2006年 09月 10日
社民党は7日午後、都内で「千鳥ケ淵戦没者墓苑・平和祈念施設提言委員会」を開き、読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長と意見交換した。 渡辺氏は「世界各国に無名戦士の墓があり、国賓が来た時に訪問する国も多い。日本でこれに該当するのは千鳥ケ淵墓苑だ」と指摘、同墓苑に隣接する公務員宿舎などを廃止して墓苑を拡充、無宗教の追悼施設にすることを提案した。 福島瑞穂党首は「社民党の考え方と共通点がたいへん多く、とても参考になった」と応じた。 渡辺氏は太平洋戦争の戦争責任について「明確にすべきだ。本当は国会で特別委員会を作って議論するのが望ましい」と強調。土井たか子名誉党首も賛意を示した。 提言委員会は、これまで社民党と接点がなかった有識者からヒアリングを行う方針で、次回は福田康夫元官房長官の追悼施設に関する私的懇談会委員だった西原春夫・元早大総長から聞く。 2006年 08月 25日
非安倍勢力の受け皿目指す 自民党の加藤紘一元幹事長、山崎拓前副総裁らは二十四日午後、都内のホテルで「アジア外交のビジョン研究会」の設立発起人会を開いた。 同会は小泉純一郎首相の靖国神社参拝で行き詰まっているアジア外交を立て直すのが目的。 総裁選レースで独走する安倍晋三官房長官の首相就任を前提に、安倍氏の外交路線に批判的な勢力の結集を図る狙いもあり、総裁選後に全議員に呼び掛けて本格始動する。 会合には津島、丹羽・古賀、山崎、谷垣、高村の各派と無派閥の計二十一人が出席。会長に加藤氏、顧問に山崎氏、会長代理に船田元・元経企庁長官を選出し、「最優先課題は対中・対韓外交の改善」とする趣意書を確認した。 山崎氏は「日米同盟が突出し、アジア外交が行き詰まっている。新政権発足後に、アジア外交が正しく展開されるように積極的に提言したい」とあいさつした。 この後、読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長・主筆が講演し、「新政権は日中首脳会談を年内にできるようにすべきだ」と訴えた。 会合後、加藤氏は記者団に「総裁選までは目立った活動をしない」とした上で、「外交、歴史問題では(安倍氏との)対立軸になる。党内で主流の考え方だけでこの国はいいのかというのが会立ち上げの動機だ」と語った。 一方、谷垣派の中谷元・元防衛庁長官は「(会の趣旨は)谷垣禎一財務相の考えと共通する部分が多い」と述べ、総裁選で谷垣氏への支持獲得につなげたいとの考えを示した。 2006年 08月 23日
私は、読売新聞は、とっていない。だから、朝日から出た例の小冊子、「『靖国』と小泉首相」で、「二〇〇五年八月十五日の紙面から、戦争責任の所在を明らかにすべきだというキャンペーンを始め」られたことは承知していたが、どんなことが書かれているか、または書かれていないかは、知る由もなかった。 ところが、はしなくも、この十八日付「産経抄」が、一年続いた「検証・戦争責任」という連載が、同社の事実上の創業者である正力松太郎氏が、「いわゆるA級戦犯容疑者(不起訴)として一時、巣鴨に収容された」事実は、ついに触れなかったことを教えてくれた。 「言論界でもうひとりA級戦犯容疑者(同)とされた徳富蘇峰の言動はとりあげながら」これでは「腑に落ちない」と、筆者氏はおっしゃっているが、これも何回も申し上げた「新聞が何事かを企んで激すると、必要なことが書かれず、必要でないことが書かれるようになる」好事例というものなのだろう。 読売新聞は、本当にあの戦争の責任を究明したいとお思いなら、一章、「報道」の部を設け、「新聞の責任」と「便乗」「煽り」について、徹底的に追及されるべきではなかったのか。 そうではなくて「あれは、正力氏が一時、内閣顧問を命じられていたから」くらいで片づけ、己も被害者であったかのように振る舞うと、津田塾大学講師だった掛川トミ子さんが見つけられた「ジャパンクロニクル」のような新聞が、わが国からなくなると、私は思う。 蘆溝橋事件勃発直後の昭和十二年七月十六日同紙社説は、こう書いている。 「政府の公式発表の方が新聞に比べて余程宥和的であり、好戦性の度合いはより少ないと言える。新聞が世論を喚起し鞭撻してきたやりかたは、日本政府が和解工作による妥協をはかろうとする場合、厄介な阻害要因となる危険性の兆しが現われているのではなかろうか」(「日米関係史4」東京大学出版会刊1972年) 今、あの戦争の責任究明に懸命な読売が、同じ日、どんな社説を載せていたか、私は知りたい。 往時と異なり、新聞は、視聴率第一主義のテレビを傘下に抱えている。新聞に比し、関係者の勉強度は劣るのに、煽動力は遙かに強い。先ずは御自愛を。 2006年 08月 18日
