 

軍国主義を掲げた日本の戦犯を裁いた極東国際軍事裁判(東
京裁判)の写真集「正義の審判」がこのほど、中国外文局の新
星出版社から刊行された。同書は17日、中国人民抗日戦争記念
館に寄贈された。

同写真集には150点以上の写真が掲載され、中国語と日本語
の解説文が載っている。内容は、▽日本軍国主義による中国侵
略の数多くの犯罪の暴露(「狂気の中国領土占領」「野蛮な虐
殺、人間性の喪失」「中国の人民の抵抗と勝利」など8部分に
分かれる)▽厳粛な極東国際軍事裁判の再現(日本のA級戦犯14
人の犯罪を列挙、裁判の歴史的意義を肯定する)――の2部分
に分かれる。(編集SN)



by sakura4987 | 2006-02-27 16:10 | ■731部隊
2006年 02月 27日
◆旧日本軍の細菌戦、中国人の被害27万人以上


旧日本軍の細菌戦をめぐる対日訴訟原告団の王選団長は、このほど南京
で開かれた「ナチスによるユダヤ人虐殺と南京大虐殺をめぐる国際シンポ
ジウム」で、1932年から45年にかけて中国で設立された60の細菌部隊と分
隊が、少なくとも27万人以上の中国人に被害を与えた、と述べた。

王選団長によると、日本は対中侵略戦争の期間に、中国へ細菌部隊を派
遣しただけでなく、中国本土に細菌兵器の研究と生産の基地を建設、実戦
で一般住民に細菌兵器を使い、ペスト菌、炭疽菌、鼻疽菌を中国の山林や
川、田畑に撒き散らし、中国の無数の一般人に被害を与えたという。また
旧日本軍は、中国のあらゆる戦場で細菌戦を展開した。しかし世界的にみ
れば、戦争で細菌兵器を使った例はきわめて少ない。

王選団長とそのほか内外の学者の研究によると、旧日本軍は1932年、中
国東北地方の黒龍江省背陰河地区に細菌実験部隊を設立した。1936年には
天皇の極秘命令に基づき、日本軍は哈爾濱(ハルビン)に731部隊を設立、
主に人間に使用する細菌兵器の研究と開発を担当させた。731部隊に続いて
旧日本軍は、長春、北平、南京、広州などの多くの都市に細菌部隊を設立
した。これら部隊は60以上の分隊または派遣機構を持っており、参加した
人数は1万人を超えた。1945年の戦争終結時にも、731部隊はまだ3千人余り
を数えた。ハルビンの731部隊と、長春の100部隊は、炭疽菌と鼻疽菌を大
量生産した。731部隊による炭疽菌の生産能力は、毎月600キロに上った。
1941年から42年にかけ、100部隊は1トンの炭疽菌と500キロ以上の鼻疽菌を
生産したという。

調査によると、旧日本軍の細菌部隊のほとんどすべてが、生きた人間を
使った細菌兵器の実験、細菌戦の研究を行い、細菌兵器を大量生産した。
正規の細菌戦部隊以外に、中国にいた日本軍の陸軍病院や各部隊、防疫給
水部、さらには一般の部隊や普通の病院、医学関係の組織までが、細菌戦
争に関わった。

遅くとも1938年には、中国に侵略した旧日本軍は中国で細菌戦を始めた。
終戦後の調査によると、旧日本軍は中国の20以上の省で細菌作戦を展開。
その中で規模や住民への被害が大きかったのは、浙江、江西、湖南などの
各省で、被害者は少なくとも27万人に上る。(編集CS)

by sakura4987 | 2006-02-27 16:07 | ■731部隊