戦後まもなく、アメリカは「宣戦布告」なき戦争を仕掛けたわが国を悪とする、自国に都合のよい解釈で埋まっている「真相箱」をメディアに報道させました。 A級戦犯究明作業はその範囲でしかないといいなくもないと思います。「真相箱」が本当に真相を伝えているか、その究明が必要です。 しかしもっと優先することがあるのではないでしょうか。 一歩間違えばわが国もその犠牲になっていたに違いない欧米の植民地化政策、日露戦争後主としてアメリカに湧き上がった黄禍論、中国の対日戦争を煽ったソ連のコミンテルン活動、等など、明治維新後のわが国を取り巻く厳しい当時の世界状況をきちんと精査しておくことは何より優先することです。 次の作業として読売新聞が是非実施されることを期待します。 真のA級戦犯が確定したとして、その人たちだけに責任を負わせ何時までも悪のレッテルを貼りつづけることに違和感を覚えます。 周知のとおり、東条元首相は、獄中で、 千々に裂くともおよばじな 栄えしみ世を落せし罪は と心情を詠んでいます。 東条元首相を始めとして死刑になった「戦犯」の方々は自国に対する自分の非を認めて潔く刑を受けました。 また、日本人の死生観は「衆生悉皆成仏」です。この尊い精神文化は維持したいものです。 2006年 08月 18日
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060816ig15.htm 胸の内の戸惑いを、首席弁護人は法廷で口にした。「大地の上に立ちながら、その大地の存在自体を疑わずにおられぬような…」、そういう心境であると 極東国際軍事裁判(東京裁判)を題材にした木下順二さんの戯曲「神と人とのあいだ」(講談社)の一場面である。勝者が敗者を一方的に断罪する。当時からあり、いまもつきまとう裁判への疑問符を、その言葉が代弁している 「テキさんは、今や自分を神さまだと思いこんじまってる。…けど、こっちが勝ってたらおれたちも自分を神さまだと思いこんじまうにきまってる」。軍事裁判というものの難しさを語るせりふもあった 戦勝国が神さまの気分で用意した「裁きの大地」ではなく、みずからの手で設けた大地の上に日本人が立ち、あの大戦を見つめ直さねば歴史は前に進んでいかない。そう考えて小紙は戦争責任の検証企画シリーズを掲載してきた いわゆるA級戦犯のなかにも無実の罪を問われた人がいたこと。戦犯として扱われなかったなかにも責めを負うべき人がいたこと。新聞をはじめとするメディアの“共犯関係”を問うたこと。「昭和戦争」と名前をつけたこと…等々 共感あり、異議あり、記事を読まれた方の感想は、人によってさまざまだろう。甲論乙駁(おつばく)があっていい。生まれたばかりの大地である。 ─────────────────────────────────── ◆産経新聞 【産経抄】 (06/8/18) 61年前の敗戦で日本は連合軍に武装解除され、陸海軍は実体も名称も消えてしまったが、民間で名前に「軍」の字が残った団体がある。それは、故・正力松太郎氏が心血を注いだ読売巨人軍だ。 今の巨人軍が軍隊のように強いかどうかは別にして、正力氏は文字通りの巨人だった。警察官僚出身だが、読売新聞を日本有数の新聞に育て上げたばかりかテレビにいちはやく目をつけ、日本テレビを立ち上げてメディア界に君臨、生前は「大正力」と呼ばれた。 そんな氏を「巧みに戦争責任韜晦(とうかい)」と書いた新聞がある。昭和20年11月4日付の読売報知(現・読売)だ。当時は労働争議下で、編集局を労組が牛耳っていたとはいえ、「正力氏が戦争に便乗せんとし、軍閥、官僚に積極的に協力した事実を知っている」とは激越だ。 正力氏は戦時中、内閣顧問など政府の要職に就いた。他紙も大同小異だったが、紙面には「勝利への大道ひらく本土決戦」などといった見出しが躍り、戦後、いわゆるA級戦犯容疑者(不起訴)として一時、巣鴨に収容された。 こんなことをあえて書いたのには理由がある。読売新聞が日本の戦争責任を問う「検証・戦争責任」を1年間掲載、さきの大戦を「昭和戦争とする」と宣言しただけでなく、最終報告では4ページにわたり東条英機、近衛文麿といった当時の首相や軍幹部を名指しで弾劾しているからだ。ン?と抄子は思う。 言論界でもうひとりA級戦犯容疑者(同)とされた徳富蘇峰の言動はとりあげながら、「正力」の名はなかった。自分のことは棚に上げて、と小欄もたびたび叱責(しっせき)をいただくが、これも腑(ふ)に落ちない。身内のこともきちんと検証されていたら大連載に深みが加わったのではと惜しまれるのだ。 2006年 08月 16日
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060814ig90.htm 「この年のこの日にもまた靖国のみやしろのことにうれひはふかし」 昭和天皇が1987年、「終戦の日」を迎えて詠まれたお歌である。 今年も「この日」が巡ってきた。東京・九段の日本武道館で全国戦没者追悼式がとり行われる。 式典には、天皇、皇后両陛下とともに国家三権の長である衆参両院議長、首相、最高裁長官が参列する。日本国としての最も厳粛な行事である。 追悼の対象として、いわゆるA級戦犯も排除されているわけではない。 他方では、なお、靖国神社へのいわゆるA級戦犯合祀(ごうし)問題が国論を二分するような状況が続いている。なぜなのか。 要因の一つは、「A級戦犯」が、軍事裁判(東京裁判)を行う戦勝国によって類型化されたものであって、戦争責任の所在が日本自身の手で検証されなかったことにあるのではないか。 敗戦直後には、日本政府部内にも、戦争責任を糾明しようという動きは、いくつかあった。東久邇内閣の戦犯裁判構想や幣原内閣の戦争調査会などだ。連合国軍総司令部(GHQ)の意向などによって、頓挫した。 読売新聞は、昨年の夏以来、東京裁判の「戦犯」概念とは距離を置く形で、政治・軍事指導者たちの責任の解明作業を続けてきた。戦争への道を推し進めた責任、戦争を阻止できなかった責任、戦争を早期に収拾できなかった責任である。 検証の対象期間は、日中戦争に先行して1931年に始まる満州事変から、対米英蘭(らん)戦争の終結までである。 この間の一連の戦争については、いまだに呼称さえ定まっていない。大東亜戦争、太平洋戦争、アジア・太平洋戦争、15年戦争……。いずれも地理的、あるいは歴史経緯的に、なんらかの難点が伴うためだ。 読売新聞は、これを地理的概念や歴史観とは関係のない「戦争の期間」で括(くく)り「昭和戦争」と呼ぶこととした。 検証作業の内容は、これまで随時、紙面で報告してきた。今日の紙面は、8月13日付紙面と併せ、そうした作業の集大成である。 検証の結果、いわゆるA級戦犯の多くが「昭和戦争」の責任者と重なった。 だが、重ならない例も多々あった。 たとえば、「A級戦犯」として絞首刑になった木村兵太郎大将は、戦前・戦中の重要な局面で、特段の責任を問われるほどの役割を演じた形跡はなかった。 また、同じく「A級戦犯」で、終身刑の判決を受けた賀屋興宣蔵相には、日米開戦時の閣僚だったという以外の戦争責任は見当たらない。しかも、開戦には反対していた。 逆に、戦争を終結に導いた“功績”がしばしば語られてきた鈴木貫太郎首相にも、「終戦」の時期を先送りして原爆投下とソ連の参戦を招いたという意味での戦争責任があった。 重大な戦争責任がありながら、死去したがゆえに、「A級戦犯」となることを免れた最高指導者たちもいる。 代表的な例が、自決した近衛文麿首相である。決定的諸局面での優柔不断、判断ミスの連続で、ずるずると軍部の主張に押し流された責任は、極めて重い。 松岡洋右外相も、日独伊三国同盟の推進・締結という国際情勢についての誤断により日米開戦への道を開いた。「A級戦犯」として起訴されたものの、判決前に病死し、判決は下されなかった。 その他にも、いわゆるA級戦犯以上に実質的な戦争責任があったのに、訴追もされなかった軍事官僚たちがいた。陸軍参謀本部、海軍軍令部の参謀である。 これら参謀の多くは、軍事紛争拡大・開戦・戦争継続に向けて上層部を突き上げ続け、時には越権行為まで犯しながら300万人以上の兵士、国民の死に対して何ら責任を負うこともなく、戦後、安穏に畳の上で死んでいる。 もちろん、「昭和戦争」の犠牲者は、日本国民だけではないが……。 戦争に至った経緯、その後の展開は、当時の国際情勢や、それぞれに世界戦略を描く列強の思惑、駆け引きなどとも複雑に絡み合っていた。 たとえば日中戦争で、米国は日米開戦以前から、蒋介石・国民党政府に対し、「援蒋ルート」を通じて軍事物資を提供し、背後から支援していた。 1939年に始まるソ連のフィンランド侵略に対し、英仏はいったん対ソ遠征軍の派遣を決めている。しかし、フィンランドがソ連に屈服したため、英仏とソ連は衝突に至らなかった。 ソ連の対日参戦は、日ソ中立条約違反だが、背景には、参戦を要請した米英とのヤルタ密約があった。 だからといって、そうした国際情勢への対応を過ち、無謀な戦争を始めて日本国民と近隣国に惨禍をもたらした政治・軍事指導者たちの責任を曖昧(あいまい)にしていいわけはない。 その責任を日本自身の手で解明・総括しておかなくては、戦勝国側の戦争責任や戦争犯罪を批判するのも難しい。歴史認識問題の解決への展望は、そこからしか開けない。 2006年 08月 16日
※ある方に頂いた、読売に対する抗議文です。感謝です。 相当数の電話が行っているようです。 ◆読売新聞社 殿 平成18年8月14日 「昭和戦争」の責任総括(満州事変~終戦の14年間)への所見 先ず読売新聞にお尋ねしたい。 貴紙の「昭和戦争」責任総括に重大な欠落があるがそれは何故か。 七十四年も前のことだからうっかり忘れていたとの言い訳は出来ようはずもない。 その前年に勃発した満州事変のことを貴紙は掘り返そうとしているのだから。 私が何を言いたいか、先ずは次の記事を読んでいただきたい。 「共同宣言 満州の政治的安定は、極東の平和を維持する絶対の条件である。しかして満州国の独立とその健全なる発展とは、同地域を安定せしむる唯一最善の途である。 東洋平和の保全を自己の崇高なる使命と信じ、かつそこに最大の利害を有する日本が、国民を挙げて満州国を支援するの決意をなしたことは、まことに理の当然といはねばならない。 いな、ひとり日本のみならず、真に世界の平和を希求する文明諸国は、ひとしく満州国を承認し、かつその成長に協力する義務がありといふも過言ではないのである。 しかるに国際連盟の諸国中には、今なほ満州の現実に関する研究を欠き、従って東洋平和の随一の方途を認識しないものがある。 われ等は、かかる国々の理解を全からしめんことを、わが当局に要望すると共に、いやしくも満州国の厳然たる存立を危うくするが如き解決策は、たとひいかなる背景において提起さるるを問わず、断じて受諾すべきものに非ざることを日本言論機関の名においてここに声明するものである。 昭和七年十二月十九日 日本電報通信社 報知新聞社 東京日日新聞社 東京朝日新聞社 中外商業新聞社 大阪毎日新聞社 大阪朝日新聞社 読売新聞社 国民新聞社 都新聞社 時事新報者 新聞連合社 外百廿社(イロハ順)」 満州事変からの十四年間を総括したいのであれば、真っ先になさねばならないのは自己批判ではないのか。 自分のことは棚に上げて他をいうのは人としての道に外れている、というのが世間の相場である。 社会の公器として影響力の大きい貴紙が、どうせ世間は知らないだろうと己の所業をひた隠し正義面するのは、人倫の道に悖る卑しき振る舞いであり社会の木鐸が泣こうというものである。 またこの戦争の呼称が多々あり、国民の間に共通の呼び名がなかったので「昭和戦争」と呼ぶことにしたという貴紙の言い分は、呼称をひとつ増やしたという意味でそれ自体論理矛盾である。 と同時に戦争という国家の行為を象徴する名称を一言論機関が、国民共通の呼び名が無いのでこのように命名したというのも傲慢そのものというほかはない。 そもそも「太平洋戦争」の呼び名は、当時の敵国である米国が戦後彼らの戦争史観を日本人に押し付ける目的で付けたものであり、日本人ならば使うべきでない呼称なのである。 次に「第2次世界大戦」の呼び名であるが、国際的広がりを持った戦争という意味で「第1次世界大戦」と同様の趣旨で使われているに過ぎないのであって、貴紙が総括の対象にしているわが国が直接関与している満州事変以降の戦争には、呼び名としてなじまないのは自明のことである。 「十五年戦争」とか「アジア・太平洋戦争」などという呼称は、一部の言論人が使っているに過ぎず、重大視して取り扱うほどのものではない。 名称の件も貴紙は知っていてとぼけているのではないかと憶測したくもなるが、昭和十六年十二月十二日の閣議で決定された「大東亜戦争」が対米英戦争の正式の名称である。 昭和二十年八月、被占領下に連合国からだされた神道指令によりこの呼称は禁止されたが、主権を回復した今日名称を問題にするのであれば、「大東亜戦争」の名称こそ復活させるべきである。 「東京裁判史観」の影響で国民に異論があるのは承知しているが、戦勝国に禁止されようとも、国民の一部に異論があろうとも「大東亜戦争」の呼称こそ歴史の真実であり、国民にそのことを説くのはオピニオンリーダーの使命と考えるからである。 なお「大東亜戦争」には満州事変は含まれないので「満州事変並びに大東亜戦争」とすれば名称の問題は片がつき、何ら悩む必要は無いといいたい。 さて最後に主題の戦争責任の問題に触れたい。 甚大な人身の損害のみならず国家を滅亡のふちに追い込んで敗れた「大東亜戦争」の責任を等閑視するのは、犯罪にも似て許されるはずもないことである。 そこで問題は、戦争責任追及の主体として正当性を持ちうるのは誰なのかということになる。 いうまでもないことだが、醜悪な復讐劇の「東京裁判」を演出した連合国に責任追及の正当性などあろうはずがない。 何故ならば東京大空襲で十三万七千人もの非戦闘員を殺戮し、更に核兵器を二度もわが国民の頭上に落とした米国を筆頭とする連合国こそ、本来ならば共同謀議して非戦闘員を大量殺戮した「人道に対する罪」で裁かなければならない相手だからである。 当たり前のことだが戦争責任追及の権利を持ちうるのは、我々日本人しかいないのである。 では日本人であれば誰でも正当性を持ちうるのかというと必ずしもそうではない。 あの戦争の責任を追及しうる唯一の正当性の持ち主は、前線・銃後を問わず実際にあの「大東亜戦争」を戦った世代の日本人だけであると言いたい。 つまり我々の父母たちでありまた祖父母たちのみであると言いたい。 戦争体験の実感も持ち合わせず、戦後平和の中で国の発展とともに豊かさを享受してきた今を生きる我々世代に、そんな資格など有りはしない。 戦争を観念的にしか追体験し得ない我々世代が戦争責任追及を口にするのは、それこそ西尾幹二氏のいう「歴史を裁く愚かさ」あり、傲慢な振る舞いというべきであろう。 では我々の親の世代は戦争責任をどのように追及し、どのように裁いたのであろうか。それを見るにはいままさに喧しい靖国と戦犯の問題を振り返るに越したことはない。 いまだ日本が主権を回復していない昭和二十六年、すでに当時の大橋武夫法務総裁は処刑された戦犯を法務死であるとしている。 つまり戦犯ではないと主張しているのである。 サンフランシスコ講和条約発効後の昭和二十七年六月、日弁連が「戦犯の放免勧告に関する意見書」を政府に出したのをきっかけに、戦犯放免運動が全国に広がり署名が四千万人に達し、日本政府もこうした輿論を受けA,B,C級戦犯の放免・減刑などを、講和条約第十一条に基づき関係各国に誠実に働きかけその実現を見たのである。 昭和二十八年八月には、衆院で当時の社会党や共産党も含め全会一致で「戦争犯罪による受刑者の放免に関する決議」を採択している。 これは何を意味するのか。 国権の最高機関も、当時の国民も「戦犯の放免」という形で「戦犯を許す」という意思を明確に示したと解釈するのが自然ではないのか。 大東亜戦争を戦った世代の日本人が、戦犯に「無罪」の判決を言い渡したのである。言い換えれば戦争責任の追及は、それをなし得る権利を有する世代により「無罪」という形で結論が出されたのである。 戦争世代のこの思い・決断とこの事実の重みを、その後の一国平和主義にどっぷり浸かった戦争観念世代の我々が、はたしてどれだけ理解しているといえるのであろうか。 我々の世代がなすべきことは、親の世代が出した判決を再吟味し犯人をあぶりだすことではなく、戦後六十年余が経過し先の戦争を冷静に振り返るに十分な時間をもらった世代として、何故日本は大東亜戦争にのめり込まざるを得なかったのかを客観的・科学的に解明し、わが国の自立自存への誤りなき方途を確立することであると考える。 以上の見地に立てば貴紙の今回の企画は、率直に言って何か意図の不純さと目的の不明確さばかりが目立ち、建設的価値を生まない不毛の論議に堕するのみと指摘したい。 < 前のページ次のページ >
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